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【ボクシング】2・16メキシコ・オアハカの3試合批評&考察


戦略を忠実に遂行したノンティンガがお見事リベンジ

☆2月16日(日本時間17日)/メキシコ・オアハカ州オアハカ/アウディトリオ・ゲラゲッツァ
IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦
○シベナティ・ノンティンガ(25歳、南アフリカ=49.0㎏)
●アドリアン・クリエル(25歳、メキシコ=48.8㎏)チャンピオン

※使用グローブ=REYES赤(クリエル)、REYES青(ノンティンガ)
TKO10回44秒

 フットワークで距離を作り、速さで凌駕する──。クリエルを格下とみなしている様子も窺わせ、あっという間に攻め落とされてしまった前戦をふまえ、ノンティンガと陣営が用意していたのは足を止めての打ち合いだった。

 スタートからいきなり接近戦を挑んだノンティンガ。これに対し、クリエルとその陣営は心の準備を整えていたのかどうか。いずれにしても、ノンティンガはどこかのタイミングで足を使い始めるとみていたが、ラウンドが進んでも一向にその気配がなかった。

「クリエルの圧を感じてからのフットワークでは、心が後ろ向きになってしまいジリ貧になる。圧を受ける前に戦略として動き、距離を取る戦い方と接近しての打ち合いを、自らの意思によってバランスよく使い分けるべきではないか」。そんなことを思いながら見ていたら、クリエルのボディブローが効果を上げ始めた。

「このままボディを攻め上げられ、今度もまた落とされてしまうのでは……」という様相。けれどもノンティンガは耐える。でも、たしかにダメージはある。それを感じ取っているからクリエルは攻めの姿勢をやめない。手応えを得ているからこそ、「あとひと押し、ひと押し」と連打の回転を上げていく。自然、力も入っていく。ノンティンガが耐えているからこそ、さらに力みが強まっていく。

 だが、ふと気づいた。「これもまた、ノンティンガ陣営が想定した策略ではないか」と。攻めても攻めても落ちていかないノンティンガに、リードしているはずのクリエルが焦りを募らせる。そんな心の乱れとともに、連打に加えての力みから肉体的にもスタミナを消費してしまう。
「当初から抱いていた戦略」なのか、それとも「試合の流れを読んで立てた戦術」なのか。どちらなのか知る由もないが、「体力を奪ってからの後半勝負」であることははっきりした。クリエルの連打の回転に見栄えは劣るものの、ノンティンガもガード上を打たせての右アッパー、左ボディブローといったリターンブローを差し込んでいた。シャープさを併せ持つノンティンガのブローは、1発の威力ではクリエルを優るといってよい。攻撃に躍起になってきたクリエルだが、気づかぬうちに体力も失い、ダメージも蓄積していたのだった。

「キンシャサの奇跡」でモハメド・アリが演じた“ロープ・ア・ドープ”のように。10ラウンド、一気にギアを上げたノンティンガの攻撃は見事だった。スタンディングカウントを奪ってからの攻め上げで、マーク・カロイ・レフェリーはようやく試合を止めた。

 あまりに鮮やかな逆転劇に、前半のボディのダメージも演技だったのかと思えてきた。そう考えると、決してイチかバチかの賭けでなく、しっかりと戦略を練った戦いぶりだったのだと納得する。同国トップ選手を一手に引き受けるコリン・ネイサンもまた、名相に数え上げられる。

 入場時から緊張気味だったクリエルは、母国での凱旋防衛というプレッシャーもあったのだろう。試合中のイキリ方もきっと、普段以上のものがあったはず。やはりボクシングにおけるメンタル作り、そしてそのキープの仕方はとても大切で、裏を返せばその削り合いともいえるのだ。

