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【ボクシング】1・23大阪ダブル世界戦+2 批評&感想


前がかり意識が裏目…寺地薄氷防衛


1月23日/エディオンアリーナ大阪第1競技場
WBC・WBA世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦
○寺地拳四朗(32歳=BMB、48.7kg)チャンピオン
●カルロス・カニサレス(30歳=ベネズエラ、48.8kg)WBA1位、WBC2位
判定2ー0(113対113、114対112、114対112)

 8ラウンドを終えてジャッジ1人がイーブン、残る2者が2ポイント差で寺地リード。残る4ラウンドでひとつでも取れば最低限の引き分け防衛。これを踏まえての、11、12ラウンド、寺地本来のオリジナリティあふれるジャブボクシング──上下前後動のフットワーク、ステップワークを駆使したポイントアウト・スタイルだった。
 4ラウンド、8ラウンド後のオープンスコアリングはWBCルールで、これを採用した形だが、結果的にそれを活用した陣営の成功だ。

 危惧していた展開になった。矢吹正道(LUSH緑)へのリベンジを果たした試合以降、アップライトの構えから前傾に変え、よりアグレッシブに攻めるスタイルへと寺地はモデルチェンジした。が、自ら敢えて危険地帯に身を置くことで、被弾する場面は確実に増えてきた。上記のオリジナルスタイルがうまくいかず、間合いを詰めて戦わざるをえないならば理解もできるが、「飛んで火にいる」状態はどうにも解せなかった。かつてのスタイルでダメージを与え、仕留めるという形が決して揺らいでいたわけではなかったゆえ、その想いはいっそう募る。

 カニサレスはまずは強い攻撃を見せて、寺地の打ち気を誘う作戦に出た。これが寺地をより攻撃的思考に落とし込んだ。リズムもペースも握る以前、あまり良くない流れの中で寺地は前がかりとなって右強打を当てにいこうとした。カニサレスにとって、寺地の右は脅威だったろうが、それ以上に“動かないテラジ”はありがたかったはずだ。

“押し”と“引き”で寺地を混乱させたカニサレスが、試合の流れをコントロールしている試合だった。右ストレートと左フックでボディを攻めて、カニサレスにダメージを与えた寺地だが、強引に攻め落とそうと、さらに防御無視となってしまったのは、主導権を握られていた証だ。そんな状態にもかかわらず、ボディブローを効かせて何度もカニサレスをダウン寸前まで追い込んだのはさすがだったが、強烈な左右フック主体とした顔面へのカニサレスの攻撃を被弾したその数は、明らかに寺地が多かった。それを生かすカニサレスのジャブ、左ボディフックも効果的だった。カニサレスはラウンド内でのギアの上げ下げが巧みだった。寺地はそれに翻弄されていた。

 もう、前がかりのファイタースタイルから抜け出せないのでは……とさえ考えた。そういうボクサーを数限りなく見てきている。「スタイルを戻したくても戻せない」、それがキャリアもダメージも積み重ねたボクサーの切ない性でもあるからだ。
 けれども寺地は試合の最終盤に至って、あのボクシングを再現した。肉体的にも、こういう試合の流れになっていたことを考えても、これは奇跡的といってよい。そして、これもまた予想どおりだったが、カニサレスはその“拳四朗ボクシング”に付いていけなかった。

 矢吹へのリベンジ戦で芽生え、京口紘人(ワタナベ)戦で快感を覚え、アンソニー・オラスクアガ(アメリカ)戦でどっぷりと浸った。観客はもちろんエキサイトする。けれども、着実に身を削っているのは寺地自身だ。フライ級転向を機に、“オリジナル”をベースにしたボクシングを見つめ直してほしい。

寺地=24戦23勝14KO1敗
カニサレス=29戦26勝19KO2敗1分

コツコツと丹念に追い詰めた阿久井の距離感の勝利


☆WBA世界フライ級タイトルマッチ12回戦
○ユーリ阿久井政悟(28歳=倉敷守安、50.8kg)1位
●アルテム・ダラキアン(36歳=ウクライナ、50.4kg)チャンピオン
判定3ー0(116対112、117対111、119対109)

