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YURIホールディングスPresents プレイヤーズヒストリー 2022シーズン番外編

2022年シーズンが始まる前。吉田謙監督にお話を伺う機会に恵まれた。インタビューの最終盤。情熱の指揮官にばっちり締めてもらおうと、「吉田監督が考える、今シーズンのブラウブリッツ秋田の目標を教えてください」と質問したが、返ってきたのは「日常にすべてを懸ける。以上です」という非常にシンプルなものだった。

「ああ、そうだった」と頭の片隅でおぼろげに感じ、少し往生際が悪いと自覚しながら、「では、ブラウブリッツ秋田として成し遂げたいことはありますか?」とさらに尋ねてはみたものの、「挑戦。ボールを奪う。前に挑んでいく。自分の責任で勇敢に戦う。以上です」とこれまたシンプルな回答が飛んでくる。

ついつい綺麗な形でまとめてしまおうとするのは、おそらく文章を書く者の悪い癖かもしれない。その瞬間は「もっと良い聞き方があったんじゃないか……」と少し落胆したものの、実際に“文字起こし”をしてみると、2つのシンプルな回答には吉田監督のすべてが詰まっていることが十分に理解できた。そして、それはブラウブリッツ秋田というチームのスタイルそのものでもある。

「日常にすべてを懸ける」「挑戦。ボールを奪う。前に挑んでいく。自分の責任で勇敢に戦う」。この武骨なフレーズこそが2022年の、あるいは吉田監督就任以降のブラウブリッツが貫いてきた、大事な、大事な、根幹なのだ。

今季最終戦前日のトレーニング。実はこの後、雷雨のため途中で終了。
日常が生きたからこその翌日の結果だっただろう。

スタートは2連敗からだった。開幕戦で栃木SCに0-1で競り負けると、第2節ではレノファ山口FCに0-2で黒星を突き付けられる。実は昨シーズンも開幕戦には敗れているが、この3試合には共通項がある。それは2月に開催されたゲームだということ。雪の影響で秋田でのトレーニングが困難なブラウブリッツは、チームの始動からすぐにキャンプへと赴き、そのままシーズン開幕へとなだれ込む。

2022年2月21日のソユースタジアム。この2日前にJ2は開幕。

言うまでもないが、選手も人間だ。1か月以上も住み慣れた自分の家にほとんど帰れず、加えて家族と離れた日々を送れば、パフォーマンスに影響が出ないはずがない。彼らがそれを言い訳にしないことは承知の上で、2月に行われたこの2シーズンの3試合の結果には、考慮すべき理由があることは見逃せない。

3月に入った第3節の水戸ホーリーホック戦で初勝利を奪い、臨んだホーム開幕戦の第4節はシーズンを振り返る上でも非常に大きな一戦だった。相手はアルビレックス新潟。結果的に優勝でJ1昇格を成し遂げる、2022年のJ2最強チームを相手に、ブラウブリッツは勝利を収めてしまう。

冷たい雨が降りしきり、ピッチには水たまりも散見されるような悪コンディションの中、身も心も鍛えられた選手たちは躍動する。決勝ゴールを決めたのは吉田伊吹。「(武)颯くんが本当に良いボールを出してくれたので、良いゴールだったと思います」と振り返ったストライカーの一撃でJ2王者から掴んだ白星は、ブラウブリッツらしさ満載と言っていい魂の1勝だった。

ゴール直後の吉田伊吹のガッツポーズ。今季ホームでの初ゴールとなった。

第15節の横浜FC戦も語り落とせない。そこまでわずか1敗だった首位をホームに迎えた一戦は、押し込まれる展開の中で田中雄大の好守もあって、終盤まで0-0で推移する。そして85分、左から武颯が上げたクロスに稲葉修土が潰れ、最後は途中出場の小暮大器が粘り強くゴールへねじ込むと、3000人を超える観衆が詰めかけたソユスタのスタンドは歓喜に包まれる。

小暮大器のゴールに、バックスタンドの観客も拳を上げた。

実は2022年シーズンのJ2の中で、優勝した新潟と2位の横浜FCの両方にホームで勝ったチームはブラウブリッツだけだ。「秋田の皆さまには、日頃から本当にお世話になっている。応援してくれる秋田の皆さま、今日ご来場の皆さまとともに、熱く戦い、走り続けることが非常に大事だと思います。その熱の中心である選手達が、熱を絶やさず、火を絶やさず走り続ける姿勢をこれからも保って、皆さまと共に戦い続けたいと思います」と試合後に語った吉田監督の咆哮が響くスタジアムのゴール裏では、『We Are AKITA』の横断幕が誇らしげに輝いていた。

第17節からは決して短くないトンネルの中で、勝利を追い求め続ける日々が待っていた。未勝利試合は12まで伸びる。第28節の大宮アルディージャ戦に0-0で引き分けた試合後の会見で、「12試合未勝利が続いている。この試合の収穫は?」と問われた吉田監督は、こう短く答えている。「日常が全て」。どれだけ苦しい日常を強いられようとも、指揮官も、チームも、ブレてはいなかった。

