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【書評】『栞をはさんで、離さんで。』


本気で批評しようと読み込んだら、図らずも感動してしまった。

栞をはさんで、離さんで。』は、第34回文芸フリマ東京(2022年)に出品された、noter 枝折さんの初作品集である。

これまで書評は、ノンフィクションやルポルタージュでしか書いたことがなく、そもそも文学の領域は不得意なのだが、作者の初出版のはなむけに、真剣に評を書かせていただこうと思う。

本冊子に収められている14作品は、「泣きたいとき」を除き、すべて短編小説である。

それぞれテイストが異なり、好きずきがあるだろう。
正直、全作品が良いとは思わない。「三行日記」はむごくて救いがないし、「ピロートーク」のラストは首をかしげた。「泣きたいとき」は、特に感想が浮かばなかった。

しかし、「シンデレラガール」の最後の1ページのシュールな変調に背筋がぞくぞくし、「俺の叫びを聞いてくれ」に登場する酔っ払いの男が示す人情に心が温まり、「曇り眼鏡」の奇妙で飛躍に満ちた展開のなかに作者の人間存在への慈愛が見えたとき、思わずうならされた。

「一キロ圏内のあなたへ。」と「道化の退場」は、ぜひ読んで欲しい作品である。この作品集で二番目に感動したのは、「道化の退場」の中盤で、2つの作品が対になっていることに気づいたときだ。

最初に「一キロ圏内のあなたへ。」を読んだときは、現代風の男女の甘酸っぱく切ない情景を描いたスタンダードな物語と思った。アプリを通じた刹那せつな的な関係と、現代風の男女の流儀がよく現わされ、別れを後悔した男の子が既読にならないと知りつつ最後にLINEで送る真剣なメッセージが可愛いと思った。とても「エモ」かった。ただし、これだけなら「ちょっといい作品」に止まるだろう。だが、女性の視点から同じ場面を描いていく「道化の退場」を読み終わったときは、体が熱くなってしまった。

最も感動した作品は、この作品集のための書下ろしであろう、「大学生を生きた。」である。最初の「大学生を生きる。」と対になっている。「生きる。」は多分、初期の作品だろう。「生きる。」を書いてから「生きた。」を書くまで、数年は経ているだろうか。

「大学生を生きた。」は、作者にはめずらしく、奇もてらいもないストレートな物語なのだが、絶妙な情景や心情の描写に心を打たれたし、言葉のセンスが光る。「大学生を生きる。」を書いた時代の自身への作者の答えであり、あかしに思えた。本作の最後のほうに、心に刺さる2つの文がある。買ってからのお楽しみにして欲しい。

モノやサービスだけでなく、文学作品すら世にあふれている現代。「三回泣けます」などのコピーライトにうんざりする日々のなか、自然に感動できる機会は少ない。流行のプロの作家の作品ですら、買わなきゃよかったと思うことがしばしばである。

今どき、500円で感動できるなんて、最高にコスパがよい。小一時間もあれば読めるだろう。ぜひ手に取っていただきたい。

購入方法は本記事の末尾参照。


作者の枝折さんは、以前から知っているnote仲間である。彼女の日記やエッセイなども読んでいるし、コメントでもやり取りしている。Twitterのスペース(音声交流機能)を使って、彼女が話すのを聞いたこともある。

そのなかでの彼女は、「とても気立てがよくて、少し控えめで、可愛らしい、ウィットに富んだ女性」というイメージである。彼女とやりとりすると、つい清々しい笑顔になってしまう。育ちが良く、教育レベルの高そうな人でもある。

しかし、作品を読むと、そんな彼女の印象が変わる。
いや、ベースは変わらないのだが、どこか枠に収まらない「ケモノ」を心の中に飼っているような印象を受けるのだ。

きっと彼女は、一筋縄ではいかない人だ。もちろん、いい意味で。アーティストやクリエイターには、重要な特性である。

確かに多感な20代の女性が書きそうな、叙情的あるいは感傷的な、いわゆる「エモい」作品も多い。「とっておきの果実」などはまさにそうだ。主人公の女性の「左から見る先輩はいつもより少しだけアンニュイなかんじ。うそ。いつもと変わんない。アンニュイって使ってみたかっただけ。」なんて台詞は、甘酸っぱくて微笑ましい。いたずら心に満ちた、カワイイ作品もある。「はじめましてマスター」などは、読者に語りかける敬語の本文がとてもキュートで小悪魔的である。最後に、ほろりともさせられるところも「エモい」。

しかし本人の印象からは想像できないような、アバンギャルド(奇抜・挑戦的)な作品も多い。ものによっては猟奇的な匂いもする。

前述の「三行日記」だけでなく、「シンデレラガール」も「曇り眼鏡」も猟奇的だ。「シンデレラガール」は、パステル調の風景画に突然、黒インクが投げつけられるような展開である。また、「曇り眼鏡」では、妻に救われる主人公がラストシーンで、なぜか酒の瓶を投げつけて割り、曇り眼鏡を踏んで破壊する。

先ほど挙げた「とっておきの果実」も、そうかもしれない。主人公の女性は、好意を持つ先輩を想起させながら好きな果物について、こう語る。「イチゴじゃなくてリンゴかも。でも最後まで食べません?」「どうして?」「……秘密です。腐るまでずっと取っておくんです。腐らないでって願いながら」。それまでの甘酸っぱい恋の物語の雰囲気が、「腐る」という言葉で突然、破壊される。

「食べるの流儀」などは、抜群に猟奇的で、しかもエロい。全体的にはフェミニンなテイスト。食べることが好きな 20代女性が、カジュアルなレストランでイタリアンを食べている。そこに突然、主人公のこんな述懐が入る。

