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"国家のWell-Being"を目指すスコットランドの《National Performance Framework》を読み解く【NGG Research #1】

昨年12月に黒鳥社から刊行された、これからの行政府を考えるための手引書『NEXT GENERATION GOVERNMENT 次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方』。刊行以後も世界の「次なる行政」に向けた動きは日々更新され、COVID-19のパンデミックによって私たちの生活の前提が揺らぎ迅速な変化を求められるいま、なおさらスピードを増している。黒鳥社noteの新シリーズ「NGG Research」では、『次世代ガバメント』で共有した前提の上に現在進行形で積み上げられている世界の行政府、そして関連機関の動きを紹介する。

第1回は、スコットランドが策定する〈National Performance Framework〉について。この施策では、国の成功をGDPではなく「国民のWell-Being(幸福と健康の度合い)」によって測ろうというのだ。幸福と健康という計測し難くみえる目標を、スコットランドはいかにして測り、達成しようとしているのか? 新たな価値観で国を成長させるためのステップと、そこで待ち受ける課題を読み解く。

Photo by Geo Chierchia on Unsplash
Text by blkswn NGG Research(KEI WAKABAYASHI + KEI HARADA)

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COVID-19はわたしたちの"過去"を問うている


COVID-19が引き起こしたパンデミックは、私たちが生きる日常生活に大きな影響を与えているが、生活を支えていた多くのサービスや機能がストップせざるを得ない状況の中で、行政サービスに対する眼差しはこの期間強まっている。政府に対する批判は根強いが、それに加えて、高い効率性でパンデミックを乗り越えていく国、パンデミックを契機に行政や議会のデジタル化を猛烈なスピードで達成しようとする国に関する情報と向き合うと、そのスピード感に衝撃を受けたり、革新的なソリューションに「なるほどこれが未来か」と感心させられる。

だが、よくよくこれらの情報を掘り下げてみると、感染症対策はSARS、MERSのパンデミックからの反省で整備されたものだったり、行政、議会のデジタル化は、10年前から動いているプロジェクトだったりする。つまり「未来」を感じることのほとんどが実は「過去」の話なのだ。ここ10年もしくは20年、30年の間、日本という国が向き合ってこなかった問題、課題、準備を疎かにしてきたことが「今」問題となっているのだ。

ここで紹介していく事例や動向も、必ずしも技術的に最新であったり革新的であったりするするわけではない。革新的に見えるものの多くは、「いま・ここ」の社会課題に正面から向き合い続けてきた不断の営為の積み重ねの結果であり、実装に向けて長い準備が積み重ねられてきたモノばかりだ。e-議会、ユニバーサルベーシックインカム、ドローン、行動経済学といった一見新奇に見えるソリューションの背後には、解決されていない課題、新たに発見された課題が必ず控えている。

初回はスコットランドの国家目標を取り上げる。次世代ガバメント、ガバメントイノベーションは、最新アプリを寄せ集めることではない。不確定で不定形な21世紀の世界において「国としてどこを目指すのか」という目標がなくては、ソリューションを語る意味もない。スコットランドが策定する〈National Performance Framework〉が定義する「国の未来像」と、その目標の実現に向けたフレームワーク、評価指標のあり方は、次世代ガバメントの在り方を考える礎として、大いに参考になる。

スコットランド政府による〈National Performance Framework〉の紹介動画


National Performance Framework が描く未来


スコットランドの〈National Performance Framework〉(NPF)は2007年に導入され、2015年より法律として施行された。

「より成功した国を作る」

「スコットランドに住むすべての人々に機会を与える」

「スコットランドに住む人々の幸福を高める」

「持続可能な成長を生み出す」

「不平等を減らし、経済、環境、社会の進歩を同等に重視する」


上記の〈国家目標〉のもと、NPFでは、11のNational Outcomeが定められている。

◉ポテンシャルを最大限発揮することができる、安全で尊敬され、愛されるような成長を送ること。

◉インクルーシブであり、エンパワーメントされた回復力(レジリエンス)と安全性を持ったコミュニティに住むこと。

◉クリエイティブであり、活気に満ちた多様な文化が広く表現され、楽しまれていること。

◉世界的な競争力、起業家精神、インクルーシブで持続可能な経済があること。

◉十分な教育を受け、熟練しており、社会に貢献できること。

◉環境を大切にし、楽しむと共にそれを保護し、より高めること。

◉質が高く、フェアな仕事によって、豊かでイノベーティヴなビジネスがあること。

◉健康で、活動的であること。

◉人権を尊重し、それを守り、実現する。差別のない生活を送ること。

◉オープンで繋がりがあり、国際的に積極的な貢献をすること。

◉機会、富、権力をより平等にシェアすることで貧困に取り組むこと。

アウトカムとは、上述した<国家目標>を達成するために、「起こしたい変化」のことである。11のアウトカムが達成されることによって、<国家目標>が成し遂げられたことになる。

