オタクだけどオタクを理解できない件

私はおそらく,非常に許容範囲の狭いオタクである.同人誌に興味がない.公式の作品にだけ興味がある.コミケなんか行ったことない.ゲームもオンライン通信・対戦,フレンド通信・対戦はあまりしたことがない.ある歌手のライブ会場に行っても,「うわぁ…無理…」なタイプのオタクがたくさんいる.私が無理なタイプのオタクは主に,集うオタクと騒ぐオタクである.自己顕示欲,承認欲求の塊のようなオタクも苦手だ.今は旦那がいるからよいものを,私は基本的にソロプレイヤー,群れないタイプのオタク,いわゆる”ぼっち”タイプのオタクである.おそらく,他のどこかのオタクなどから言わせてみれば,すごく世界が狭い,可哀想な奴なのだろう.

一応ある程度は情報収集しているが,私はとても器が小さいので,ものすごい勢いで取捨選択をしているのだと思う.たまたま知った作品を,自分でも引くぐらい好きになることもあるし,全然面白くないとバッサリ切り捨てることもある.たとえ推しの声優がやっている作品だとしても,面白くなかったら見るのを即刻止める.無理して最後まで見たことがあったが,結果充実感も何も得られなかった経験もある.(そしてすぐにその作品についての記憶が失せる)

私の好き嫌いの基準は,自分でもよく分かっていない.だから,他のオタクの好きなものを,共感することは稀にあっても,基本的にはよく理解できない.

昔,何かの集まりで,「アニメ・漫画が好き」と言ってしまったばっかりに,他のオタクを紹介され,見てるもののジャンルがあまりに違いすぎるもしくは知識の深さが全然違うので(私の方が圧倒的に浅い),そいつと全然話合わないわ,ごめん……ってなった経験が,星の数ほどある.(ちょっと言いすぎ)

でも,このような経験は,ちょっとした”オタクあるある”なのではないかと思う.「なんだこいつ.〇〇好きって言ってたのに,全然にわかじゃん.」って思われることなんて,たぶん,マンボウの卵の数ほどあるのではないだろうか.(これも言いすぎ)

そんな私が今最も理解できない作品が「ヲタクに恋は難しい」である.予告だけしか見ていないが,身の毛のよだつ作品である.この映画や原作を好きな人には申し訳ないが,生理的にも受け付けない感じなので,今後見ることもないだろう.実際はあんなにキラキラしたオタクいないぜ?とツッコミを入れたくなるし,そもそもオタクの恋なんぞ,ウルトラ級に興味がないからだ.とある過激派に「見てもないのにそんなこと言うなよ!!!」,とか言われるかなぁと思ったけど,はい,時間の無駄である.

私はオタクでありながら,オタクとしての心の許容範囲が狭いので,自分のことはなるべく隠して生きている(いわゆるステルスオタク).個性が大事と叫ばれる昨今においても,結局オタクは差別や偏見の的になっているし,声高に「私・俺はオタクでぇす!」と宣言している輩は,私の最も苦手なタイプのオタクで,私が最もなりたくないオタクだからだ.

しかしながら,私は遠い昔,新入社員同士で自己紹介をしましょう,というときに,「普通のことを言っては影が薄くなってしまうので誰かの印象には残りたい…」と魔が差してしまい,

「私はアニメが好きです.特に魔法少女ものが好きです.」

と言ってしまった経験がある.果てしない闇の中に葬り去りたい黒歴史である.

先程,私が言ったこととまるで矛盾している.声高に「私はオタクでぇす!」と言っているのと同じことではないか….私は,自己顕示欲に塗れたきっしょいオタクに成り下がってしまったと後悔した.この発言をなんとか前向きに捉えるために,「”早すぎるカミングアウト”は私に何をもたらすのであろう」と実験的な要素も,後付けで含ませようとしていた.

結果,”早すぎるカミングアウト”は何もいい結果をもたらさなかった.誰も,私がオタクであることは深掘りしてこなかった.おそらく,ただただ,引かれた.それだけだった.ある意味,強い印象は残ってしまったのではないかと思うが,共感するような人は,あの場には99.9%居なかっただろう.悲しいが,仕方のない話である.

つまり,何が言いたいのかというと,「オタクは昔のオタクらしく慎ましく生きろってことですか?」ということではなく,

人間の相互理解というものはオタクに限らず難しいものであるので,お互いに理解することを強要してはいけないよ,ということである.

(あまりにも発想が飛びすぎている気もするが…)

ただでさえ,人間は差別と偏見をしてしまう生き物なのであるし,同じ括り・属性といわれる中においても,差別や偏見は発生している.そういう私は,思いっきり差別や偏見があるタイプの人間なのかもしれない.××なタイプのオタクは苦手とか△△なタイプの作品は苦手というものは,上述の通り,しつこいぐらいある.しかしながら,表立って排除することはない.だって,そんなことを言ったって,私はぼっちだし,そもそもそんなものに興味がないのだから.つまり,理解できないものを無理に受け入れる必要もないし,一切合切排除する必要もないのである.

しかし,「皆で手と手を取り合って理解し合おうよ」という方が,物凄く気持ち悪くて非人間的なことではないだろうか?

全然好きでもないし共感もできないのに,「オタク同士,仲良くしようYO!」「あの作品面白いから絶対見てみなYO!見ないと人生の半分損するZE!」とか言われたら,私なら絶対に嫌である.

昔の黒歴史,カミングアウトの話に戻るが,あれは一種の”強要”だったかもしれないと反省している.知りたくもないのに,知らせてしまったから.こんなオタクな私のこと理解してくださいね,とまでは流石に言っていないが,人によってはそれと同じぐらいのインパクトで捉えられてしまったのではないかと.

あの時の私に戻れるなら,最初は奇を衒うことなく無難なことを言っておいて,もっとお互いに知り合って仲良くなったときに「実はね…」ぐらいのトーンで話す方がちょうど良かったのかもしれない.

最後に,「オタクだけどオタクを理解できない」のはごく自然な,排泄と同じぐらいの生理現象であるということを,私は強く主張したい.無理に理解する必要がない.完全な理解なんて不可能だ.

だからこそ,ほんの僅かでも,誰かを理解できることは貴重であるし,理解してもらえることはより貴重で,ありがたいことと思う.特に私のようなオタクにとって,「分かりみが深い」を生み出すことは至難の業であり,同時に幸せなことなのだ.

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