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活動を実現し継続させるための組織づくり

そもそもウィーラースクールジャパンは、ちゃんとした組織ではない。
「ちゃんとしてない」とか書くと、なにかと語弊を生みそうだが、これは決していい加減な組織ということではなく、ぼくらの活動は一般的な感覚での組織化の体裁で行っていないということだ。
これについて、詳しく説明していこうと思う。

1.決まった収入源のない活動

ぼくらの活動は、参加者である子どもから、登録料や月謝などのように純粋な参加費などの名目でお金をとっていない。
(ただし、スクールを受講してもらうことに対して最低限の負担、例えば保険代などのような必要経費を、参加費として徴収することはある)

さらには、補助金をあてにしない運営を心がけている。
(とはいえ補助金を活用して行われた事業に、われわれが呼ばれた場合などは、『間接的に』補助金を活動収益として受け取ることになるので、厳密には、補助金ゼロとは言えないかもしれない)

明確な組織という形態を持たず、確定した収入源もない、有志のボランティアが集まった活動なのだ。

本来、こうした活動を継続していくためには、必要な機材の維持管理やスタッフ体制の維持、事務局などの地代など、それなりのコストが必要だ。
一般的には、そのための財源の確保が必要で、参加費収入であったり、さらには公的資金の活用などが求められる。
だが、2007年以降、ウィーラースクールは決まった収入源がない状態で運営を続けている。そして今日に至るまで、この姿勢を崩していない。
なぜ、収入が不安定な状態で何年にもわたり活動を維持し、さらには活動の広がりも実現できているのか。

大規模イベントのシマノ鈴鹿ロードから、子どもの受け皿としての教室開催の依頼を受ける

2.組織がお金に振り回されてしまうことで陥る「沼」

活動当初、多くの方から
「ボランティアでは活動は続かない」「行政と絡まなければ継続は難しい」などの指摘を受けることが多かった。
それは、資金難によって組織の運営継続が難しくなること。特に手弁当によるボランティア活動では、個人に経済的、肉体的負担が大きくのしかかり、時間が経つにつれ、その活動母体となる組織自体が疲弊してしまう場合が多いというのが一般的な感覚だったからであろう。

つまり、このアドバイスをくれた人たちは、「安定した資金調達が活動を継続させる基本」という認識をもっているということだ。

組織がうまく回っていくためには、人材の確保や、事業所などの固定経費、プログラムのためのコストがかかってくる。
そのため、運営する組織には「安定収入を得る」という必要が発生する。
収入源を模索する中、活動の趣旨が社会的な貢献を目指せば目指すほど、参加費収入を得るという商業的な感覚からずれるため、そこを埋めるための公的な補助金に頼らざるを得ない構造に陥るパターンが多い気がする。
いつのまにか運営維持のため、補助金をうまく獲得し活用することが、その組織運営のあたりまえになってしまう。

そもそも補助金という制度を否定するつもりは無い。
これ自体は非常に有効な制度だと思う。
しかし、組織運営の基本に補助金をあてにするというのは、そもそも補助である意図から逸脱し「補助金への依存」になってしまわないか。

まずは自立した経営があり、その上で、プラスアルファのために補助を申請するのかを考えるのが本来ではないだろうか。
ぼくが思うに、補助金無しでは活動の継続がむずかしくなる、補助が無いとやっていけない活動は、逆に言うと補助金がなければ成り立たない活動であり、補助金獲得という沼から抜け出られない。
つまり、お金のある無しで存続が決まってしまう活動は、そもそも社会にとって必要なものなのだろうかと考えてしまう。

運営はできるだけシンプルで簡素に。誰もが実現可能なものとすることが望ましい

3.サービスをする側、受ける側にならないように

ウィーラースクールジャパンは、社会が子供の受け皿となる自転車教室を目指している。そうした活動が月謝や受講料などを得ることには、ひとつ大きな懸念がある。
それは、収益化によって発生する、

