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〈ハイファンタジー〉 甘党の尼が転生して英雄になる話

 時は江戸時代後期。髪を肩までの長さまで切った珍しい姿の尼僧にそうが、甘味処であんみつをたべていました。みるからにしあわせせそうな、満面の笑みで。
 彼女の名は、星甘尼せいかんに。女としても、尼としても似つかわしくない、男まさりで、いい加減なちゃらんぽらんでした。それでも、人情にんじょう深い一面があり、町の人には好かれていました。
 ある時、星甘尼が町の川沿いを散歩していると、急に空模様もようが悪くなり、星甘尼は雷に打たれて死んでしましました。

 自分でも死んだと思いましたが、なぜか目が開いて、周囲を見渡せます。ただし、周囲は星甘尼の知っているところではなく、なにもない無の世界でした。
(あれ? アタシ生きてる。ていうか、なにここ)
「目覚めましたね」
 声が聞こえました。星甘尼が声の方向を向くと、星のようにキラキラかがやいた、美しい女がいました。
「なんだよ、ねーちゃん。そんなキラキラひかって、発情期か何かか?」
「ちがいます! 女子がなんてこというのですか!」
 女は女神を名乗り、手違いで星甘尼を殺してしまったと話し、深く頭をさげて謝罪しました。
「え、アタシ本当に死んだんだ」
「はい。たいへん申し訳ございません」
 星甘尼は、女神の胸ぐらをつかんだ。
「ふざっけんな! よくもアタシの人生をうばってくれたわね!」
「でも、あなた、たいそうな人生送ってませんよね」
「うっさい! 幸せな 〝甘いもん生活〟 をおくってる最中さいちゅうだったのに、どうしてくれんのよ!」
 女神は、星甘尼を取り払い、あらためて言いました。
「お詫びのしるしに、あなたに最強の能力をさずけ、異世界へ転生させましょう」
 女神の説明をきいた星甘尼は、最強能力のリクエストをしました。
「じゃあ、甘いもんたらふく食っても、絶対病気にならない太らない能力ちょうだい!」
「え……そんなものでいいのですか?」
「そんなものってなによ! アタシにとっちゃあ、最強無敵完璧能力なの! 人の人生奪っておいて、そいつの注文にケチつけるとあー、女神様の風上にもおけねーぞ!」
(あなたこそ、女の風上にもおけないわ……)
 星甘尼の押しの強さに、女神はためいきをついて、そのリクエストを許容しました。
「わかりました。では、〝どれほど甘味を摂取せっしゅしても病気にも肥満ひまんにもならず、かえって食べれば食べるほどおのれの身体能力が上昇する能力〟と転生先の世界の通貨つうかを充分に与えましょう」
 女神のこの言葉に星甘尼は感激かんげきし、両手を組んでお礼をいいました。
「神様仏様女神様ー!! ありがとう、たすかるわ〜」
(現金な女……)

 気がつくと、星甘尼せいかんに豪華ごうかな建物の中にいました。
(ここはどこだ?)
 そこは、お城の中でした。
 星甘尼の目の前には、玉座に座った王様がいました。
「なにアンタ、国のお偉いさんですか?」
 王様は、いきなりあらわれた星甘尼を見て、目を丸くしました。
「もしや、あなたが女神様の使徒であろうか?」
「シト? なんだそれ、しらねーよ。アタシは、女神に殺されて神能力かみのうりょく手に入れて、ここに落とされただけだ」
「……やはり。あなたは女神様の使徒であったか」
「だからちげーって、いってんだろーが! アタシをめんどうごとに巻き込むな!」
「我が国は、今、滅亡めつぼうの危機にひんしている」
「おい、きいてんのかジジイ!」 
「ぜひあなたに、この国を救って欲しい」
「いやだね! てめーの国の危機ききはてめーで解決かいけつしやがれ!」
たのむ! 力をかしてくれ! 女神様に力をさずけられたあなたなら、きっと魔王も敵ではない」
「は、魔王?」
 王様いわく、この国には魔族まぞくの王、魔王に狙われているのです。一刻もはやく魔王をたおさねば、国がほろんでしまう。
 王様は、改めて星甘尼にお願いをしました。
「やだね。アタシは、一刻いっこくも早く甘いもんが食べたくてうずうずしてんだ。めんどうごとにかまってるヒマはない」
 星甘尼はかかとを返して、お城を去っていく。
「ならば報酬ほうしゅうとして、好きなだけスイーツをふるまおう」
 王様の禁じ手の一言に、星甘尼は振り返りました。
「……それ、本当か?」
「ああ、約束する」
 星甘尼は、王様の頼みを聞き入れることにしました。
「しゃーねー、魔王退治に行ってやんよ」
「それと、もう一つ。我が国は今、財政ざいせいなんおちいっている。その立て直しを……」
「しるか! それこそてめーの頭でなんとかしやがれ! てめーの服だの宝だの高価なもん売りさばいて、米だの芋だの砂糖だの買い集めりゃなんとかなんだろ!」
 星甘尼は、今度こそ振り返ることなく城を出て行きました。