「この子を味わうのだ。この子と言ったが、実は私が猟奇殺人犯で殺した子供を食べているとかいうオチではない。ただ、艶めくこのステーキを、幼子の肌のように弾力のあることに肉を」「もし人食が許される世界であれば私はそれを心から楽しんでいたと思うが」

あまりに大胆すぎる「ぶっこみ」に絶句する。そのうえ、摂食を丹念に描写したあとに「性行為を終えたあとのような疲労感」という述懐を続け、イケメンのウェーターに対する驚きの言葉で締めくくる。すごく挑戦的な作品である。noteにupされたときも賛否両論あったと記憶するが、それをあえて収載したところに作者の秘めた大胆さがうかがえる。筆者は苦手な作品なのだが、文芸では評価される作品かもしれない。

もう、かなりの字数になってしまった。作者の特徴である登場人物どうしの絶妙な台詞のやりとりや、言葉やフレーズの高いセンス(例えば「道化の退場」の「誠実さがむしろあだになってしまうこの場所」「人生ゲームを選んだのは、オセロのほうが長く話せると思ったからだ」など)、驚くほどの自由で奇抜な発想力(「曇り眼鏡」の「ある日突然、眼鏡が曇るようになった」という設定など。なお、noteにはもっともっと奇抜な発想の物語が溢れている)などについて述べたかったがあきらめよう。

一つ、苦言を呈せば、作品中たまに、伏線や情景描写が少なすぎて、飛躍についていけないところがある。「シンデレラガール」では、美形の彼が主人公に好意を寄せる十分な理由が分からなかったし、十二時の鐘以降の「あなたたち」「私」などが何を指すのかよく分からなかった。「大学生を生きる。」も、酒を買いに行く場面で、「実際に2人で行くのか」と少し迷子になった。「道化の退場」も、最後の仕掛けへの伏線として、もう少しNくんに対する感情の描写が欲しいとは思った。しかし、筆者の読解力の問題かもしれない。

*   *   *

ここまで知人であることを度外視し、忌憚きたんなく思うところを述べてみた。
知人の初作品集だから買ったという面はある。しかし読み込んでみて、購入して本当に良かったと思う。

作者のキャッチ・コピーで、この作品集のタイトルでもある「栞をはさんで、離さんで。」に、彼女の特性が現れている。

最初に、このコピーを見たとき、あまりの絶妙さに、目を見開いた。まず、可愛らしい。そして、いたずら心を少し含み、挑発的でもある。「離さないで」という意味ならキュートであるが、「離さないぞ」という意味にもとれて獣性も感じる。やはり一筋縄ではいかない人である。だからこそ、一人が書いたと思えないような多様な物語を創り出せるのだろう。驚くような創造力と高い感性をもつ彼女から、今後どのような物語が生み出されていくのか、とても楽しみである。

言葉のセンスと発想力にうならされ、多彩な登場人物たちが織り成すストーリーが心にみる、枝折さんの『栞をはさんで、離さんで。』は、本当におすすめです。次のリンクページから購入することができます。ぜひ、どうぞ。


2020年6月19日追記>

この記事を書いた後、何か書き漏らしていると思っていた。
ある時、たまたま彼女が文芸フリマ用に作った本作の紹介ページを目にしたのだが、そこに本人が書いた次のキャッチコピーがあった。

読むと心がヒリヒリする。
だけど不思議と温まる。

絶妙なコピーだ。読むと心がヒリヒリなんて、しかも「不思議と」なんて、確信犯だなと苦笑した。

書き漏らしていたのは、「不思議と温まる」という部分である。
そう、枝折さんの作品は、切なさを感じるストーリーも多いのだが、読むと「不思議と心が温まる」。書評では猟奇性を感じる作品もあるなどと書いたが、全くグロテスクさはない。どの作品も、人間存在に対する愛情を感じるのだ。

多分、彼女はいろいろな人を観察するのが好きだろう。
しかも、興味と愛情に満ちた目で、観察しているはずだ。

人間の営みにおける、幸福も、エモさも、切なさも、愚かさも、哀しみも、すべて慈しむ。そんな文章。だから、心にみるのだ。

テクニックだけならいくらでも後づけできるが、文章の「味」は変わらない。人間性そのものが、反映されるから。

次の作品集も早く読みたい。そう思った土曜の深夜。

※「獣」は似合わないので、「ケモノ」にしましたw


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◆補遺「栞」&「ガチ書評を書いてみて」

まず、栞の件。
匿名で発送のはずだから、誰か分からないはずなんだけど、同封されていた栞には、「おとなには おとなの 譲れない何かがあるんだろう」の文字が😂 「おとな」って、あの「おとな」かな?w
譲れない何かって………以下自粛、笑笑。
でも、栞、欲しかったんです。ありがとうございました!

次に書評。
知ってて、やりとりある人、しかも異性の作品の書評を書くのって、すっごく恥ずかしい😂 どうしても、表現が変態チックになるしwww
文芸の書評って、こういうものか……苦笑

ノンフィクションだったら、取材の広さや深さ、論理性、論考の深さなどを批評するだけだから、かえって簡単。こんな複雑な気持ちにはなりません。
知ってなければ何も思わずに書けるんだけど、なんか心をおかしてる気分になる。

初めての文学作品の書評、勉強になりました。文芸系の人たちは、こんなことをグループ内でしょっちゅうやっているのか。
そりゃ、作家に変態が多い訳だ……🙄

などと、思った次第。


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ネットで検索したら「ネット乞食」という言葉に出くわしました。酷いこと言う人、いるなー。でも、歴史とたどれば、あらゆる「芸」は元々「乞食」と同根でした。サーカス、演芸、文芸、画芸しかりです。つまり、クリエイトとは……、あ、字数が! 皆様のお心付け……ください(笑) 活動のさらなる飛