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ヴィラ=ロボス研究家Iのつぶやきその6 ~大阪公演レポート~

こんにちは。横浜特派員の市村由布子です。本日は2021年3月13日に大阪のフェニックスホールで開催された

「水谷川優子チェロリサイタル ピアノ黒田亜樹 〜ヴィラ=ロボスが愛したチェロを通して、人間讃歌を奏でる〜」の公演レポートをお届けします。

水谷川優子チェロリサイタル ピアノ黒田亜樹                
 ~ヴィラ=ロボスが愛したチェロを通して、人間讃歌を奏でる~      

プログラム

C.サン=サーンス:白鳥

S.パルムグレン:白鳥 

H.ヴィラ=ロボス:黒い白鳥

J.S.バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ第1番 ト長調 BMW1027

A. ピアソラ:グランタンゴ

H.ヴィラ=ロボス:DIVAGATION さすらい 

H.ヴィラ=ロボス:MODINHA モジーニャ

H.ヴィラ=ロボス:チェロ・ソナタ第2番より

第2楽章 Andante cantabile

第3楽章 Scherzo. Allegro scherzando

H.ヴィラ=ロボス:バッキアーナス・ブラジレイラス(ブラジル風バッハ)第2番より

第2楽章「アリア 我らが大地の唄」

第4楽章「トッカータ カイピーラ(田舎)の小さな汽車」・

【コンサート・レポート】

2021年1月29日に東京のハクジュホールにて開催された演奏会<水谷川優子&黒田亜樹 ヴィラ=ロボスへの讃歌>は「チェロとピアノによるオール・ヴィラ=ロボス」(1曲のみピアノソロ)で直球勝負のプログラムでしたが、本公演はヴィラ=ロボスの魅力をより深く伝えるために、ヴィラ=ロボスと関連のある他の曲と対比させる形をとり、変化球ありの“拡大版プログラム”となりました。

CD<BLACK SWAN>のタイトルにもなっているヴィラ=ロボスの《黒い白鳥》を含む“白鳥~お国めぐりシリーズ〜“から始まります。

🇫🇷フランス🦢

フランスの作曲家、カミーユ・サン=サーンスCamille Saint-Saëns(1835−1921、86歳没)の《白鳥Le cygne》(1886)からスタート。「いつもならアンコール曲として演奏することが多いので、演奏会の最初に演奏することはあまりないわ」と話す水谷川優子さん。

演奏会のオープニングにふさわしく、堂々と名曲を聴かせてくれました。ひたすら優雅で、美しい“白鳥”でした🦢。

🇫🇮フィンランド🦢

次に、北欧フィンランドの作曲家、セリム・パルムグレンSelim Palmgren(1878−1951、73歳没)のピアノ組曲“青春(作品28) Youth Op.28”の中から《白鳥The Swan》(1909)をH.ルイセナールスH.Ruijsenaarsがチェロとピアノ用に編曲した作品。「白鳥」で検索していたところ、この作品に出会うことができたそうです。まさに北欧の湖(実際に行ったことはないので想像です)に浮かぶ“白鳥“ の鳴き声が遠くから聴こえてくるかのようでした。

🇧🇷ブラジル🦢

そしていよいよ本命に。

ブラジルの作曲家、エイトール・ヴィラ=ロボスHeitor Villa-Lobos(1887−1959、72歳没)の《黒い白鳥O canto do cisne negro》(1917)。サン=サーンスからの影響が強く感じられるこの作品は、優子さんのお言葉をお借りすると「ヴィラ=ロボスからサン=サーンスへの返歌」。交響詩《クレオニコス号の難破Naufrágio de Kleônicos》の最後の一節をチェロとピアノ用にヴィラ=ロボス自身が編曲したものです。サン=サーンスの《白鳥》と同じように、アルペッジョで奏でられるピアノが印象的な作品なのですが、黒田亜樹さんが弾くと単なる分散和音ではなく美しいメロディに聴こえてくるところがさすがだなあと感じました。

🇩🇪ドイツ🇩🇪 

ここでヨハン・セバスチャン・バッハJ.S.BACHの登場。曲は《ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ第1番 ト長調 BMW1027》。ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのために書かれた3曲のうちの1曲で、今回はチェロとピアノで演奏されました。バッハはヴィラ=ロボスにとって幼少期から敬愛する作曲家であり、彼自身の作品にも大きな影響を与えています。バッハへの憧れと自国ブラジルの音楽とを結びつけたシリーズ《ブラジル風バッハBachianas Brasileiras》が最も有名で、その《第2番》のうち2つの楽章が演奏会の後半に取り上げられています。

🇦🇷アルゼンチン🇦🇷

ヴィラ=ロボス同様、バッハを愛したといわれるアルゼンチンの作曲家、アストル・ピアソラAstor Piazzolla(1921−1992、71歳没)の《ル・グラン・タンゴLe Grand Tango》(1982)が演奏会前半最後の曲。今年はピアソラ生誕100年のアニバーサリーイヤーを迎え、つい先日の3月11日が誕生日でした。ちなみにヴィラ=ロボスの誕生日も同じく3月。3月5日生まれ。生きていたとしたら134歳です。

黒田亜樹さんは皆さんご存知の通り、ピアソラを日本に広めた先駆者的な存在。学生時代にどのようにしてピアソラに出会い、吸収していったか、そのエピソードをご本人の口から聞くことができました。今でこそファンの多い作曲家となりましたが、彼女の学生当時(今から約30年前)はCDショップに1枚あるぐらい。ジャケットの表の“かっこいいおじさん(ピアソラのこと)”に惚れ込んで誰よりも早く研究に取り組んだのが亜樹さん。バンドネオンの小松亮太さんとバンド活動をしながら、「“音楽は自由でいい”ということに気づいた」という言葉が印象的でした。「ちょっかいを出したり、出されたり」という掛け合いの楽しさをピアソラの音楽やバンドの活動から学んだそうです。亜樹さんの演奏の魅力はここからくるのだということを実感しました。20年以上前に発売された彼女のピアソラのCDもぜひお聴きください。

【黒田亜樹さんのピアソラのCDの紹介】

ピアソラの知られざるピアノ独奏曲・世界発録音!

