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ショートショート64『アラじーちゃん』

混乱している。
今───なにが起こった?
今───なんて言われた?
ええと……ちゃんと思いだしてみよう。


まず…大好きな祖父が亡くなりました。
で、
悲しみました。
で、
思い出などを反芻しました。
で、
ひと通り悲しみにくれました。
で、
ふと祖父の部屋に行きました。
で、
祖父の写真を見つけました。
で、
わたしと一緒に笑顔で写ってました。
で、
で、 
また悲しみました。
また思い出などを反芻しました。
またひと通り悲しみにくれました。
で、
手紙を見つけました。
わたし宛でした。
で、
で、
で、
女の初孫であるわたしに向けた溢れんばかりの愛が記されていました。
涙が出そうになりました。
我慢しました。
で、
PS.倉を掃除して欲しいと書いてました。
おじいちゃんPSなんて使うんだ、となんだか冷静になりました。
で、
家のはなれにある倉に向かいました。
倉は別段散らかってはいませんでした。
わたしが小学生のとき工作でつくった不格好な粘土の壺がありました。
祖父にあげたのを思いだしました。
大事に大事に保管されてました。
またまた悲しみにくれました。 
で、
涙がでました。
涙がポツリと壺に入りました。
なんとなく壺をさすりました。
煙出てきました。
大量の煙でした。
で、
───祖父が出てきました。
アラジンに出てくるランプの魔人みたいな感じでボワ~っと出てきました。
で、
混乱しました。

で、

で、

で、

その(おそらく)祖父がこう言いました。

「かわいいかわいいワシの孫よ、願い事を100個叶えてやろう~」



今ここ。


………パニック。
パニック×パニック×パニック。
パニックの三乗。
パニックの大安売り。
パニックの店じまいセール。
はいパニックあるよ~。安いよ~。

なんだこれ落ち着け落ち着け。

お葬式をあげた翌日の早すぎる再会。
しかもアラジンおじいちゃんにバージョンアップして。アラじーちゃん。言ってる場合か。

いくら生粋のおじいちゃん子のわたしとはいえ、このような祖父との再会は求めてはいなかった。というより、想定の外だった。それはもう。外も外。場外。

しかしながら、アラじーちゃんのわたしを見つめる優しい眼差しは、生前の祖父のそれとなんら変わらなかった。
ああ、やっぱりおじいちゃんだ。
でも…なんか、すごい。身体だけでかい。
めっちゃマッチョ。
ほぼジー◯ーじゃん。

幽霊として枕元にでも現れてくれたのなら、怖がるよりも喜ぶ心構えはできていた。

しかしこれは…どうしたものか。

わたしは恐る恐る、その“THEファンタジー”に話しかける。

「お…おじい…ちゃん……?」

「フォフォフォ。驚いたかい?まあ無理もない。突然こんな姿ではな。だが正真正銘ワシじゃよ。おじいちゃんじゃよ」

「なんで…!?なに…どういうこと?」

「実はワシにもよく分からんのじゃよ。お前を思うワシの愛がこんな奇跡を生んだのかのう」


奇跡とは、時に便利な言葉だ。
わたしの知る奇跡の概念とは多少、いやかなり異なったが。

そして混乱するわたしを意に介さず、こともなげにアラじーちゃんは続けた。

「さあ、早く。時間がない。願い事を100個叶えてやろ~」

これこれ。これが実は一番ひっかかってる。
普通、こういうのって1個、多くても3個とかじゃない?多くない?

「多くない?」

言葉に出てた。聞きたいことは他にも山ほどあるはずなのに。とりあえずこれは言っておかないと気がすまなかった。
するとアラじーちゃんのさっきまでの流暢な明弁はどこへやら、か細い声でこう答えた。

「多………い………?」

なんでピンときてないの。アラじーちゃん。こんなときに、リアルおじいちゃん感出さないで。

「多いよ。どう考えても多い」

「いや……でも…そういうもんらしくてのう……さあ早く願いを…」

「まだ待って待って。そうなの?なに?誰かに100個いけますよーとか教えられたの?」

「いや、教えられてはおらん。100個いけることが潜在的に分かってるというか…」

「潜在的に?ほんとに?」

「…のはずじゃ。あ、あと1分以内に言わないとどんどん数は減るみたいじゃ」

「どういうこと?」

「つまり、1分たてば、99個、2分たてば98個と、願える数が減っていくんじゃ」

「だから、時間がないってこと?」

「そういうことじゃ。さあ早く…」

「…リンゴ」

「ん?」

「とりあえずリンゴ食べたい」


せっかくこうして出てきてくれたアラジーちゃんをなんだか責め立ててる気もしてきたので、とりあえず軽い願いをしてみた。
数年前におばあちゃんが先立ってから、代わりにおじいちゃんの剥いてくれた、ややガタガタの無骨で愛らしい形のリンゴを食べるのが、わたしは好きだった。

