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真の“野球人”であるために

数年前、ボストン・レッドソックスの本拠地フェンウェイ・パークで取材をしていたときのこと。試合前の練習時間に、車椅子に乗った男の子がご両親と一緒にダグアウトにやってきました。

すると、すぐに選手が近くにやってきて、写真撮影や談笑を始めました。一人の選手が練習に戻ると、誰に言われるでもなく、また他の選手がやってくる。次々と選手が自分のところに来て声を掛けてくるという夢のような時間を、その男の子は心の底から楽しんでいるようでした。

別の日、デーゲームの試合後にクラブハウスに行くと、選手たちがユニフォーム姿のままのんびり雑談していました。あれ、帰らないのかな?と思ったら、スタッフに声を掛けられて再びグラウンドへ。

そこで待っていたのは、その前年に発生した大規模な洪水で家や家族を失った子どもたちでした。両チームの選手が数名ずつやって来て、子どもたちと写真を撮ったり握手をしたり、サインを書いてもらったりと交流を楽しんでいたのです。試合を終えたばかりの選手たちと触れ合えて、子どもたちは本当に喜んでいました。

球団スタッフに話を聞くと、メジャーリーグでは試合前後にこのような活動を行うことがよくあるのだそうです。クラブハウスで待機する選手たちは熱戦で少し疲れた様子もありましたが、声が掛かると誰も文句ひとつ言わずにグラウンドに駆けつけていました。きっと選手たちも、このような活動を「当たり前のこと」と考えているのでしょう。

日本のプロ野球でも最近ではこのような取り組みが増えましたが、シーズン中、特に試合前後に行うことにはまだまだ消極的で、スタッフのほうも「競技以外のことで選手の手を煩わせたくない」と考える人も少なくありません。私も以前アスリートのマネージャーだったので、その気持ちはよく理解できます。また、選手たちも、試合前後はなるべく他のことに気をとられたくないという本音があるのかもしれません。

チャリティー活動を行うことが競技に支障をきたしてしまうのであれば、やるべきではないと言えるかもしれない。でも、メジャーリーグを見る限り、とても支障があるとは思えませんし、むしろ選手たちの励みになっているような気がしました。

実際、ある日本人メジャーリーガーに話を聞いてみると、「最初は正直面倒だと思ったけど、子どもたちと触れ合ううちにプロとしてこういうことも大事だと思うようになって、今では野球を続けるモチベーションにもなっている」とコメントを残してくれました。

プロ野球選手の影響力が最も発揮できるのは、やはりシーズン中なのです。「さっき握手してくれた選手がマウンドにいる!」という感動。「ホームランを打ってお立ち台に上がったばかりの選手に会えた!」という喜び。これって、シーズン中にしか味わえないものですよね。

選手に負担を掛けてはいけないという気遣いはスタッフとして素晴らしいことだし、試合に集中したいという選手の考えももちろん尊重されるべきだとも思います。しかし、たった数分の触れ合いが子どもたちの人生を輝かせるきっかけになるのだとしたら、その労力をいとわない選手こそ、真の野球人と言えるのではないでしょうか。


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