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ビジネスモデル講義06:リーン・スタートアップとビジネスモデル・プロトタイピング

ここまで、デザイン思考について、

内省的なクリエイティブ・プロセス(ビジネスモデル講義04)
パタン・ランゲージなどの生成的、集合知プロセス(ビジネスモデル講義05)

の二つの側面から見てきた。ここではもうひとつの側面、プロトタイピングによる実証プロセスについて紹介してみたい。これはd.schoolの提示するデザイン思考の5つのプロセスのうち、プロトタイプとテストという、最後のふたつのプロセスにあたる。

1. 起業版デザイン思考としての顧客開発モデル

机上の空論で終わらせることなく、実際にプロトタイプとなる製品を作って効果を実証する実践的なプロセスは、デザイン思考を特徴である。デザイン思考を体感するワークショップのひとつに「マシュマロ・チャレンジ」がある。これは、スパゲティの乾麺とテープ、マシュマロを使ってできるだけ高い塔を作るというものだ。多くの場合、プランニングに時間をかけすぎるチームは、最後の最後、マシュマロを乗せるタイミングで塔をマシュマロの重さで崩してしまう。一方、手を動かして試行錯誤しながら作っていくチームは、序盤からなんども試作を作ってマシュマロを乗せるため、崩れない塔を作り上げることができる。トム・ウージェックがTEDの講演で強調するのは、プロトタイプの重要性である。

これは新規事業にも言える。スティーブ・ブランクは製品開発モデルに対して、顧客開発モデルを提唱する。製品開発モデルでは、製品のコンセプトが決まったらすぐに製品開発を行い、できあがってからようやく販売を開始する。最後の販売の時点で初めて、その商品が売れないことが判明するのである。マシュマロ・チャレンジで言えば、最後にマシュマロを乗せるタイミングで、うまく行かないことがわかるようなものだ。それまでの開発費や労力が、最後にすっかり無駄になってしまうのである。

図 製品開発モデルのプロセス

2. 顧客実証を繰り返す再現性あるアプローチ

シリコンバレーでも、こうした製品開発モデルによる華々しい失敗が散見される。そのひとつが、ベタープレイスである。電気自動車のバッテリーをカートリッジ型にしている交換するというアイデアは、長い充電時間がネックとなっている電気自動車業界には福音となるはずだった。ものの数分で満タンのバッテリーが装着できれば、ガソリン車に対するデメリットのひとつを無効にできる。その期待は、8億5000万ドルという投資額にも現れていた。しかし、創業から6年後の2013年には、その膨大な資金を使い果たし倒産してしまったのだ。

その原因として考えられているのが、参加する自動車メーカーの伸び悩みである。結局、ルノー日産しか対応しなかったという交換式バッテリーは、実はマシュマロが乗らない砂上の楼閣であり、そこに多額の資金を浪費させてしまったのである。

一方の顧客開発モデルは、初期に販売に近い形で顧客のニーズを確認する「顧客実証」のプロセスを行う。要はマシュマロを先に乗せるのである。顧客開発モデルは、いわば新規事業開発におけるデザイン思考なのである。

それを愚直なまでに行ったひとつの事例が、ベビーモニターのOwletである。2013年のビジネスモデル・コンペティションで優勝した学生起業家は、2017年には次世代のユニコーン(時価総額10億ドル以上)と目されるまでに成長した。

当時のプレゼンの様子が残っているが、ビジネスモデル・キャンバスを使って、各項目を着実に実証していく様子に、学生とは思えない地に足ついた印象を受けるのではないだろうか。最初は大人向けの測定器というアイデアが、うまくいかないと分かるとすぐに方向転換(ビボット)し、赤ちゃんの突然死を防ぐベビーモニターとして新しい顧客を発見、価格、機能、販売チャネルなどの複合的な実証を重ねていくのである。

図 OWLETのプレゼンの様子

図 顧客開発モデル

私自身、さまざまな企業の新規事業開発のお手伝いをしているが、多くのケースでこうした顧客開発モデルが採用されている。まず初期に、少額の顧客実証のための予算をつける。ベンチャー投資でいうところのシード段階である。そこで実証された場合に、本格的な開発予算がつけられ、これがシリーズAに該当するだろう。顧客実証の進捗に合わせて投資を行っていくのであある。

スティーブ・ブランクの直弟子である堤孝志、飯野将人両氏によるリーン・ローンチパッドは、日本における数少ない正統な顧客開発モデルのプロセスを提供するものとして、大手企業からベンチャー、大学などで採用されている。新規事業開発担当者であれば、必ずフォローしておくべきだろう。

3. 学びにフォーカスするリーン・スタートアップ

こうした顧客開発モデルを組み込んだ起業手法が、リーン・スタートアップである。リーン・スタートアップのリーンは、トヨタのリーン生産方式から取られている。最終的な顧客の価値につながらない無駄を省くのがリーン生産方式であるのに対し、リーン・スタートアップは、そもそも顧客の価値がわからない。そこで、「何が顧客の価値につながるのかを学ぶ」ことを価値と捉え、その学びにつながらないものを無駄と定義した。