 異世界の街に出た星甘尼は、さっそく甘味かんみどころを探しまわりました。
 女神からもらった金もがっぽり。いつのまにか持っていた財布袋には、銀ピカの貨幣がたんまり入っていました。これでスイーツがたんまり食べられます。
「この世界のお菓子って、どんなのがあんのかな〜」
 星甘尼は、街中のカフェやスイーツ店、パン屋をはしごして、街中まちじゅうのスイーツを食らいつくしました。
 女神からもらった最強無敵能力のおかげか、食べても食べても腹はふくれないどころか、食べれば食べるほど力がぐんぐん湧いてきました。
(女神様さまさまね〜。ほんと神だわ〜)
 星甘尼の幸せも絶頂ぜっちょうです。

 そんな中でした。街の道端で、ムチを持った男が牛の姿をした女の子をしいたげているのが、星甘尼の目に止まりました。
「ちっ、もう使い物にならねぇ」
(ころされる……)
「んじゃあ、アタシにゆずってくんない?」
「あ? なんだテメーは?」
「アタシぁ、甘党の尼さんだよぉ。ちょうど、荷物持ちが欲しいと思ってたとこなんだ。片手じゃあ、ソフトクリーム一個しか食べらんねぇ。器をもってさじで食うタイプはむりなんで」
「うるせえ! そいつはオレの道具だ」
「でもアンタ、その娘を使えねぇとかいろいろさわぎ立ててたじゃねぇか。使えねぇ道具は、とっとと売りさばいてスイーツに変えたほうが得策とくさくだぜ。
 お駄賃だちんはこれで足りる?」
 そう言って、星甘尼は右手にもっていたソフトクリームを男の頭につぶして、手放す。
「冷てぇ!」
 そのすきに、空いた手で女の子の手を引いて、その場を離れました。

「あ、ありがとうございますも〜」
 星甘尼と女の子は、とあるカフェにて、一緒にパフェを食べていました。
「おじょうちゃん、名前は?」
「エレーヌですも〜」
「もーって、なんでそんな牛みたいに。耳とか角とか牛だし」
「はい。わたし、うしなのでも〜」
「うそ。じゃあ、将来、ソフトクリームの原料になったりするの?」
「いいえ。かわりにすっごいパワーがあるんですも〜」
「パワー?」
「にぐるまをひいてあるくことができますも〜」
「そんなのアタシでもできるよ。からの荷車ならね」
「ところで、わたしはなにをすればいいんですも〜?」
「自由にしてくれればいいよ」
「じゆうって、どうすればいいんですも〜?」
「君のやりたいと思ったことをやればいいの。エレーヌちゃんがあれが食べたい、ああしたい。あそこに行きたい、あれになりたいとか、好奇心のままに動くんだ」
「こうきしん……やっぱり、わたしにはピンときませんも〜。わかるようになるまで、いっしょにいてもいいですか?」
「かまわねーぜ」

「それ、おもちしますも〜」
 カフェから出ると、エレーヌは星甘尼せいかんにが担いでいる長い木刀を両手で握りました。
「いいよ。気が変わったんだ」
「ところでこれはなにですかも〜?」
「薙刀の木刀だよ。アタシの愛武器さ。生死転生をともにしてきたもんだから、いまさら手放すのもねー」
「でも、りょうてあいてたほうが、ソフトクリームもクレープもいっしょにたべれますも〜」
「それもそうね」
 星甘尼は、あっさり木薙刀ぼくなぎなたをエレーヌに渡しました。
 エレーヌは木薙刀を肩に担いで、あいているほうの手で星甘尼の手を握りました。
「エレーヌちゃんて、歳いくつ?」
「10さいです」
「そう」
(……ぎり親子のうちにはいるかな?)