ノンティンガ=14戦13勝(10KO)1敗
クリエル=30戦24勝(5KO)5敗1分

無名ルーゴが大善戦。ララはかぎりなく負けに近いドロー

スーパーフェザー級10回戦
△マウリシオ・ララ(25歳、メキシコ=59.0㎏)WBCフェザー級3位
△ダニエル・ルーゴ(29歳、メキシコ=58.8㎏)

※使用グローブ=REYES黒(ララ)、REYES白(ルーゴ)
引き分け0-1(95対96、95対95、95対95)

 体重超過による王座剥奪に加え、試合にも敗れた元WBAフェザー級王者のララが、1階級上げての復帰戦に臨んだが、かぎりなく敗戦に近いドローとなってしまった。

 かつてWBCの地域王座を手に入れたものの、世界的には無名のルーゴが見事に主導権を握り続けた。基本的に“待ち”の態勢で、左フックのカウンターを得意とするララに対し、的確な左ジャブを対角に放って左目を打ち、すかさず右をララのガード外から被せてヒットする。目を直撃され続けたララは、その都度瞬間的に視界がぼやけてしまっただろう。ジャブに先打ちされ、左フックのリターンもワンテンポ遅れてしまう。ジャブ、ストレートの“前フリ”を放っても、両腕を極端に絞ったルーゴのガードに阻まれ、上体を前後に出し入れする独特のリズムに波長を狂わされてもいた。

 頭の接触に加え、濡れて滑りやすくなっていたキャンバスにも集中力を削がれていた。そんなララの心理を逆手に取るように、ルーゴは距離を取ってジャブを当てる落ち着いたリズムと、一転して右クロスやボディブローを差し込んでいく速いテンポを使い分ける。特にララをダウン寸前に追い込んだ6ラウンドが秀逸だった。ララの一瞬の気のゆるみを誘い出し(スッと間を作ってララの“抜き”を誘導した)、右アッパーをみぞおちに刺す。と、ララは棒立ちになって後退。ロープを背負わせたルーゴは、さらに追撃の左ボディブックでレバーとストマックを突き刺してダウン寸前に追い込んだのだ。

 落ち着いてジャブ、左フック、右と丁寧にリターンし、カウンターを狙って立て直しを図ったララだが、ルーゴの攻撃待ち姿勢が玉に瑕。打つタイミングを上手く変えていたルーゴの攻撃に、最後まで対応できていなかった印象だ。

 心に難ありと見てきたララが、試合を投げてしまうのではないかとも思ったが、さすがにそれはなかった。が、ドローはきわめてララに温情的で、展開的にララはかなり苦しかったはずだ。

ララ=31戦26勝(19KO)3敗2分
ルーゴ=30戦27勝(18KO)2敗1分

打ち合いかわし合うハイレベルな攻防に学び多し

WBCコンチネンタル・アメリカス・スーパーバンタム級王座決定戦10回戦
○アルトゥロ・カルデナス(23歳、アメリカ/メキシコ=54.9㎏)WBC40位
●エルネスト・ガルシア(18歳、メキシコ=55.3㎏)

※使用グローブ=REYES赤(カルデナス)、EVERLAST青(ガルシア)
判定3-0(100対88、98対91、98対91)

 アマチュア時代、メキシコの代表チームに入っていたというカルデナスは、プロデビューに際し、いまや名トレーナーに数えられるロバート・ガルシアに師事(その流れでアメリカ国籍を取得した模様)し、チーム入りを果たしている。おそらく、英才教育を受けているのだろう。実に端正なオールラウンダーぶりを発揮した。

 一方のガルシアは、1、2発打つごとにそのまま足を入れ替えて打つ左右スイッチヒッター。右構えでは左右フックが攻撃のメインで、左構えになると左ストレートが抜きんでるという変化が見えた。そうして、強さ、しぶとさを発揮していくことになる。
 18歳。日本ではアマチュア出身間違いなしの年齢だが、日本のプロライセンス規定(17歳~)以下でもデビューできる同国だけに、実際のところは定かではない。

