グレイステクノロジー事件から見た経営者不正の再発防止策
2022年2月28日に、架空売上による会計不正を行っていたグレイステクノロジーが上場廃止となりました。今回は、この事件を検討し、制度上の再発防止策を検討してみたいと思います。
1.事件の経緯
2021年11月9日、グレイステクノロジー株式会社(以下「グレイステクノロジー」)は特別調査委員会の設置と第2四半期決算発表の延期を発表しました。それは「JPX 日経中小型株指数」構成銘柄に同年8月に追加され、その安定した高い成長力が評価された矢先のことでしたので、株主・投資家にとっては寝耳に水だったと思います。
グレイステクノロジーは、産業機械やソフトウェアの操作・運用のためのマニュアル作成とそのデジタル化を事業とする会社で、2016年12月に東証マザーズ(以下「マザーズ」)への上場を果たし、2018年8月に東証1部に市場変更されました。
その後、2022年1月27日に特別調査委員会から調査報告書を受け取りましたが、延長後の期限までに第2四半期報告書を提出することができないという理由で、2月28日に上場廃止となりました。
架空売上が直近期の売上高の半分以上に及んでおり、首謀者である元会長の急死により、これ以上不正を続けることができなくなっていました。
2.架空売上の金額
調査報告書では架空売上高は次のとおり集計されています(単位百万円)。
2016/3:売上高 726 うち架空売上 1
2017/3:売上高 1,010 うち架空売上 8
2018/3:売上高 1,314 うち架空売上 347
2019/3:売上高 1,524 うち架空売上 505
2020/3:売上高 1,903 うち架空売上 489
2021/3:売上高 1,812 うち架空売上 994
これを見ると、2018年3月期から架空売上が急増し、2021年3月期には公表された売上高の約55%が架空であったということになります。ただし、特別調査委員会は、同社による上場廃止の決断をもって一部未了のまま調査を終了していることから、上表の数値は確定値ではありません。調査に当たっては、この事件の首謀者と言える元会長が2021年4月に病死しており、さらに架空売上に深く関与し2020年12月に退職した営業担当者からのヒアリングが十分できなかったことにより、全容の解明が困難でした。このため、上記の架空売上は暫定値と言えるものと考えられます。
3.架空売上のカラクリ
グレイステクノロジーは、客先から受注を受けていないにも関わらず売上計上していました。未受注売上のうち、一部はその後受注したものもありましたが、受注がない完全架空売上もありました。同社の架空売上の大きな特徴は、元会長や社員の個人の資金による売掛金回収の偽装です。わざわざ客先の本店所在地近くの銀行に出向き、振り込みを行って売掛金の回収を偽装していました。
これまで架空売上というと循環取引が常套手段でした。循環取引は不正を行う会社が、客先及び仕入先と共謀することにより実行されます。このため、売掛金は通常の取引を偽装して客先から入金します。しかし、グレイステクノロジーは、個人の資金で売掛金の回収を行ったという、これまでなかった特異な事件です。この資金はどこから来たのでしょうか。この会社の株式売却益です。創業者である元会長とその妻(元総務部長)は、上場前からの持株売却により総額約186億円の資金を得ています。社員でもストックオプションなどで数千万円の売却益を得ている者もいたようです。
ベンチャー企業の創業者が自社株売却益によって宇宙旅行に行ったという話はありましたが、売上代金の回収と偽って、累計で20億円を超える自己資金をつぎ込み、架空の売上をでっち上げたというのは、前代未聞です。前述の退職した営業担当者も個人資金をつぎ込んで架空売上に加担しましたが、退職後に弁護士を立てて、その資金を元会長から和解金として取り戻しています。同社の規模は小さく、直前期の通期売上高(単体)は約18億円でした。元会長らの株式売却益186億を使えば、毎年10億円の架空売上を18年間つくれる計算になります。
4.架空売上の動機
何百万円から何千万円の売上代金を客先に代わって個人資金で支払うことは、頼まれてもやりたくありません。元会長はこれを実際にやってしまいました。なぜここまでして見せかけの業績をつくりたかったのでしょうか。機関投資家に同社の業績予想を何度も語っているうちに、それが実現できないはずはない、またはそれを実現しなければならないという思いが強くなる一方、実績がついてこないため、それをかさ上げするという行為に出てしまったと考えられます。
自己資金を使ってまで架空売上をつくったのは、会社は株主のものではなく、自分のものと考えていたからではないでしょうか。架空売上とは別ですが、有名タレントを起用した同社のテレビCMのコストを元会長が全額個人負担したという出来事にも、会社のためには私財を投げ打つという姿勢が読み取れます。
売上高や営業利益等の業績目標値は、元会長、元社長及び経営企画室長の3名が協議して決めていました。前期比20~30%増とし、これを基準に業績予想値を公表していました。機関投資家との面談は、電話やオンラインを含め2019年は約250件、2020年は308件にも達しており、稼働日換算すると毎日1件から1.2件行っていたことになります。これほど熱心に機関投資家との面談を行う会社は珍しいと思います。上場後、架空売上によって公表した業績予想を達成し続け、その成果が「JPX 日経中小型株指数」への採択ということになった訳です。社内会議での営業部門からの報告に際して、元会長は次の発言を行っています。
・「この世は算数でできている。中身はどうであれ、売上が立って、利益が上がればいい。」
