SF小説「ジャングル・ニップス」3−8
ジャングル・ニップスの日常 第三章 作戦会議
エピソード8 DVD
「偉大なるウーキー族のチューバッカ。カッコイイだろ。」
トシが三人分のコーヒーをテーブルに運んで来る。
「ところで、キミには、そうゆう映画とかある?」
トシがショーネンにそう訊ねた。
スターウォーズみたいな映画がオレにはあるのか?
ヤスオさんとエースケさんに見られている。
「ヒーローですか?ジブンは、でも、なんだろ。トシさんオレ、子供の頃、親の都合でアメリカで暮らしてたんです。それで、何て言うか、思い出すのは。トゥエルブ・モンキーズを観た後、映画館から出て、景色がまったく変わって見えたというか、そういうのしか。ヒーローとかオレにいたのか、イマイチ、思いつきません。」
「え?12モンキーッズって、テリー・ギリアムの?あれは90年代の映画だよね。えっ?当時、何歳だったの?」
「アメリカ行ったばかりの、その冬に見たから10歳のはずです。」
「マジでっ?10歳って、ウチのタケシが8歳で三年生だから、五年生の時に?」
「いえ、たぶん、まだ四年生のはずです。」
「四年生で12モンキーズを映画館で観たの?」
「はい。姉がませていて映画が好きで。でも当時は、女の子が一人で映画館に行くのは危ないからって、両親に姉が行く時は一緒に行かされていたんです。」
「でも、アメリカの映画館、年齢制限あるんでしょ?」
「観たい映画があったら、違う映画のチケットを買って忍び込みました。」
「え、そんなのバレるでしょ。お姉さんはちなみに幾つだったの?」
「たぶん、15のはずです。別に一度もバレませんでした。」
「中学生か。でも、どうやって行ってたの?アメリカって、西海岸じゃ何処行くのも車でしょ?」
「ですね。近くにモールがあって、歩いて行ってました。」
「危ないじゃん。」
「今考えたら、そうとう危なかったなと思います。」
「ショーネン。トシはニューヨークで古着のバイヤーをやってたんだ。でもなんだ、お前、お姉さんと仲良かったんだな。」
エースケがスマホを弄りながらそう言った。
「なんていうか、日本では、まったく相手にしてくれなかったけど、アメリカ行ったばかりの頃は、映画だけは一緒でした。」
「どうなんだろ?エースケさん、10歳で12モンキーズを映画館で観るって、けっこう凄いことですよね。」
「ああ、テレビじゃなくて、映画館だもんな。コイツが壊れた理由が分かった気がする。」
エースケが真面目な声で言ったため、何か間違ったことを言ったかと、ショーネンは不安になった。
「12モンキーズ以外で何か思い出す映画は他にないか、ショーネン?」
ヤスオさんも興味を持ったようだ。
「たぶん、トイ・ストーリーとかが初めて行った映画のはずです。」
トイ・ストーリーが10歳の時かぁと、トシが驚いてカウンターの席に腰を下ろした。
「エースケもピクサーの映画は好きだけど、やっぱり衝撃的だったのかな?」
「正直、あんまり覚えていなくて。英語も当時は分からなかったし。たぶんなんですけど、映画館にも慣れていなかったから、ポップコーンとかコーラとか、そういう所に驚いていたはずです。」
「12モンキーズの内容は今も思い出せるのか?」
「大人になってからDVDを買ったので理解ります。」
「他に印象に残っている映画があったら教えてくれないか?」
「印象に残っている映画ですか?」
ショーネンは眉間にシワを寄せて考えた。
「子供の頃に観た映画で、強く印象に残っているものがいい。それと、12モンキーズみたいに、大人になってまた観た映画があったら教えてもらいたいんだけど、思いつくか?」
「映画館じゃなくてビデオとかで観たのもあるんで、でも、持っているDVDなら。」
ヤスオさんが知らない映画ばかりかもしれない。
「なんでもいい。思いつくのを言ってみてくれ。」
「そうっすね。えっと、マトリックスはもちろんですけど。ファイト・クラブ、マン・イン・ブラック。なんだろう。ロバート・デ・ニーロのアナライズ・ミーとか、トゥルーマンショーとか。」
「エースケとワタシが知っていそうな映画を考えて並べなくていい。気にしないで全部言ってみてくれ。」
「えっと、フィッシャー・キング、それから、フォーリング・ダウン。ガール・シックス。ダーク・シティー。デッドマン。バニラ・スカイ。あと、シュワちゃんの、ランニングマン、トータル・リコール。スタローンのデモリション・マン。ブレイド。あとロボコップも持っています。まだあるかな、最近のも上げたらもう少しあります。」
