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動かして良いもの、動かしてはいけないもの

皆様こんばんは、新型コロナの外出自粛の影響で殆ど家に籠もっています。

まぁ、おかげで原稿書きは捗っていますし、その分思索も深められているので、書き足したり修正もしやすい状況になっています。

改めて、抗して毎日文章を書くようにしていて良かったと思っています。

といいますのも、こうして毎日画という習慣を付けているので、頭がそれなりにですが活性化しているなぁと思うわけです。

それと、好奇心を失わないです。

人というのは、歳を重ねると自ら考える癖を付けていないと新しいことを受け入れがたくなるようです。

私もそうですが、一時期そんな時期がありました。

それで思うことは、「もう歳だもんなぁ、難しいことわかんないよ」

なんだかこの言葉で、誰もが納得してくれる、そんな感じになるんですね。

でも、最近は違いますよ。

まずやってみよう、出来なかったら色々と考えて試してみよう・・・そんな風に思うわけですね。

やってみて、失敗して、その失敗を克服する・・・このトライアンドエラーをもう一度思い起こしています。

結構昔はそれで色々チャレンジして、もちろん一杯失敗もしてきたんですけどね。


どこまで行ってもチャレンジだと思うし、世の中が進化している以上常に勉強だと思うんですね。
知らないことの方が世の中には多いわけですし、正直労働運動のことだって偉そうに色々とblog書いたりしていますが、やはり知らないことばかりだし、色々な視点、色々な意見を見ていくと自分の中でしっかりとした信念がないとすぐにぶれてしまいそうになるんです。

そこで、こうして色々とblog等を書いてきて、自ら導き出した個人的な考え方を次のように定義してみたわけです。

動かしていけないのは信念、動かして良いのは、その基準点

基準点という言葉がわかりにくければ、判断基準という表現でも良いでしょうか。
あるプロジェクトを達成するために、毎回同じ原点まで戻る必要はなく、その人のスキルで、基準点は随時変更すれば良いと言うことです。
Aという要素に、Bと言う要素を加えて、Cと言う要素が出来る。Cを加工して、Dができるとした場合、
常に、A+B→Cを経てDとしなくても、Cを持ってきてDにすれば良い。
すなわち、十分な基礎が出来ているのならば、最初からC→Dと言うプロセスで良いわけですね。
十分経験を積んだ熟練者であれば、基準点は、一般の人が10なり15のラインを0
『基準点』として初めても良いと思うわけです。
そうした意味では、0は浮動していると言えそうですね。

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ちょっと自分でも消化不良気味ですが、自らの信念がしっかりしていれば、その時々の環境で、その判断基準は変更しても良いのではないかというお話でした。

すみません、難解というか、消化不良なまま文章にしてしまって。m(_ _)m

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