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ショートショート25 『タイミング』

『タイミング』


「おお…!すごい!すごいすごい!」

男は珍しくもない繁華街のど真ん中で辺りを見回しては、写真を撮り、また見回す。

端から見れば、まるで海外から来た観光客のおのぼりさんのそれだ。

まあ同じ日本人でも、地方から都心に旅行に来た者ならそういった行動に出ることはままあるが、男のそれは常軌を逸していた。というのも、とにかく興奮していた。鼻息の荒いのなんの。


「こりゃすげえ!へ~!これもいいね!渋いよ!くーーー!」


まるで、生まれて初めてその世界を見たかのようなテンション。
それもそのはず。
男は未来からやってきた、いわゆるタイムトラベラーだった。


タイムマシンが作られた遥か未来から来た男は、初めて見る過去の知らない街並みに酔いしれていた。


「これがカブキチョウってやつか!噂に聞いてた通りの派手さと、ほどよい汚さ!!いいねえ!」


確かに時代が違えば、どんな場所も最上の観光スポットと化すだろう。
江戸時代、石器時代、恐竜時代、どこも想像しただけで魅力が満ち溢れている。


そして、この未来で一般化したタイムトラベルにはいくつかのルールがあった。


想像に容易い通り、未来ではほとんどの人間がタイムトラベルを希望し、タイムマシン搭乗は数年後まで予約がいっぱい。
そんな状況を少しでも緩和するために国が設けたルール。

①滞在時代の歴史を変えるような過度な関わりをもってはいけない
②何も持ち帰ってはいけない
③滞在時間は12時間
④過去にしか行くことはできない
⑤一生で一度しかタイムリープはできない

なるほど先の4つのルールはさもありなんだが、5つ目の “一生で一度しか” というのが、このトラベルの良くも悪くも最大の肝だった。

トラベラーにとって、このルールが一番頭を悩ませるポイントとなった。
一生で一度しか行けないのなら、どこに。
少し考えたくらいでは答えは出そうもない。
前述にも触れたがそれほど時代を越えるという行為は魅力でしかない。
マーライオンを見るよりも、万里の長城を見るよりも、オーロラを見るよりも、時間旅行には敵わないのだ。

男も例に漏れず、悩んで悩んで悩んで、この時代を選んだ。
仲間内にはもっと過去のほうがおもしろくない?何でその時代に?ともしばしば揶揄された。
だが男はどうしてもこの時代に魅力を感じていたのだ。
こればっかりは価値観なのだから仕方がない。

だが、男のテンションもやや落ち着いてきた頃、妙な違和感を覚える。


「…なんでこんなに人が少ないんだ?」


自分が調べていたカブキチョウとは違う。
24時間バカみたいに賑わい、ゴミはそこら中に捨てられ、キャッチノオニーサンという生き物がうようよいると聞いていた。


「…うーん、今日がたまたまなのかな…」


2020年の5月を選んだ男のタイミングの悪さだった。


だが、何も知らない遥か未来から来た男は、何とかこの時代を楽しみたいあまり、歩いていた若い男に声をかけてしまう。


「あの~、すみません。今日って何か、みんな休みなんですか…?お店とかもほとんど空いてないようですし…?」


声をかけられた若い男は、こいつは何を言ってるんだと一瞬目を丸くするも、明らかに妙ないでたちの質問者とあまり関わってはいけないと察し、早口で答える。

「いや当たり前でしょ。コロナなんだから」

若い男はそう告げると足早に去っていった。

残された未来から来た男は不思議そうにつぶやく。


「…コロナってあの?何でコロナくらいで…?うーん…」


疑問を解決できる賢しさを男は持ち合わせていなかった。
賑わっていないのは仕方ないと諦め、せめて楽しもうと残された時間を様々な場所で費やし、やや不完全燃焼気味ではあったが、男は満足げに未来に帰っていった。

そして、タイムトラベルのルールの2つ目を男は破ったが、幸い、遥か未来ではさほど問題にはならなかった。






~文章 完 文章~




よかったなと思ってもらえたら書籍でも読んでくれたらバリ感謝バクハツ。

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