この学びは、構築ー計測ー学習のフィードバックループを回すことによって深まる。アイデアが製品へと構築されることによって、顧客が価値を認めるかどうかの計測が可能になる。そしてそのデータから学ぶことによって新しいアイデアを生み出すことができる。このループを、できるだけ無駄なく高速に回転させるというのが、リーン・スタートアップのコンセプトである。

図 リーン・スタートアップの構築ー計測ー学習のフィードバックループ

4. アーリーアダプターを狙ったMVP設計

リーン・スタートアップでも顧客開発モデルでも、このムダのない顧客実証をしていくために狙うべき層として、アーリーアダプターにターゲットを絞るべきだと考える。彼らは、製品に多少の問題があったとしても、そのメリットを理解して購入してくれる。逆にメインストリーム市場では、そのメリットよりもリスクが問題になるし、彼らにとってなによりのリスクが「まだ誰も使っていない」という事実から「だからリスクが大いに違いない」と帰納的に導き出されることに問題がある。

図 アーリーアダプターとメインストリーム市場

たとえば、2008年にiPhone 3Gが日本で発売されたとき、私はすぐに購入した質だが、今でいうガラケーを使っている人は、「ワンセグが見れない」「おサイフケータイが使えない」「バッテリーが長持ちしない」などさまざまな理由をつけてiPhoneを使わなかった。しかし数年後、そうした問題が解決していないのにも関わらず、iPhoneに乗り換えていった。認めないだろうが、彼らが当初指摘していたことが問題だったのではなく、ただ単に周りで使っている人が少なかったということが、彼らが購入しなかった理由だったのだ。

ほかにも、テスラは当初、スポーツカータイプのロードスターを販売して収益を上げ、その後、より広い顧客層をターゲットにした高級車を販売、最後にモデル3と呼ばれる4万ドルの大衆車を販売したい。これは、当初リスクも値段も高い電気自動車をメインストリーム市場に導入しても受け入れられないだろうということから導き出された戦略であった。この戦略は、2006年のマスタープランによって宣言され、2016年のモデル3の発表によって完結した。

スポーツカーを作る
その売上で手頃な価格のクルマを作る
さらにその売上でもっと手頃な価格のクルマを作る
上記を進めながら、ゼロエミッションの発電オプションを提供する
これは、ここだけの秘密です。

こうしたアーリーアダプターのニーズを満たすかどうかを確認するためのプロトタイプのことをMVP(Minimum Viable Product、実用最小限の製品)と呼ぶ。この実用最小限の製品は、ちゃんと機能する(しかし少し機能の欠けた)製品であったり、ときに製品そのものではなく動画であったり、チラシだったり、ウェブサイトだったりする。製品がなくとも、暫定的な営業資料があれば、その製品・サービスの価値提案を相手に伝えることができるし、その結果、どのような価値が評価されるかという仮説を実証するために必要なデータが手に入る。

このとき、一度にあまりに多くのことを実証しようとすると、作業量がどんどん多くなる。実証のためにつくるMVPも大掛かりなものになっていく。たとえば、ひとつの機能についてニーズを実証するのと、3つの機能について一度に実証するのとでは、必然的にMVPの規模も変わってくる。

リーン・スタートアップでは、リーン生産方式がバッチサイズを小さくすることによって生産効率を高めたように、実証すべき内容のバッチサイズをできるだけ小さくして、小回りがきくようにしていくことを勧めている。ひとつひとつ小さく実証して早めに間違いに気づけば、それだけ学習に伴う無駄を省くことができるからだ。

その際、MVPの設計はなかなか工夫が必要になる。たとえば、自動車を作ろうとしていて移動についてのニーズを実証しようとしたとき、タイヤやハンドルだけを作ってニーズ実証はできない。開発のためのロードマップと違うのは、実用最小限と言いつつMVPがしっかりと特定のニーズを満たす(ように感じてもらう)必要があるのである。自動車による移動のニーズを確かめるMVPはタイヤやハンドルではなく、自転車やバイクである。自転車やバイクといった、自動車に比べると機能も劣るが最低限の移動ニーズを実証できるものでなくてはならないのである。

5. Product Market Fitを実現する

リーン・スタートアップはこうして、顧客ニーズと製品・サービスがマッチしているかというProduct Market Fit(PMF)を実現する手法である。PMFは、新規事業においては特に欠くことのできない重要な概念で、これが達成されていなければ製品を購入してもらえず、新規事業は失敗に終わる。

Facebookがハーバード大学限定のSNSとして立ち上がり、すぐにアイビーリーグの大学へと広げられた。最初の一ヶ月でユーザー数一万人を突破した。ユーザー数の増加もさることながら、一度登録したユーザーが熱狂的に使い続けていたことがあげられる。マーク・ザッカーバーグは、顧客ニーズにさらに答えられるサービスへと改善を繰り返していった。

