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『虞美人草』 ⑤ 夏目漱石

 小夜子さん登場。いい人。優しそうな人。親孝行そう。
小野さんの小夜子さん評が酷くて、胸がムカムカしてくる。
小野ー、何様だー、って思えてくる笑。
小説って、本当に不思議。


八 (藤尾と母、宗近と父)

 藤尾と母は、兄の(甲野)欽吾のことを話している。二人とも、
兄の身の振り方に不満を感じているようである。

 ーそうして他人(ひと)には財産を藤尾にやって自分は流浪(るろう)するつもりだなんて言うんだよ。さもこっちがじゃまにして追い出しにでもかかってるようで見っともないじゃないか」
 「どこへ行って、そんなことを言ったんです」
 「宗近の阿爺(おとっさん)のところへ行ったとき、そう言ったとさ」
 「よっぽど男らしくない性質(たち)ですね。それよりはやく糸子さんでも貰ってしまったらいいでしょうに」

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 

昭和30年 初版発行

 宗近と言えば、お前はあの人をどう思っているの。どうも思ってやしません。いやかい。いやですわ、あんな趣味のない人。あんな見込みのない人は、私も好かない。と、ずいぶんな言われよう。いっそ、ここで断ろう、という母に、何か約束があるのか、と尋ねる藤尾。藤尾の父が、宗近の父や他の者もいる前で、宗近に金時計を譲る約束をしたらしい。藤尾が欲しがってくっついていくかもしれないが、それでもいいか、と冗談半分に聞いたという。それを聞いて、ばからしい、と切って捨てる藤尾。あの時計は私が貰いますよ、小野さんにあげてもいいでしょうね、と母に尋ねる藤尾。

 ところ変わって宗近家。京都から帰った宗近と甲野は、叡山のどこを見たのか、それじゃ相輪橖(そうりんとう)も見ないだろう、と言って宗近の父に豪快に笑われる。また、延暦寺には妙な行があり、十二年間山へ籠りきりになるという。

 それを聞いて、嫁をもらえもらえと毎日言うが、山へ籠ったら嫁がもらえないという一(はじめ)。(甲野)欽吾さんもそろそろ貰わなければいけないだろう、という宗近の父。

九 (小夜子さんと小野さん、小夜子さんと孤堂先生)

p.137 打(う)ち遣(や)った過去は、夢の塵(ちり)をむくむくと掻(か)き分けて、(略)
 打ち遣ったときに、生息(いき)の根を留めておかなかったのが無念であるが、生息は断りもなく向こうで吹き返したのだから是非もない。(略)

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 

昭和30年 初版発行

 見事なゲスっぷり。小野。
まあしかし、聖人君子だから好きになるわけではない。
ゲスと思いつつも好きになってしまうことはある。
ままならないのが、恋。

p.138 追いつかれれば労(いたわ)らねば済まぬ。生まれてから済まぬことはただの一度もしたことはない。今後とてもする気はない。済まぬことをせぬように、また自分にも済むように、小野さんはちょっと未来の袖(そで)に隠れてみた。(略)紫の匂いは強く、近づいてくる過去の幽霊も(略)

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 
昭和30年 初版発行

 いい人なの、ゲスなの、どっちなの笑
混在しているのがありのままの人間、ということでしょうか…

 小野の心の中で、しかし、小夜子さんを見るたびに、藤尾と比べている。

p.138 親一人に、子一人に春忙しき世帯は、蒸れやすき髪に櫛(くし)の歯を入れる暇もない。(略)ー小野さんはすぐ藤尾のことを思い出した。これだから過去はだめだと心のうちに語るものがある。(略)

    小夜子は俯向いて、膝に載せた右手の中指に光る金の指輪を見た。ー藤尾の指輪とはむろん比較にはならぬ。(略)

p.139 家は小野さんが孤堂先生のために周旋したに相違ない。しかしきわめて下卑(げび)ている。(略)どうせ家を持つならばと思った。袖垣(そでがき)に辛夷(こぶし)を添わせて、松苔(まつごけ)を葉蘭(はらん)の影にたたむ上に(略)ー藤尾はあの家を貰うとか聞いた。

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫
 昭和30年 初版発行

 家を貰おうとしているんかーい、と盛大に突っ込みたくなる。
小野よ、漱石よ、大丈夫か、これが大志を抱くということなのか!?
もう、ただの成り上がりじゃーん。
・・・イイよ。
漱石も、じゃなかった、小野もただの人、ということで、逆に親近感湧く。

 藤尾と小野が毒毒しい紫の花に見えてきて、小夜子さんが清楚な白い花に見えてきた。これは、漱石の思う壺?私は漱石に踊らされているだけ?

 小夜子さんが五年ぶりに見た小野の姿。

 p.140 ーどうしても五年前とは変わっている。眼鏡は金に変わっている。久留米絣(くるめがすり)は背広に変わっている。五分刈りは光沢(つや)のある毛に変わっている。(略)
 p.141. 小夜子には寄りつけぬ。手を延ばしても届きそうにない。変わりたくても変わられぬ自分が恨めしい気になる。小野さんは自分と遠ざかるために変わったと同然である。

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 
昭和30年 初版発行

ここで、小野が小夜子に、京都で花を見たのか、誰と見たのか、と尋ねる。
一緒に行く人は父より他ない、父でなければ、あとは胸の中でも名は言わなかった、とどこまでも奥ゆかしい小夜子さん。

  p.144 「あなたはあの時分と少しも違っていらっしゃいませんね」(略)
      「私はだいぶ変わりましたろう」
      「見違えるようにりっぱにおなりですこと」
      「ハハハハそれは恐れ入りますね。まだこれからどしどし変わるつもりです。ちょうど嵐山のように……」

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 
昭和30年 初版発行

  濃い紫の袖の香が眉間を掠め、急に帰りたくなる小野。

 p.145 「また来ましょう」と背広の胸を合わせる。
    「もう帰る時分ですから」と小さな声で引き留めようとする。
    「また来ます。お帰りになったら、どうぞよろしく」(略)
    近寄れぬものはますます離れて行く。(略)
    「また上がります」と立ち上がる。言おうと思うことを聞いてもくれない。(略)未練も会釈もなく離れて行く。 

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫
 昭和30年 初版発行

  小野が帰ってしまってから、ようやく孤堂先生が帰宅した。電車を乗り間違えて、帰りは歩いて帰ってきたという。おくたびれなすったでしょう、と気遣う小夜子さん。東京は嫌なところだ、私のような時代遅れの人間は東京のような烈しいところには向かない、若い人が住まう所だね、という孤堂先生。

 p.149 「じゃ京都へ帰りましょうか」と心細い顔に笑みを浮かべて見せる。(略)
    「アハハハハほんとうに帰ろうかね」
    「ほんとうに帰ってもようござんすわ」
    「なぜ」
    「なぜでも」

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫
 昭和30年 初版発行

 p.152 「(略)学問に凝ると誰でもあんなものさ。あんまり心配しないがいい。なにゆっくりしたくっても、していられないんだから仕方がない。え?なんだって」
     「あんなにね」
     「うん」
     「急いでね」
     「ああ」
     「お帰りに……」
     「(略)仕方がないよ。学問で夢中になってるんだから。ーだから一日(いちんち)都合してもらって、一緒に博覧会でも見ようって言ってるんじゃないか。お前話したかい」
     「いいえ」

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 
昭和30年 初版発行

 小夜子さんと孤堂先生は小野には勿体無いよ、小野なんかやめておけーーー 

 

 


 




 

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