11のアウトカムは、さらに81の国家指標<National Performance Indicator>に分解され、進捗状況は毎年モニタリングされ、ウェブサイトからいつでも確認することができる。収集されたデータは政策やサービスの設計、予算の配分を決定する際の重大なエビデンスになり、オープンさと透明性が強く発揮されている。

ex) "子供と若者"に関する国家指標

◉生後27-30ヶ月の子供で成長に問題を抱えていない子供の割合

◉ウェルビーイングおよび幸福の調査において問題を抱えている子供の割合

◉大人が自分の人生に影響を与える決定を下す場合において、自分の意見を考慮に入れていると感じる子供の割合

◉死産と生後一週間の死亡率

◉3人以上親しい友人がいると答えた子供の割合

◉物質的剥奪(material deprivation)*と低所得(住宅費を差し引いて)の子供の合計の割合

◉早期学習およびチャイルドケアのサービスの品質(政府が設定した4つの評価基準のうち、全てにおいてgoodまたはbetterと評価されているサービスの割合。)

*物質的剥奪(material deprivation)
生活に必要なモノやサービスを、経済的な理由で享受することができない状態。
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/column/2017/ch1208.html
みずほ情報総研WEBサイト

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<子供の社会的、身体的発育に関する指標>
◉生後27-30ヶ月の子供で成長に問題を抱えていない子供の割合
出典:National Performance Framework
https://nationalperformance.gov.scot/national-outcomes/children-and-young-people

NPFのフレームワークにおいて、政策や行政サービスの実効性を測ることに懐疑的な意見は多い。政策や行政サービスがそれぞれの指標にどれだけの影響を与えているかを正確に測ること自体不可能に近いからだ。


GDPではなくウェルビーイング


NPFのフレームワークの優れた点は、部門などのセクショナリズムを超えて、スコットランドという国全体で達成しなくてはならないアウトカムを定め、それを詳細な指標に落とし込んでいったことだろう。全ての公的部門は、アウトカムに責任を持たなくてはならない。スコットランド政府が2007年にフレームワークを導入した時には、200を超える組織と対話を行い、更に一般の人々からの意見を集めるために各地域に場を設けた。このように行政府の「サイロ」を乗り越えたことは、行政サービスの設計にも影響が現れた。例えば、犯罪、危険への対策において、刑務所、警察、裁判所、NHS(国民保険サービス)、地方自治体が集まり、枠組みについて話し合うような機会が生まれ、犯罪の被害者になる確率が20%から13%に減少した。

しかし、それぞれのアウトカムや指標には必ずしも一貫していない要素もあり、トレードオフをおこす可能性もある。経済成長と環境保護はこのような例に挙げられるが、各要素に付加する重み付けをどのように決定し、社会の選好を一致させるかは非常に難しい問題でもある(これはまさに、ケネス・アローやアマルティア・センといった経済学者が問題にしてきたことだ)。

2007年の導入以降、フレームワークは常に見直されてきた。2015年に法律として施行されてからは、5年ごとにレビューをすることが義務化されており、現在定められているアウトカムや指標も初期からは大きく更新されている。重要なのは、部門ごとに対立する可能性のある結果や要素を、一つの明確なフレームワークとして集約し、全ての公的部門を国が達成した結果に集中させたことだ。

では、このフレームワークの根幹を支える信条というのは一体なんだろうか。その答えは、首相のニコラ・スタージョンが行ったプレゼンテーションにあると感じる。

スタージョン首相はプレゼンテーションの中で、GDPによって国の成功を測るのではなく、より広い基準で定義していく必要性を述べている。そして、スコットランドでは、国民の幸福と健康の度合い(Well-Being)によって国の成功を測っていくという意志が宣言されている(ちなみに、国家のWell-Beingを重要事項とみなしているアイスランド、ニュージーランドは共に女性リーダーを擁している)。

GDPを中心に国の成功を定義する体制から、国民のWell-Beingを中心に据えていく体制に移行すると、途端に考えなくてならないことが増える。それは自分たちがどのような国を望むのか、真剣に考え続ける必要があるからだ。どんなコミュニティに暮らしたいのか。何に価値を置いた生活を送りたいのか。自分たちがより良い生活を望む一方で社会から孤立している人はいないだろうか。このように自分が望む社会、国を考え、向き合っていく過程は途方もないように感じるが、スコットランドは2007年にNPFを導入した時から他国に先んじてその挑戦に取り組んできたのだ。