PMFの構成要素はふたつある。適切な市場と、適切な製品・サービスである。リーン・スタートアップの手法によって、市場と製品・サービスがフィットした状態を作り出すことができるのである。

こうしたPMFの観点から見ると、戦略的な方向転換(ピボット)は二通り考えられる。ひとつは、製品・サービスは変えずにマーケットを変えるやり方である。より切実な課題を抱えるマーケットを見つけ出し、PMFを達成する。別の味方をすれば、顧客の抱える課題の質を高める作業だといえる。

図 顧客セグメントをピボットする

そしてもうひとつのピボットが、顧客の課題を別のソリューションで解決しようとする製品・サービスの変更である。顧客がたしかに課題を抱えていることがわかったが、その解決策として製品・サービスがうまくフィットしない。その場合には、製品・サービスを変えてソリューションの質を高める必要がある。

図 価値提案をピボットする

ビジネスモデル全体というよりも、顧客セグメントと価値提案についてのフィッティングプロセスであるということがいえる。

6. メインストリーム市場へとどうやってスケールさせるか

PMFの議論の中で、実は悩ましい問題が出てくる。それはマーケットサイズである。適切な市場を選ぶときに、そのひとつの基準として適切なマーケットサイズを持っていることが求められる。事業をスケールするためには当然であるが、しかし一方で、リーン・スタートアップではアーリーアダプターに対してのニーズ検証にフォーカスするために、大きなマーケットでのニーズは未検証のまま残されてしまうのである。

たとえば、GoProを着想したニック・ウッドマンは、自身がサーファーであったことからも、サーファーがかっこいい写真を撮りたいというニーズをもっていることについて確信をもっていた。しかし、防水の広角アクションカメラがどれくらいのマーケットサイズをもっているかについては、不透明だった。リーン・スタートアップのプロセスは、サーファーたちに製品が気に入ってもらえるかを確かめることはできるが、一方でそれを家電量販店で取り扱われて幅広い顧客を獲得できるかという点は、ビジネスモデルに関連する。要は「スケールするのか」ということである。

この疑問は、特に大企業における新規事業開発において、クリティカルな問いとなる。究極には株主へのROIの説明責任を負う大企業は、新規事業投資が最終的に大きなリターンがあるということを、あらかじめ説明しなければならない。これは無理な相談だ。

従来、こうした無理な要求に対して、机上でかきあげたビジネスプランを使って説明を行っていた。売上に適当な係数をかけて5年目にはウン十億、ウン百億の売上が立つという、絵に描いた餅である。さきほど例に上げたベタープレイスも、ビジネスプランの罠にはまった例である。投資家にはおそらく、夢物語のようなプランが提示されていたはずである。

書籍『リーン・スタートアップ』では、3種類の成長のエンジンが紹介されている。

・粘着型成長エンジン
・ウイルス型成長エンジン
・支出型成長エンジン

粘着型成長エンジンは、顧客が定着、ロックインされることによって成長するもので、顧客の離脱速度よりも獲得速度が上回るように戦略を考える必要がある。一度使い始めたらやめられない魅力をどれだけ高められるかということが、成長のキーとなるのである。獲得速度ー離脱速度が、成長のスピードになる。

ウイルス型成長エンジンは、顧客がその製品を使うと自然と認知が広まっていくタイプの事業がもっている成長エンジンである。ウェブサービスはこのタイプが多く、使えば使うほど、そのサービスを使い人が増えていく、フィードバックループがかかっていく。ユーザー数xウイルス係数によって、成長スピードが決まる。

最後の支出型成長エンジンは、顧客獲得に広告費などのお金をかける方法で、顧客獲得単価(CPA)を超える売上(顧客の生涯価値)をあげられれば成長する。障害価値ー顧客獲得単価が計算式である。

ただ、これだけではない。ここにある前提は、同じ価値提案によって顧客を増やし続けることができるというものだ。しかし実際には、事業が成長すればするほど価値提案自体も変化、充実していく。そしてその結果、例えばGoProであれば、性能が上がり価格が下がることによって、当初のサーファーという顧客セグメントから他のスポーツ、さらに一般ユーザーへと顧客セグメントが広がっていくことになる。価値提案も含めたビジネス全体としての成長のエンジンへと議論を広げるためには、ビジネスモデル全体を捉える必要がある。

7. ビジネスプランからビジネスモデル・プロトタイピングへ

スケールさせるための議論をするためには、ビジネスモデルの議論が欠かせない。一度見つけたPMFも、時間が経てば市場も変わり、PMFを再調整しなければならなくなる。そのため、PMFを一致させ続けることができるビジネスモデルを構築しておく必要があるのだ。その意味で、PMFの達成を目指すのと同時並行に、ビジネスモデルのプロトタイプをつくり、ビジネスモデルの各要素を実証していく必要がある。

次の講義で、ビジネスモデル・プロトタイピングの観点から欠かせないシステム思考によるビジネスモデル構築の要諦を紹介していきたい。



未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。