タ ンゴ・プレリュード~ピアソラ・ピアノ作品集(1998年発売)

タ ンゴ2000(1999年発売)

ヴィラ=ロボスとピアソラとパリ

ヴィラ=ロボスとピアソラは自国である程度有名になってからフランスに渡っているという点が共通しています(ヴィラ=ロボスは1923年、ピアソラは1954年)。しかしフランスでは結局どこか本物扱いをされない二人。「そういうところに二人の何とも言えない悲哀を感じる」と亜樹さんは話します。「アジア人でありながら欧州に居住している私たちは、無意識に西洋とアジアの、消えない壁を感じながら生活しているからこそ、南米からヨーロッパに乗り込んでいったピアソラやヴィラ=ロボスに共感し、演奏したくなるのかもしれません。」(by亜樹)。そのお気持ち…、なんだかよくわかります。

再びブラジルへ

後半はヴィラ=ロボスの作品紹介へ。

少しだけピアソラ風のかっこいい作品《さすらいDivagation》(1946)。優子さんがわざと雑音交じりで荒々しく演奏してくれるのが嬉しい。ポップスの歌手に歌われてもオペラの歌手に歌われても、どちらも魅力的な歌曲《モジーニャModinha》(1926)を今回は特別にチェロとピアノで。若かりしヴィラ=ロボスがクラシック音楽の作曲家として戦いを挑もうとする決意が感じられる《チェロ・ソナタ第2番Cello Sonata No.2》(1916)。ブラジル人にも大人気の《ブラジル風バッハ第2番Bachianas Brasileras No.2》へと続きます。1000曲近く書いた多作家であるヴィラ=ロボスのスゴイところは、いろいろな楽器やユニークな楽器編成で「おおっ!」と思わせる曲を書いたところ、ちょっと気難しい曲もポップスに編曲できそうな曲も書いたところではないかなあと思っています。そのことが伝わる粋な選曲でした。

本日チェロとピアノで演奏されたヴィラ=ロボスの作品は、《モジーニャModinha》をのぞき、CD<BLACK SWAN>にすべて収録されています。今やSpotifyで約15万回再生されているとのこと。素晴らしい!

このCDを作ることになった経緯や目的を、曲の合間にマイクを奪い合う(いや、譲り合う?)ようにして語ってくれました。ヴィラ=ロボスは日本人にとってどちらかといえば馴染みが薄く、初めてお聴きになるお客様もいらしたと思うのですが、演奏同様に饒舌なトークのおかげで、お客さんたちもヴィラ=ロボスの世界にすっかり引き込まれていました。

「ヴィラ=ロボスのCDを作ろうよ!」と声をかけたのが、お父様である作曲家・水谷川忠俊さんの影響でヴィラ=ロボスの音楽に幼少期から親しんでこられた優子さん。「せっかく作るなら、ヴィラ=ロボスの作品だけで1枚作ろうよ。」と亜樹さん。理解するのも演奏するのも難曲中の難曲である《チェロ・ソナタ第2番》のスコアを見つけてきて、自らいばらの道を進むことを覚悟した亜樹さん。大阪公演では時間の関係上《チェロ・ソナタ第2番》から第2、3楽章のみ演奏されましたが、見事に演奏し切ったお二人の顔はミッションをやり遂げたという自信に満ち溢れ、客席から盛大な拍手が贈られました。

そして最後の曲、《ブラジル風バッハ第2番Bachianas Brasileiras No.2》(1930)の第4楽章「トッカータ カイピーラ(田舎)の小さな汽車O Trenzinho do Caipira」はもはや楽譜に束縛されることなく、お二人の心と体から自由に奏でられるものとなり、聴衆も一緒にこの“小さな汽車”に乗り込みました。終点が近づくと亜樹さんが特別に用意したホイッスルを鳴らし、優子さんがブレーキをかけ、やがて汽車は停まります。やっぱりライブは最高だ!


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♫ アンコール曲:

・ヴィラ=ロボス:《センチメンタル・メロディ Melodia Sentimental》(1958)~アマゾンの森から

・バッハ:“カンタータ156番”から 《アリオーソArioso》

「いつものようにお客様の前で演奏できることは本当にありがたいことです。」というご挨拶で優子さんが締めくくり、“音楽大使”の役目を果たされました。

水谷川優子さんがステージに現れると世界の平和を信じられる。

黒田亜樹さんがステージに現れると何か面白いことが起こりそう。

後半のステージ衣装は優子さんが金色、亜樹さんが銀色を基調としたもの。

100歳になっても “きんさんぎんさん”のように名コンビとして演奏活動を続けてほしい(笑)。

さてさて、お二人はこれからどんな新しいことを思いつき、何を始めるのでしょうか?

旅烏が黒鳥になり、今度は何の鳥になるのかしら? 

そういえばここ、フェニックスホールの“フェニックス”は“不死鳥”…?🕊

横浜特派員の市村由布子でした。

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