 丁寧に距離をキープして左ジャブ、右ストレートを主体に左右上下と散らしていくカルデナスに対し、ガルシアは強引に飛び込んで左右フックを叩きつけ、そこから左右アッパーを突き上げる。カルデナスがやや押される場面もあったものの、だがこのカルデナスはとにかくディフェンスが巧く、両肩をスッと中に入れて頭の位置を変え、クリーンヒットを奪わせない。さらには両グローブを掲げてのガード、ストッピングやステップを使っての距離での外し方なども実にこなれていた。
 といって、ファイター要素の強いガルシアのほうも、決して防御が拙いわけではない。お世辞にも器用には見えないが、カルデナスの多彩なブローをガードし、ブロッキングで受け止める。若いにもかかわらず、実戦経験で習得してきた老獪さすら感じさせた。

 ボクシングの美しさではカルデナス。ギアの上げ下げを繰り返し、上げたときの迫力でガルシア。ポイントを振り分けるならカルデナスといった具合だが、10対9.8くらいの印象で中盤までは進んでいった。

 しかし、ここで抜け出していったのがカルデナスだ。ガルシアの揺さぶりにも決して動じない冷静さ、サイエンスを感じさせる頭脳明晰ぶりが目を惹いた。特にいくつもの意味を含ませる左ジャブが素晴らしい。これを主体にボクシングを作り、打ち終わりにバランスを崩す、あるいはガードが落ちている等、ほんのわずかずつガルシアが見せる隙を、見事に突いていく。そして、ガルシアの攻撃パターンを読み切り、“打ち気”を察知する能力も長けていた。7ラウンドに入ると、巧みな防御に加えて攻撃のテンポも上げていき、左フックのダブルから右ストレート、右アッパーとコンビネーションを的確に決めていった。
 波状攻撃を数度に分けて仕掛け、右からの左アッパーを見せておき、右から今度は左フックに切り替えてガルシアからダウンを奪った。

 ラウンド終了間際のダウンだっただけに、ガルシアにダメージが残ることも考えられた。だが、続く8ラウンドはガルシアが勢い込んで攻めていく。ここが勝負とふんだ嗅覚の鋭さだろう。なかなかの迫力と力を感じさせるものだった。けれども、カルデナスの上手さに阻まれてしまう。これが別の相手だったら、展開を引っ繰り返すにたる総攻撃だった。11勝10KOという戦績どおりのたくましいオフェンスぶりだった。

 9ラウンド、鮮やかなストレート攻撃を見せておいてのフック、アッパーと、カルデナスもまたアクセルを踏み込んで仕掛け、ガルシアをストップ寸前に追い込んだが、ガルシアも粘る。右の強振1発をヒットして、巧者カルデナスを脅かしてみせた。

 最終回は、カルデナスが敢えて相打ちに臨み、カウンターを狙ってみせたが、ガルシアも猛然と左右フックを振って、最後の最後までカルデナスに食い下がった。

 若い選手同士によるハイレベルな攻防はとても清々しかった。互いに高い技術があるからこそよけ合い、その上で、秘術を尽くしてヒットを奪い合う。これぞボクシングだ。

 われわれは「打ち合い」という表現を安易に使い過ぎていると感じる。だが、技術レベルの低い「殴り合い」を個人的にはイメージしてしまうので、自分自身は極力使わないようにしている。しかし、「打ち合い」と言わずして何と言おうか……そんな試合も数多く、他の観戦者の熱とは裏腹に、とてもクールに見つめることになる。言葉を失うという状態になってしまう。

 23歳と18歳。若きメキシカンの攻防を冷静に観察し、何かを感じ取ってもらいたい。そして「ディフェンスを磨く」ではなく、「攻防ワンセット」の思考を選手にも指導者にも強く求めたい。ここに才能の有無は関係ない。

カルデナス=14戦13勝(8KO)1分
ガルシア=15戦11勝(10KO)4敗

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