その時は真夏の北陸でやってきた。第29節のツエーゲン金沢戦。ブラウブリッツはそれまでの鬱憤を晴らすかのような試合内容で、3-0と完勝を収めてみせる。小暮が横浜FC戦以来のゴールを挙げれば、チームきってのハードワーカー・藤山智史もシーズン初得点を記録。最後はケガで長期離脱を強いられていた青木翔大が、ダメ押しゴールを叩き込む。

青木翔大は、これが負傷欠場明け初ゴールとなった。

だが、13試合ぶりの勝利を手にしても吉田監督の言葉は変わらない。「選手、スタッフ、フロント、アカデミー、そしてその家族。どんな時もブレずに秋田のために闘う。そして、それを応援してくれる秋田の皆さま、サポーターの皆さま、全てが一体となって闘い、勝利することができました。根気の美徳を持ち、誠実にサッカーと向き合って、これからもチームみんなで走っていきたいと思います」。やはり、どれだけ苦しい日常を強いられようとも、指揮官も、チームも、ブレてはいなかったのだ。

シーズンの集大成を確かな結果で示したのが、第38節からの4試合だ。FC町田ゼルビアに勝ち、ロアッソ熊本に勝ち、ジェフユナイテッド千葉に勝ち、ファジアーノ岡山に勝つ。J2に昇格してから初めて手にした4連勝。中でも昇格争いを繰り広げていた4位の熊本と3位の岡山にはアウェイで勝ち切ったが、この2チームのどちらのホームスタジアムからも白星を持ち帰ったのも、今季のJ2ではブラウブリッツだけ。おそらくこの時期の彼らが『今は最も対戦したくない』と各チームから思われていたことは、想像に難くない。

4連勝の喜びを、ゴール裏に集うサポーター分かち合う。

最終節も壮絶な90分間だった。プレーオフ圏外の7位に付けるベガルタ仙台との『東北ダービー』では、仙台出身の2人がゴール前に立ちはだかる。ベガルタのアカデミーで育った千田海人が身体を投げ出せば、小さい頃からユアスタでベガルタを応援していたという田中雄大がファインセーブを連発。水際で失点を許さない。シュート数は2対17。粘って、粘って、スコアレスドローで獲得した勝点が、来季へと繋がる大きな1ポイントであったことは間違いない。

シュートを弾いて、弾いて、弾きまくった。

おそらく2023年シーズンのブラウブリッツも、大きな戦い方に変化はないはずだ。仮に開幕前に1年の目標を吉田監督に尋ねたとしても、「日常にすべてを懸ける」「挑戦。ボールを奪う。前に挑んでいく。自分の責任で勇敢に戦う」という言葉が返ってくるであろうことは目に見えている。

だが、これはとにかくブラウブリッツにとって大事なことなのだ。

このクラブには、明確なフィロソフィーがある。1つ目は、フェアプレーの精神を尊ぶ『誠実・献身』。2つ目は、秋田の夏のお祭りにインスピレーションを得た『躍動』。3つ目は、冬を耐え忍ぶ県民性に敬意を表した『粘り強さ』。そして4つ目は、新たな価値を創造し、秋田の文化を牽引していこうという気概を示す『挑戦』。この4つを合わせて『AKITA STYLE』と名付け、ブラウブリッツを貫く幹に据えてきた。

J2リーグはシビアなリーグだ。どのクラブも昇格はしたいが、降格はしたくない。時として後者に針が振れると、掲げたはずのスタイルは瓦解し、いつの間にか指揮官も代わり、再びクラブはイチから、あるいはゼロからの再構築を余儀なくされる。そんな事例は山のように見てきた。

もちろんブラウブリッツが『AKITA STYLE』に基づいて、吉田監督にオファーを届けたことに疑いの余地はない。それでも、クラブが掲げるものと指揮官の携えた意志がここまで合致することも、おそらくはそう多くない。ブラウブリッツとは。吉田謙とは。そのイメージが過不足なく重なることが、Jリーグにおいて、あるいはこの世の中において、どれだけ貴重なことか。

きっと2023年もブラウブリッツは変わらない。それは本当に、本当に、幸せなことなのだ。

2023シーズンも「秋田一体」で!

文:土屋雅史
1979年生まれ、群馬県出身。
Jリーグ中継担当や、サッカー専門番組のプロデューサーを経てフリーライターに。
ブラウブリッツ秋田の選手の多くを、中・高校生のときから追いかけている。
https://twitter.com/m_tsuchiya18

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ピッチ上では語られない、選手・スタッフのバックグラウンドや想い・価値観に迫るインタビュー記事を、YURIホールディングス株式会社様のご協賛でお届けします。
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