 翻弄される“半歩手前”で踏みとどまる。距離を詰め、常にダラキアンを追いかける形だった阿久井だが、右ストレートを届かせる間合いを取りつつも、ダラキアンのリターン攻撃を抑える空間をキープした。空間を操る達人ダラキアンが相手だけに、その困難さと阿久井のやり遂げたことの重大さが、よりいっそう浮かび上がる。

 必殺の強い右ストレートをヒットさせる、印象づける。これは阿久井にとっての大命題だったが、その思いに縛られすぎないことが重要だった。単打狙いに囚われると、心も体もバランスを失ってしまい、それこそダラキアンの意のままになる。空振りし、空回りが続けば完全にダラキアンペースとなって、抜け出すことができなくなる。

 スピードあふれる桑原拓(大橋)を絶妙な間合いで追い込んでいった試合、そして、粉川拓也(角海老宝石)、ジェイソン・バイソン(フィリピン)を巧妙な左ジャブで翻弄した試合。これらを複合したスタイルが、見事に結実した。

 右ストレートを顔面に当てるための“伏線”作りは、左右のストレートをボディに刺しての意識づけや、地味だが的確に差し勝った左ジャブと、右へのつなぎの“間”のずらしだ。
 阿久井の右を打たせたくないダラキアンは、タイミングが独特の左(ジャブ&フック)を飛ばしたが、阿久井はそれらをガッチリと右グローブでカバー。するとダラキアンは、変則的なローダッキングから右アッパーを合わせにかかった。
 それらリターン、カウンターに対処できる空間を作っていた阿久井は、バランスを崩したり、サイドへ回り込んだりするダラキアンの変則動作を読み取ると、そこへ左フックを合わせていった。それを嫌がるダラキアンは、なりふり構わずクリンチやホールドに打って出た。阿久井の腕や頭を巧みにロックする高等技術だが、阿久井はうまく振りほどき、コツコツとショートブローを顔面、ボディへと集めた。ダラキアンが悪い流れを切り、休み、リズムを取り戻そうとする“オアシス”を破壊した形だ。

 阿久井の攻撃に合わせ、ダッキングやウィービングの一環と見せて頭を持ってきたり、阿久井の左足を踏みつけてバランスを崩させようとしたりするダラキアンのダーティ・テクニックはさすがだった。しかし、生き残るために様々な手立てに打って出るダラキアンに、阿久井は決して冷静さを失わなかった。そういうことをされる覚悟、心の準備がしっかりとできていて揺るがなかった。

 阿久井の右ストレートに右アッパーを合わせようと図っていたダラキアン。それはダラキアンにとって危険を孕む狙いだったが、阿久井はそれを敢えて逆手に取るスリリングな場面を演出した。11ラウンド、阿久井は右ストレートで誘い、右アッパーを打たせつつそれをかわし、左フックを合わせたのだ。そして、その左フックで続けざまにダラキアンのレバーを叩いた。主導権は握りつつも、ポイント的には一進一退だったと見ていた展開だったが、あの一瞬の駆け引きを見て、「勝負あった」と感じた。

 阿久井の強打炸裂とまではいかなかった(そういう雰囲気を序盤から作り続けていた)が、難敵ダラキアンをこうして攻略した功績は計りしれない。

阿久井=22戦19勝11KO2敗1分
ダラキアン=23戦22勝15KO1敗

那須川には“枠”に囚われず、「リングの申し子」であってほしい


121ポンド契約8回戦
○那須川天心(25歳=帝拳、54.8kg)日本スーパーバンタム級7位
●ルイス・ロブレス(25歳=メキシコ、54.2kg)WBA&WBOバンタム級14位
TKO3回終了

 わずか3戦目ながら、1戦毎に超速で大きな動きを削ってきた那須川が、すっかり“現代ボクシング”スタイルを示した試合だった。リング広しといえど、目の前の“この空間”で戦う。そんな確固たる決意を感じた。この小さな空間で、最小限の動きでかわし打つ。那須川の才と技術があってこそ、そこに対する絶対的な自信があればこそ、だ。
 念願の初KO勝利だが、相手の棄権ということに不満が残る様子だ。けれども、あのまま試合が続いていても、遠からずストップできただろう。