COVID-19以降のスコットランドが抱える課題


最後にNestaが公開したレポート、「COVID-19以降のスコットランドが抱える課題」からスコットランドの今後の課題を見てみよう。


◉失業や貧困をいかに防ぐのか
高給の仕事につく人は、低給の仕事についている人に比べて、ロックダウン期間中も自宅で仕事を続けられる可能性が高く、肉体労働に従事する人々は立場の弱い契約に置かれることが多い。最新のモデリングによると、現在のロックダウンが3ヶ月持続した場合、スコットランドの潜在的なGDPは20-25%削減し、これは2008年の金融危機を遥かに上回る経済ショックである。パンデミックによる危機のピークを過ぎ去ったとしても、失業や貧困の問題が悪化する可能性が高い。

教育格差を広げないために
教育は中断またはオンライン化されたが、このことはインターネットやデジタルツールへのアクセスが制限されている、もしくは全く無い家庭には悪影響を及ぼしており、低所得世帯は不利な立場に立たされ、学力格差をさらに広げる恐れがある。

◉弱者のインクルージョン
以前から健康的な問題を抱えていた人、ホームレス、不安定な住宅に住んでいる人々はウイルスに感染しやすく、過去8年間の高所得世帯と低所得世帯の平均寿命の格差は、2008年の金融危機以降の緊縮政策に関連している。危機のあとの政策においては、脆弱で阻害されたグループの健康、福祉、インクルージョンを最初に実現する必要がある。

◉市民参加による政策立案
スコットランドの行政サービスはCo-Designやインクルージョンのようなサービスデザインの手法で進歩を遂げてきたが、社会には同じグループの中でも過小評価され、分断されていると感じる人が存在する。多くの人々が経済的困難や不安に直面しているが、ユニバーサルベーシックインカムなどのアイディアは真剣に議論されており、メンタルヘルス、孤独、社会的孤立などの問題は政策論争の中でも中心に移動した。テクノロジーがもたらす機会をただ利用するだけでなく、コミュニティ内で繋がり、市民参加と民主的参加の新しいモデルに目を向けなくてはならない。

◉サービス・セクターのサイロ化
私たちは社会の複雑さを認め、それぞれの人々、サービス、セクター、課題が相互作用し、関連していく方法を認識しなくてはならない。パンデミックにおける危機は分野、領域横断的に全ての要素が相互に密接に関連し合っていることを強く示している。政策におけるサイロ的な考え方から離れる必要があり、スコットランドのNational Performance Frameworkはこの変化の原動力となる可能性を示している。

◉データ主導による政策立案
複雑で接続された社会において、より良い政策を設計するためには、適切なデータと情報が必要である。スコットランドはデータ主導型のイノベーションに重点を置いている。

新たな財政フレームワークの構築
今後数年間で中央予算は全面的に削減され、スコットランドは大きな財政課題に直面することになる。国連が2017年1月に制定した、ポジティブ・インパクト・ファイナンス原則(PPIF:The Principles For Positive Impact Finance)に基づいた新たな財政のフレームワークを構築しなくてはならない。

◉地方自治体のDX
データに加えて、テクノロジーをよりインクルーシブな社会の実現のために使うこと。スコットランドには、Sharelab Scotland(スコットランド政府とNestaが提携し設立された、行政サービスのイノベーションプラットフォーム)のような地方自治体のデジタルトランスフォーメーションを支援する組織がある。

◉市民のデジタルスキル向上と生涯学習
テクノロジーが職場にもたらす影響に対する懸念が消えることはない。このパンデミックをきっかけに教育と雇用の両方が一変する中、スコットランドは労働者に対して、新たなスキルを身に付けられるような機会を作るべきである。

COVID-19がもたらすインパクトは私たちの日常生活を大きく混乱させているが、危機は決して万人に等しくもたらされていない。それは、今回のウイルスが特殊であったからではなく、「COVID-19以前」の社会のあり方がそうさせているからだ。かつてない深刻な経済危機を迎える中で、「経済成長」や「冨の増大」といったスローガンはかつてのようには響かなくなるだろう。スコットランドの国家目標が「COVID-19以降」の社会を考える上で大きなヒントとなるのであれば、それは次世代ガバメントの礎は、テクノロジーによって築かれるのではなく、市民によって築かれていくということではないだろうか。

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