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眠り姫と横綱とその娘の話

最近、私は伯母の家に泊まることが増えました。いとこが中学受験真っ只中で、ひとりで家にいると胃が痛くなってしまうと聞いたので、犬と留守番をしているためです。
伯母夫婦は子供が出来るのが遅かったので昔から私を実子のように可愛がってくれていますし、いとこも私に懐いているので、とても居心地の良い環境です。寮よりも家族と外食する方が楽しいですし、今日も一緒に近所のお店でお鍋をつついていました。

追加の野菜を取りながら会話を聞いていると、どういった流れだったのかは忘れましたが、伯母と私の母の話になりました。
ふたりは身内贔屓を抜きにしても、頭が良く品のある美人姉妹です。母親似で背の高い4月生まれの姉と、父親似で小柄な3月生まれの妹。姉妹であり同級生でもあるふたりを、まるで物語に出てくるヒロインのようだと私は思っています。
「からすちゃんは顔が小さいとことか妹ちゃんによく似ているよね」「妹は小さくて可愛いから、一緒に並ぶのをよく気まずく思っていた」と姉妹それぞれの特徴を聞いていたところ、私の耳にとんでもない話が流れ込んできました。

「あぁ、でもふたりともよく寝ていたね」

この寝ていたとは睡眠時間のことではありません。私が物心ついた頃からずっと悩んでいたことを、別の人間の口から聞くとは思いませんでした。
私は、どんな環境でもいつの間にか寝ていることがあるのです。

それは授業を聞いている時はもちろん、バイオリンのお稽古をしている時、果てには祖母の薬局や神社でバイトをしている時まで、あらゆる場所で眠いと感じるより前から起きるまでの記憶が全くないことがあるのです。

これを聞いた皆さんは、「寝不足なのではないか」「何か食べすぎたのではないか」と思うかもしれません。確かに私は年中寝不足ですが、単なる睡眠時間や気力の問題ではないと思っています。立ってバイオリンを弾きながら寝ることなんて幼い私にとっては造作もないことだったからです。
また、多くの人は授業中に居眠りをする際、「眠たいなぁと感じる→寝る」「この授業はつまらないから寝ようと寝る体勢に入る→寝る」というパターンが多いと思います。ですが、私は自分が眠いと認識するより前からいつの間にか寝ています。「寝るな!」と叱られても「寝てません」と本心から思っているのです。自分が寝ていたことを知らないのですから。

きっと皆さんは「よくわからないことを言っている」「壮大な言い訳をしている」と思うでしょう。私自身、この私の体質が理解できません。何度も自己嫌悪してきましたし、もし病名があるのなら誰か教えてくれと思ってきました。それゆえに、伯母から自分と同じような事例が飛び出したのは本当に衝撃的でした。伯母は裁判官をしていますが、裁判中に寝ていることがあると言ったのです。しかも、私の母もクラスで一番寝ていたというのです。
私は急にバイオリンの練習中どうやっても人の話が頭に入ってこなくなったり、いつ赤点になってもおかしくない数学を教えてもらっている際にどれだけ頑張っても寝ていたので、母からは何度も「大物だね?」と言われていました。母はどんなことでも私に対して少しでも良くなるよう助言をしてくれていましたから、その最中に怒るのは当然です。ですが、その母も伯母によると「クラスではいつも寝ているから横綱と呼ばれていた」と聞きました。そんな話は誰からも聞いたことがありませんでした。

大学時代は眠り姫と呼ばれていたという伯母に、当時の自身の様子を詳しく尋ねました。「起きなきゃと思いながら寝ている」「ミ〇ティアを食べながら寝ている」「自分をつねりながら寝ている」と、伯母も抗いようのない睡眠、睡眠を越えた気絶レベルの睡眠を経験していました。更に、「裁判では何度も寝ているけれど、司法試験では寝なかった」とも聞きました。
そこで、私も自分が「寝たケース」「寝なかったケース」を考えてみました。

『勉強の場合』
・苦手な数学の授業 → 寝た✖
・怖い先生の数学の授業 → 寝た✖
・赤点になりそうな数学のテスト勉強 → 寝た✖
・赤点になりそうな数学のテスト → 寝なかった〇
・模試の数学 → 自分には必要ないから寝た✖
・受験本番 → 寝なかった〇

『バイオリンの場合』
・先生と立った状態でお稽古するとき(小学生の頃) → 寝た✖
・子供オケで座った状態でお稽古するとき → 寝た✖
・プロの皆様と子供オケが共演する機会での練習 → 寝た✖
・子供オケの遠征先で演奏会があったとき → 寝た✖
・レッスンを受けている先生の発表会で演奏するとき → 寝なかった〇

具体的にはわかりませんが、何か「ここまでは寝る、ここからは寝ない」という基準があるように思えなくもないです。自分では基準を作っているつもりはないのですが、どこか自分の中で基準が出来ており、それに従って脳が「寝ていいよ。というか寝ろ」と命令しているような気がしてならないのです。
伯父は伯母と私の話を聞いて、「面白い」と言いました。「脳が勝手に線引きして休ませて、そこで休んだ分はどこかでプラスに活かされてるんだとしたら、それってめちゃくちゃ面白いよね。どこかで研究してもらえたらいいのに」と。それに対し伯母も私も「証明してくれるならいくらでも協力する!」と口を揃えたのでした。

最近は「女性も人によって生理の重さが違う。その身体の負担を理由に休むことは悪いことではない」といったように、それぞれの体質を理解し尊重する世の中になりつつあります。
もし、私がずっと「自分はなんて怠惰な人間なのだろう」と泣いてきたこの事実も、もしかすると誰かが「そういう体質です」と言ってくれたなら、もっと生きやすい道があるのではないかと思うのです。
左利きを右利きに直すのでなくレフティモデルを作るように、誰かが「きっと君はこんな生き方が向いているよ」と手を差し伸べてくれたら、きっとその人は私の救世主になるのかもしれません。

…まあ、今のところ誰も話をしない以上、家族揃って怠惰なのかもしれませんが。

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