【コラム】最大の敵は“迷い”なり~ボクシング視点から見た中日ドラゴンズ~
デッドボール連発からのフォアボール。6回表、最初に迎えた宮﨑敏郎を完璧な三振に斬った姿は、わずか数分後に一変した。牧秀悟、桑原将志にぶつけてしまったのはいずれもツーストライクに追い込んでからのもの。4人目の打者・関根大気に対しては、初球のボール球を振らせて以降、すべてゾーンを外れた。1アウト満塁。新人時代、クローザー(抑え)を任されていた経験のある鈴木博志の“独り相撲”は、後を継いだ大ベテラン谷元圭介にも連鎖。4-2のスコアは瞬く間に4-7となってしまった。
宮﨑、そして牧。いずれも球界を代表する恐ろしいバッターだが、牧との対戦の途中までストライクゾーンへ飄々と投げ込んで勝負できていた。しかし、自信を持って投げたはずのカットボールを2球ファウルされ、心が揺らいだように見えた。
背中にボールを食らった牧は、年上の鈴木をひと睨みする。これもひとつの“駆け引き”である。続く桑原との対戦を迎えたとき、鈴木の心はすでに明らかに乱れていた。
ほんの一瞬、わずか1球、若干のフォームの乱れなどによって投手の様相は豹変してしまう。それが彼らが常に背負う宿命で、しかしそこを気にして崩れてしまうのか、立て直せるのかは、技術的なことはもちろん、メンタルの強弱が多勢を占める部分。そしてこの日の鈴木は好打者・宮﨑に何もさせずに討ち取った自分でなく、牧との対戦で生じた“迷い”に絡め取られてしまったのだ。
「自信」とは読んで字の如く、「自分を信じる」こと。技術の伴わない、いわゆる「根拠のない自信」は無謀以外の何物でもない。だが、ある意味、牧より怖い宮﨑を空振り三振させた自分をなぜ信じきれなかったのか。そのまま調子に乗れなかったのか。いや、牧にぶつけた際に、なぜドラゴンズベンチはひと呼吸置きに行かなかったのか。返す返すも残念なワンシーンだった。
ピッチャー対バッターは、ボクシングに似ていると常日頃から感じながら見ている。野球では、投手、野手を「守り」、打者を「攻め」と大まかに表現するが、守備側も攻撃することができるし、攻撃側も守りに入ることがある。1ラウンド3分(2分)、一瞬も気を抜けないボクシングと、折々で“間”を築くことのできる野球では全然違う、1対1の個人競技と9対9の団体競技ではそもそも全く異なる。そういう見方もあるだろうけれど。
自信を持って打ちこむパンチと、過度の警戒心を持ちながら恐る恐る打つパンチ。これは明らかに異なる。もちろん、そこに至るまでに“駆け引き”は存在するのだが、そのやり取りを越えた部分で打ち込むものは、“迷い”の有無によって威力も、相手に与える恐怖心も全く違ったものになってしまう。当然パンチングパワーがあれば大きなアドバンテージとなるが、たとえパワーレスでも自信を持って打ちこまれたブローは、自信なく打ちこまれたそれよりも威力を秘める。相対的にみるのでなく、あくまでも自分自身の最大を出力できるかどうか、そこが大きな問題なのだ。
井上尚弥(大橋)、佐々木尽(八王子中屋)は誰が見てもパワーヒッターだ。体の使い方、フィジカル、そういう細かい部分を言い出せばキリがないが、しかし彼らを最も強く支えているのは「自信」だろう。かつての赤穂亮や木村翔のフルスイングは、現代的に言えば「力みすぎ」、提唱されている「脱力」とは相反するものかもしれないが、寸分の“迷い”もなかったがゆえに迫力を生み、相手を畏怖させ、かつ観客の心をもつかんだのだ。
強いやつと戦いたい。強いやつとやって負けたら、それは相手が自分より強かったということ。自分がベストを尽くして負けたらしょうがないじゃないですか──。かつて井上尚弥はそう語った。自分が自信を持って打ちこんだパンチにカウンターを合わされて倒されたらしかたがない。そういう割り切りが彼にはある。そしてノニト・ドネア(フィリピン)との第1戦で、肝の据わった戦いでの強さも証明してみせたのだった。
28日時点でチーム防御率リーグ1位、チーム打率リーグ2位ながら、最下位に喘ぐ中日ドラゴンズ。投手たちはホームベースの四隅を突く技術に執心し、それがうまくいけば抑え、叶わぬときはフォアボールで自分の首を絞める。自信を持ってド真ん中に投げ込んで勝負しているのは、小笠原慎之介、髙橋宏斗、そしてライデル・マルティネス。他の投手は、勝負できるにもかかわらず、高い技術力があるがゆえに、苦しい戦いに自ら飛び込んでいっているようにしか見えない。これでは、長いシーズンを乗り切れない。神経の消耗が激しすぎる。
そして、打率は高いものの、チーム得点はリーグ最低という問題の打者。彼らは得点圏にランナーを置いたチャンスになればなるほど迷路に迷い込む。自信を持って投げ込まれたド真ん中を見逃し、あるいは打ち損じてファウル。ボールになるストレートを振らされ、空振りしたくないから変化球を当てにいき、弱々しい打球しか飛ばせない。迷いなくフルスイングできているのは、細川成也、初球を打ちにいった際の岡林勇希、木下拓哉、まだ怖いもの知らずの福永裕基、村松開人くらいか。期待の石川昂弥は高い技術が少々邪魔をして、小さくまとまりかけているのが心配。アリスティデス・アキーノは袋小路から脱せない。
投手も打者も、そして首脳陣も自分に自信を持てず、迷い、そして相手につけ入れられている。それが今の中日ドラゴンズ。自信を持って打ち込めば相手を倒せるはずなのに、過度の警戒心と惑いがパンチに伸びも精度も欠かせ、相手が恐れずにカウンターを合わせに来、そしてそれを喰らう。
自信を持って戦いに臨み、やられたらしかたがない。相手が強かった、ただそれだけのこと。けれども、その土俵に立てていない。立つことをしていない。だから、ファンに熱い気持ちが届かない。
自信を持ってのびのびと。空振りも、打たれることをも恐れるな。迷い、臆病な姿を見せることこそが最大の敵なり。
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暁視GYOSHI【ボクシング批評・考察】
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