 なるべく早い段階で、こういうボクシングもできるということを見せる必要があった。そういう本人、陣営の判断があったのだろう。もちろん、これもひとつの引き出しとして大切だと思う。が、それはあくまでも“ひとつ”であってほしい。個人的には“これ”を基本線としないでほしいと思う。

 たしかに、大きな動きは「無駄なもの」と判断される風潮が強い。スタミナも使う。カウンターやリターンが遅れるということもある。極力小さな動きでかわして打つ。それが時代の潮流だ。
 しかし、ボクシングデビュー戦で見せた那須川の動きは決して無駄なものではなかった。華麗なフットワーク、ボディワークは那須川の自由奔放さを余すことなく体現していた。華やかで煌びやか。那須川にしか描けない「オンリーワン」なキャンバスを感じさせた。
 誰もが意表を突かれるような大きくド派手な動きをしていても、要所で動きを締めてカウンターやリターンを狙う。それまでの動きとの差が激しいからこそ、その一瞬もまた、光り輝いて見えたものだ。

 那須川天心という稀有な存在だからこそ、“ボクシングの枠”に収まってほしくない。ボクシングをやっていても、“リングの申し子”であってほしいと思うのだ。

那須川=3戦3勝1KO
ロブレス=19戦15勝5KO3敗1分

感情と体のコントロールで辰𠮷が上回る


☆54.5kg契約8回戦
○辰𠮷寿以輝(27歳=大阪帝拳、54.2kg)
●与那覇勇気(33最=真正、54.4kg)日本バンタム級10位
判定2-0(76対76、77対75、77対75)

 左フックという絶対的な自信を持つウイニング・ショットを持ちつつも、それに憑りつかれることがなくなった。そこを基本に置きつつも、味付けの左ジャブ、左フックへつなげる右……と、戦力をプラスしていったことで、冷静さを保つことができ、相手も、状況もじっくりと観察できるようになったのだろう。“誘い”からのビッグパンチを辰𠮷にかわされて、より強打を当てようという意識にはまり込んで抜け出せなくなった与那覇とは好対照だった。両者に見えた最も大きな差は「感情の維持、コントロール」だった。与那覇も底力を見せて終盤追い上げたが、1度出来上がってしまった流れは、そう簡単には覆せなかった。

 与那覇に攻めさせてこれをかわし、タイムリーにヒットする辰𠮷の左。これはめざましい進歩を感じさせた。左フックの強打を意識づけしておきつつ、決してこれでダメージを与えようとせず、餌撒きに使って、コンパクトな連打でダメージを与えていく。しかも、この連打の強弱コントロールが絶妙だった。与那覇のリターンを想定しつつ、しっかりとバランスをキープして、いつでもバックステップ等、ディフェンスに回れる姿勢を取っていた。だから与那覇が強いプレッシャーをかけながら攻めてきても、辰𠮷は冷静に対処出来ていた。下がり、横に動きつつ、カウンターを合わせる雰囲気を滲ませていた。

 与那覇も深く突き込む左ジャブを稀に放っており、それが辰𠮷の動きを止めかけていた。が、与那覇にとっては、あくまでも一次攻撃で、二次三次をかわされることで、ジャブを打つことをやめてしまった。この一次を丹念に続けてリズムやペースを引き戻すことを考えていれば、また違った展開になったのかもしれない。しっかりと左で作った辰𠮷との、ここもまた“違い”である。

 しっかりとナックルパートを当てる左に反し、辰𠮷の右は少々アバウトに見えた。左へのつなぎという意識が強いのかもしれないが、この右が威力を増せば、もっともっと左が生きるはず。偉大なる父・𠀋一郎同様、“左の名手”に常に付いてまわる課題かもしれない。

辰𠮷=16戦15勝10KO1分
与那覇=20戦13勝8KO6敗1分

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