SF小説「ジャングル・ニップス」第1章・7
ジャングル・ニップス 第一章・集合
エピソード7 考え過ぎ
いや、だめだ。
このままではダメだ。
なんとか、次のステージに行かないといけない。
エースケさんの言葉には掴みどころがない。
即興のカオスだ。
思考回路が下痢でも起こしているかのように、勝手に笑顔でマシンガントークを始める白髪のオトコに、一般の人達がどう接していいか解らず固まるのもわかる。
愛想笑いを浮かべてお辞儀を繰り返したりするお決まりのパターンは、選択を放棄するからだ。
落ち着けば、言葉に整合性があるのに気づくことが出来るのだが、大抵エースケさんのリズムに巻き込まれて終わってしまう。
それがエースケさんの目的だから。
テメーの頭の声、ウルセーから黙っていてくれよ、そんなメッセージが含まれている。
田舎の婆さんのように、ポッカリと心を空洞にしたままヒトと向き合える人達には、エースケさんは普通に冗談を言うくらいのオッサンである。
ヤスオさんはどうなのだろうか。
ランダムに届く他者の想念を織り交ぜながら、エースケさんは即興で道化を演じているだけだ。
相手がネタを渡さなければ芝居をする必要もなくなる。
自分が聞こえてしまう人間であることをそれとなくバラしてくれている、それはエースケさんの優しさでもあるはず。
まるで自分の心が、白髪の狂人に全て見通されているように感じて、狂気が感染し支配された自分の姿を潜在的にイメージしてしまい恐怖する。
人の心は弱い。
だから礼儀やら作法やら、細かいルールが用意されている。
そういうものだ。
不安を利用して、相手を笑わせてしまう名人芸も、出来るのことならマネしてみたい。
一期一会。
相手に自分を理解するチャンスを放り投げてあげている。
そうなのかもしれない。
変人の名人芸だと思って笑いながら話を聞けるタイプの、健康な不良達は、最近関東ではだいぶ少なくなってしまった。
同級生といる時しかゲラゲラと笑えない、そういう若者が多くなった気がする。
エースケさんの言葉はサービス精神の賜物なのだ。
安心して会話をすればいいだけだ。
ヤスオさんは普通に話している。
分かっている。でも、エースケさんと会話を続けると体力を削られる。
自分の弱さのせいだと認めざるえない。
まだ修行中の身なのだ。
ワタシはキ印とでも付き合える余裕があるんです、そんなフリでもしたら、エースケさんを怒らせ、一生一言も話してくれなくなってしまうだろう。
シュールすぎるイメージを脳裏に焼き付けられ、一時白痴状態に追い込まれるはずだ。
エースケさんを怒らせてはいけない。
一般人は簡単に廃人になってしまう。
思考は自分でコントロール出来ると信じて生きているくらいが健康的なのだが、心を拗らせた経験があるヒトは、それは違うと知っている。
拗らせて初めて、自分が何者なのか、考えざるえなくなるんだ。
強力なエンパス。最強のエンパス。苦労だらけだろう。
よくああやって笑っていられる。
運転中音楽を大音量で鳴らすのは、想念に突然雪崩込んでくる他者の声を、歌詞を追うことで紛らわすためだ。
クルマで移動しているとオレ神経尖っちゃう時あるから、音楽鳴らしてないと落ち着かねえんだよ。
会ったばかりの頃そう説明されて納得した。
クルマのスピードだと、予期せず強い想念とすれ違って危ない目に遭うのだろう。
突然、猫が飛び出て、眼の前を横切る、そんな感覚のはずだ。
残留想念が渦巻く交差点を車で通り過ぎる時、エースケさんは何を見ているのだろう。
昔の仲間にもヘッドフォンを付けていないと街で機能できない奴がけっこういたが、アイツラがかき消していたのは自分一人の声だ。
アイアン・メイデンやブラック・サバスで耳を塞いでいた、ずっと上の先輩達は、オレが小学校だった頃、どこを歩いていても真っ暗で一人ぼっちに見えたが、寂しそうには見えなかった。
たぶん何かしらの理想像がイメージ出来ていたからだろう。
オレに理想像ってあるのか?
そう言えば、エースケさんやヤスオさんがヘビーメタルを聴いている姿は想像できない。
レッド・ツェペリンあたりか?
でも、照れくさくてオレの前で、そう言ったバンドを聞くことはできないようだ。
店でマチコさんが留守の時は、トーキング・ヘッヅやジャズのスタンダードナンバー、そう言えば、古いエルトン・ジョンとかもかけている。
あれはダレだったろう、あの歌手。
ニナ・シモーン。
酒を飲むと、エースケさんは好んで彼女のライプを大画面に映して眺めている。
トライブ・コールド・クエストやビースティー・ボーイズ、フージーズなんかも好んで車で鳴らしているが、Hip Hop に深く傾倒しているというわけではなさそうだ。
便利だから聴いている、そんな感じだろう。
しょがない。今は、あきらめるしかない。
答えなんぞ見つかるはずない。
ヤスオさんもなんでオレがここで突っ立っているのか気になっているはずだ。
どうせエースケさんには今のも全部、筒抜けだったろうし。
とりあえず、修行だ。
深いため息を、ホホを膨らまし、空に向かってユックリと吐き出した。
とりあえずは、まず、冷蔵庫に行ってアイスクリームを眺めることにして、ショーネンはローソンの扉を押すことにした。
つづく。
エピソード1〜6はSFファンタジー小説「ジャングル・ニップス」のマガジンよりご閲覧ください。
ありがとうございます。