「リンゴかい。うむうむ。ちょっと待っておくれよ」

やっぱりおじいちゃんだ。
田舎に帰省するたび、わたしがリンゴを催促したときの、クチャッとした優しい笑顔の“ちょっと待っておくれよ”だ。
歳を重ねたら、こんな笑いジワが、わたしも欲しいな。
いつもそう思わせてくれる、おじいちゃんの優しい笑顔。


と、その笑顔が突然切り替わる。

笑いジワは無くなり、代わりに眉間に深く鋭いシワが刻まれ、あがっていたはずの口角は見事なへの字になり、自然に曲がっていた腰は異常なほど後ろにのけぞり、アラジーちゃんは叫んだ。


「フアアアアアァァァ~!!かのものに~リンゴを授けたまへぇぇぇぇ!キイェエエエエエエエイ!!キエキエキエイイィィィエエエイ…!フン……!!!さあ!今じゃ!手を差し出すのじゃぁああ……!!」


───ポン


差し出したわたしの手の平に、赤々としたリンゴが一つ現れた。

すごい。
ほんとにリンゴが。
願いが。
叶った。


とか、そんなことよりも───。


叶えかた、そんな感じなんかい。
なんだかもっとメルヘン的な感じを予想してたのに。
そんな黒魔術的な願いの叶えかたなんかい。


「ハア…ハア…ハア…ハア…。よし…。さ、あと99個じゃのう。いや時間がちと過ぎた。98個かのう。フォフォフォ…」


ムリムリムリムリムリ。
頼めない頼めない。
絶対しんどそう。
大好きなおじいちゃんに死んでまでムリさせたくない。


「いやいや、おじいちゃん…もう大丈夫だよ…」

「なんでじゃ?せっかくのチャンスじゃぞ」

「じゅうぶんだよ。ほんとありがとう。こうして会えただけで、嬉しいよ」

「そうなのか…ふむ…」


あれ。さみしそう。
アラじーちゃんさみしそう。
これはこれで、いたたまれないぞ。
どうしたものか。


「アラじーちゃんさ」

「ん?アラ…?なんじゃ?」

しまった。

「いや、その、おじいちゃんさ、願い事ってさ」

「ん?おお、なんじゃ」

「その、願い事ってさ、一応聞くけど、おじいちゃんを生き返らせてーとかそんなのはムリだよね?」

「…そうじゃのう。そういう類いのは難しいようだのう。すまんのう」

「だよね。じゃあさ、これも一応聞くけど、さっきのその…キエエエみたいなのは毎回ある…やつ…?」

「ああ、あれか。そうじゃ。その願い事の大きさに合わせて、あそこも大きくなるかのう」


嘘でしょ。
リンゴで?
リンゴであれ?
すでにマックスだったよ多分。
血管切れそうだったよ。
おじーちゃん、もう一回死んじゃうよ?
いよいよこれは願ってる場合じゃない。


「わかった。うん。やっぱりもう、大丈夫だから」

「そうか……」

「うん。あと何個だっけ?」

「え~と、、少し時間がたったからあと…96個じゃのう」

「じゃあ96分、お話しよう」






話ははずみ、あっという間に時間はたち、アラじーちゃんはもといた壺に吸い込まれていった。

あと残り何分、ていうのを特に確認してはいなかったから、話の途中で急に吸い込まれた。


ワシも入れ歯がああああぁぁぁぁぁ
───スポン


みたいな感じで吸い込まれてた。
さみしい別れの瞬間のはずなのに、それには流石に笑ってしまった。
入れ歯がなんだったんだろう。ふふふ。
最高だわおじいちゃん。

あ、

やば。

また、泣きそう。
楽しかったのにまた。
握りしめたリンゴに涙がポツリと落ちた。
わたしは無意識にリンゴの涙を何回かぬぐいこすった。

今度はリンゴから大量の煙が出てきた。



~文章 完 文章~


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