親(子)=お金を払う人=お客様
スクール=お金をもらう人=サービス提供業者

という関係者の構図が生まれる可能性だ。
例えば「自転車教室」が「交通社会に対する教育」という位置づけで、親や地域(社会)があたりまえのこととして関わるものであれば、双方が同列で、且つ主体的に関わることが必要だ。
その関係だと、サービス業ではないので上記の様な立場の違いは本来生まれないはずだ。

「サービス」と「料金」という軸で、双方を分断することになると、
保護者はサービスを受ける立場として「教える側」の役割を放棄し、子どもを100%預けてしまうことになりかねない。

こうした関係者間の分断を避けるためにも、可能な限り子どもからお金を取らないようにすると、参加者である家族も、ただ子どもを預けるだけではなく、自らも何らかの役割を持つべきであると感じ、この教育のシステムの一員であると認識し、参画する意識を持ち出す。

これまで15年以上活動の歴史の中、ウィーラースクールジャパンでは、(すべての親がそうではないが)ほんとうに多くの親が、自らも活動の主体であることを認識し協力を惜しまなかった。
結果、それがこの活動を長期間維持継続してこれた原動力となっている。

保護者も家族も主体的に関わる。スクールがリードしていくのではなく、みんなで進む


4.維持しやすい活動の組織体制とは

では、社会にとって必要な活動を維持継続するには何が必要なのか。

まず第一に、その人(たち)の「思い」がいかに強いかというのがある。
しかしながら、人の思いというものは、水もので、いつどうなるか不確定だ。だからこそ、その思いをどうつないでいくかを、考えておかないといけない。

ウィーラースクールジャパンでは、まず、その不確定要素である「人の思い」をいかに安定供給するかを考えている。
われわれのWEBサイトでは、このスクールの理念や目指すゴール、そしてその指導法や考え方を、ひとりでも多くの人に知ってもらうために指導要領として全て公開している。
その中に、組織作りについて書いている章があるので紹介したい。

(本文より)
ウィーラースクールという自転車の教育活動は、組織をつくり体制を強化することを重要視していない。なぜなら、本来このレベルの教育は、個人、地域といった小さなコミュニティで行うことが前提で、大きな組織が求心力を持って行うものではないと考えるからである。
この活動が、より継続性を持った活動となるために、どうすればよいか。
組織的な動きができる個人個人が、それぞれが有機的につながるような体制をとって活動の軸とすることが望ましい。なぜならそうすることで、組織を維持する事に由来する様々な問題、例えば資金難などの問題に振り回されない体制をとることが可能になるからだ。
ポイントは、できるだけ多くの人がプロジェクトに関わり、負担にならないような分担を考えること。
それは、スタッフの「やって楽しい」、「関わってうれしい」という感情を大切にすること。最終的には、一部の人間にかかる負担を減らしていくことにもつながる。
人は人、自分は自分のペースで関わることが出来る、自由でフレキシブルな組織のイメージが必要である。
ウィーラースクールジャパン指導要領より 
cyclingschool.jp
継続的な組織運営を実現する「人的資源」のネットワーク網を張り巡らす

どうすれば「楽しい」という感情を運営側も維持できるのか。
それを実現するためには色々な方法論はあるだろう。

お金が無かったら工夫する、人に相談して頼む、仲間を増やす、多くの人が作業をうまく分配して、個人の負担を減らし、すべての人が活動に関わることで「楽しさと充足感を得る」という感覚が重要で、そのためにも、この活動が、そもそも何を目指しているのかのビジョンを共有することがとても大切だ。

何より、基本にあるのは、「子どもは社会の資本」であるという考え方だ。

子どもにとって有益なこと、また子どもが快活に過ごせる社会を構築することこそが、翻ってすべての世代に有益であるだけではなく、今後生まれてくる次の世代にも多くの価値を残してくれるものなのだ。

ひとりでも多くの人が、この価値のために、「無理なく」主体的に動くこと。そしてこれらの小さな動きが、たくさん集まることによって大きなうねりをつくりだすことが、社会として何より望ましいとぼくは考える。

関わる誰もが、気持ちよく過ごせる場所が、活動の場として健全である


子ども向け自転車教室 ウィーラースクールジャパン代表 悩めるイカした50代のおっさんです。