「フォーリング・ダウンってマイケル・ダグラスの?渋すぎる。けっこうDVD買っているんだね。」
トシさんは映画好きのようだ。
「ブックオフ行くと、500円とかで売ってたりするんで。」
「何だよそれ、トシ。フォーリング・ダウンって?」
エースケが聞いた。
「ジョエル・シュマッカーの隠れた傑作です。仕事も家庭も失った生真面目な中年オトコが徐々に暴走していく話なんですけど、よくあるタイプのアクション映画とちょっと違って、なんて言うか、不器用な保守系の白人男性が日頃感じていそうな不満が爆発しているんです。」
「面白いのか?」
「90年代前半のB級っぽい作品なんですけど、なんか今のアメリカ、保守系アメリカ人の、何というか、彼らの世界が、いえ、彼らの文化がいつの間にか失われてしまっている痛み、その言葉で説明しようがない怒りを描いている秀作なんです。ある意味、スコセッシの映画なんかより身近で怖いかな。日本人のビジネスマンとかも共感するらしくて、ボクも数年前、ネットの噂で知って見たばかりです。」
「オレ、まだ中学かそのくらで、夜中にHBOとかで見て、なんだこれって驚いた映画だったんです。それで、ブックオフでたまたま手に取って、あっ、あれっだって思い出して。」
ショーネンが見ると、トシがもっと話しなよと言うように頷く。
「なんか、マイケルダグラスが高速道路の渋滞にブチ切れて、娘に電話したいんだけど、小銭がなくて、それで街にブチ切れて、しまいにロケット・ランチャーを工事現場にブッ放すみたいな異常な映画なんですけど。でも。ロサンゼルスの感じがオレにはとてもリアルだから。マイケル・ダグラス異様だし。」
ヤスオはそれを聞き、頷くと、背もたれに身を沈めて煙草を吹かした。
「おいヤスオ、なんだよそれ、怖い顔して、どうしたんだよ?」
スマホを置いてエースケが尋ねた。
「いや、なぜさっき、スターウォーズの話をしたのか。その事をちょっと考えたんだ。熱く語ったりして少し変だった。」
「別に変だとは思わなかったけど、珍しく結構喋っていたよな。」
「ショーネンが映画の話を始めた時なぜだか、」
「何かが、映画の事を訊くように、そこにヒントがある、そう言っているように感じた。そういう事か?。」
「そんな感じかな。しかし、強引にオレが質問したから、分からなくなってしまった。ただ流れに任せて、話をしていたら、閃いたのかもしれない。スマン。」
「ヤスオの感覚は抽象的だからな。」
オレの好きな映画にヒントなんて隠れているのだろうか。
「まあいいよ、ヒントはまた降りてくるし。でも、コイツが子供の頃、危ない映画ばかり観ていたのが分かって面白かったよ。オマエ、そりゃどっか壊れていて当たり前だ。ロボコップなんて子供は絶対に観ちゃいけない映画の代表みたいなもんだろ。ホラー映画よかずっとヤバイっての。」
「ロボ・コップは最新の以外は三作全部揃っています。」
エースケがウッへーっと大げさに驚いてみせた。
「タケちゃんがもしロボコップを観たいって言ったら、やはり観せないものなのかな?」
ヤスオがそう言いながらショーネンを見る。
「タケシには無理です。少林サッカーのバーのシーンも怖がって見れませんから。それを言うなら、エースケさん。ヤバイのはファイト・クラブですよ。」
「ああ、タケちゃんがファイト・クラブ観るなんて笑えないよな。」
「でも、ファイトクラブは、もう子供じゃなかったはずです。」
煙草を灰皿でもみ消しながらショーネンが言う。
「いくつくらいだったの?」
トシが尋ねた。
「10、4・5でした。」
「アホ、そりゃ子供だ。ご両親は何も言わなかったのか?」
「父親は忙しかったし、母親は英語が出来なかったから。一緒に観ることなんて無かったし。」
「どんなに両親が大事に育てたって、あんな強烈な刺激に晒されたら、誰でもオマエそりゃ、ワリイけど壊れるって。まったくマジかって。マジですかだよホントに。あっトシ。外にエミちゃん。誰か連れて来ているみたいだぞ。」
ショーネンがドアを観ると、エミがUCCコーヒーの電飾看板を動かしている姿が見えた。
トシが立ち上がりカウンターの後ろに戻る。
「大丈夫よ。入って。入って。」
エミがドアを開けたまま、誰かに手招きを繰り返している。
「エミおかえり。」
トシがそう言って首を傾げた。
つづく。
ありがとうございます。