 そんな二人の前に、不穏なオーラを放つ謎の連中があらわれ、二人を逃さないよう取り囲いました。
「エレーヌちゃん」
「はい」
 星甘尼は、右手に持っていたクレープを口につめこみ、木薙刀を担ぎました。
「貴様が女神の使徒だな?」
 星甘尼はクレープを飲み込み、言いました。
「いえ、ちがいますけど」
「ウソつけ。その魔力量でよくそんなことが言える」
「なんだよ魔力って」
 何もしらない星甘尼に、エレーヌが説明しました。
「まりょくは、そのひとのエネルギーみたいなもので、まりょくのりょうがおおければおおいほどそのひとはつよいです」
「……で、アタシの魔力の量って」
「とんでもなくおおいです」
「え……それって、どんだけつよいの?」
「魔王レベルです」
「それって強い?」
「とんでもなくつよいです」
「まじで!?」
「はい」
(マジか。めっちゃスイーツ食いまくったもんな……最強能力は本当だったんだな)
 この二人のやり取りをえて、魔族は改めて言いました。
「やはり貴様が女神の使徒か」
「でも、ちげーって。めんどくせー」
「我々は魔王様に女神の使徒を抹殺まっさつせよと命が下った。貴様を抹殺する」
「だから、ちがうって!」
「いまさら無駄だ! やれ!」
「だから……人の話を聞けっての!」
 星甘尼は、スイーツのばく食いによってた最強の身体能力を使って、魔族の連中を一瞬いっしゅんたおしました。
 
 それから間もなく、国に魔王軍が襲来しゅうらいしました。
 星甘尼は、魔王の前に立ちふさがりました。
「アンタが魔王?」
「いかにも。吾輩が魔族を統べる長、魔王である」
(名前はねぇのか)
「貴様が、女神の使徒か」
「ちげぇよ。アタシは、この国の王にアンタを倒せってたのまれてんだ。スイーツ食い放題を報酬ほうしゅうにな」
「吾輩にはお見通しだ。その、魔力の量、吾輩以上だ。こんなデタラメな魔力を持つのは、女神の加護かごを得た以外にありえん」
「へえ、アタシはアンタよりも強いのね。そんじゃあ、アンタはみずから倒されに来たってこと?」
「いいや、戦いの勝敗は、何も魔力の量だけで決まるわけじゃない。吾輩は何千何百年もの時間を魔法の鍛錬たんれんついやしてきたんだ」
「は? お前、今いくつ?」
「吾輩にも知らん。そんなもの覚えていたところでなんの役にも立たんからな。吾輩がポット出の貴様きさまに負けることなどありえんわ」
「ああ、そう。やるんだったら、さっさとケリつけましょ」
 星甘尼せいかんにはそう言って、木薙刀ぼくなぎなたかまえました。
「ふん、こんなぼうきれで吾輩わがはいたおせると思っているのか!」
 魔王と星甘尼は、天変地異がひっくり返るほどの大激闘を繰り広げました。
 しかし、決着がつくにはそう長い時間はかかりませんでした。
 戦いに勝ったのは、星甘尼でした。

「バカな、吾輩が……」
「すまないねぇ。アンタの何千何百年以上に、アタシのスイーツ愛がまさっていたということだ」
「くそっ……」
「でも、アンタもとんでもなかったぜ。そうだ、アタシの弟分にならない? 一緒にスイーツ食べようぜ」
 魔王は星甘尼の弟分になりました。
 こうして、魔王の脅威きょういはなくなり、世界は平和になりました。星甘尼は、国の英雄えいゆうたたえられました。一方、魔王は、王様から死刑と言われましたが、星甘尼の説得(おどし)によって、撤回てっかいされました。
 その後の祭りで、星甘尼にたくさんのスイーツが振る舞われました。エレーヌと魔王と一緒に、スイーツをたらふく食べました。

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