・「指示命令だぜ。(中略)100%黙ってやれよっていってんだよ。」
・「簡単だろうよ。とりゃ済むんだぞ。売りゃ全部OK なんだ。ほかのことなんかぐちゃぐちゃ考えるな。」
・「営業の〇〇は使いもんになってんのか。遊んでいるとしか思わん。」
これらは言うまでもなく、恫喝、罵倒、人格否定であり、叱咤激励の域を明らかに超えています。退職した営業担当者によると、具体的な手口については取締役営業部長や営業担当者が考え、元会長と共有していたようです。
5.機能しなかったコーポレート・ガバナンス
マザーズ上場以来、社外取締役1名、社外監査役2名の体制としており、2020年6月からは、社外取締役を1名増員しています。同社は、これら社外役員全員を独立役員として東証に届けていました。マザーズ上場から増員された社外取締役以外の社外役員の交代はありません。社外取締役の1名は小規模な企業の経営者経験はありますが、もう一人の社外取締役は経済産業省出身で企業経営の経験はありません。また、社外監査役2名は、それぞれ生命保険会社と大手銀行出身であり、財務会計や監査の専門性はないと思われます。
同社の取締役会は、その前に開催される経営会議と一体に運営されており、監査役を含む取締役会の出席者は、経営会議にも出席しています。その会議の場で、元会長による上記のような罵倒と恫喝が行われていました。社外取締役や社外監査役が経営会議に参加して、経営意思決定プロセスを知ることはコーポレート・ガバナンス上、非常に良いことです。しかし、元会長による発言を目の当たりにした社外取締役は、それを抑止するのではなく、元会長に迎合して営業担当役員を叱責していたということです。
一方、社外監査役は、いくら専門性がないといっても、このような状況を見ると無理な売上計上が行われているのではないかとの疑いを持つのが普通です。これに対しては、おそらく元会長の意を汲む常勤監査役が、うまく説明していたものと考えられます。常勤監査役は、同社のマザーズ上場準備のときに内部監査を担当しており、わざわざ問題のない資料を提出させ、内部監査上の指摘がないように画策していた人です。また、監査法人から提出された売掛金の回収遅延を指摘した文書(マネジメントレター)を受領したもののその実態を確認せず、その一部は社外監査役と共有していませんでした。
6.経営者不正の再発防止策
ここでは、この会社における再発防止策ではなく、経営者が首謀者となる経営者不正に基づく会計不正の再発防止策を考えてみたいと思います。
【上場基準の厳格化】
マザーズでは、グレイステクノロジーのような小規模な企業が上場しています。そもそも中小企業の延長線上にあるような会社が上場会社であってよいのかということを考え直す必要があると思います。マザーズは、このような会社が上場しているプロ向けの市場という位置づけではありません。であれば、投資家保護の観点から、上場基準と審査を厳しくし、このような会社が上場できないようにする必要があるでしょう。上場審査に当たっては、特にコーポレート・ガバナンスに重点を置くべきです。社外取締役や監査役の資質や資格についての基準設定も必要です。米国では、監査役会または監査等委員会に相当する監査委員会には、財務会計の専門家が選任されることが法定(サーベス・オクスリー法)されています。グレイステクノロジーでは、内部監査が独立した部門になっていない状況でマザーズ上場しています。内部監査の実効性もしっかりと審査することが必要です。
【内部統制監査の強化】
会計不正が発覚すると監査法人は何をしていたのか、と言われることが多いと思います。この会社の場合、筆者の見立てでは、まんまと会社に騙されていたということだと思います。監査法人は売掛金の残高確認状を客先から直接入手しますが、会社はこれを偽造していました。監査法人は、経営者不正を想定した不正対応監査を実施することになっていますので、対応が甘かったと言えばそうかもしれません。架空売上のための契約書の偽造や、残高確認状の偽造は、不正の常套手段の一つです。2021年3月期から、監査法人の監査報告書に監査上の重点項目(KAM)を記載することになっていますが、売上や売掛金は重点項目として記載されていませんでした。監査法人は、2018年3月期と2019年3月期のマネジメントレターでは、売掛金の回収遅延を指摘していましたので、問題に気づかなかった訳ではないと思います。
監査法人による経営者不正への対応はさらに強化が必要と考えられます。経営者不正の発見は、会計監査では限界があることから2009年3月期から内部統制監査が導入されました。しかし、導入当初は制度対応にコストがかかるという理由で、米国の内部統制監査より緩めの基準で導入され、現在はこれがかなり形骸化していると言われています。
経営者不正という観点からは、内部統制監査においてコーポレート・ガバナンスを中核とした全社統制の監査を強化することが非常に重要です。グレイステクノロジーの経営会議の様子を監査法人が知っていたら、監査対応はかなり違っていたと思います。現状は、新規上場を促進するため、マザーズ上場後3年間は内部統制監査が免除になりますが、この制度も見直すこと必要があるでしょう。
【経営者に対する厳罰】
日本では、会社や監査法人に対する課徴金制度はありますが、経営者個人に対してはこれがありません。会社法による特別背任や、金商法による有価証券虚偽記載に対しての刑事罰はありますが、これらが適用されるケースは限定されています。株主代表訴訟を提起し、役員個人に対して損害賠償請求するとしても、相手が個人であるため限界があるとともに、懲罰としての効果は望めません。経営者による会計不正は重大な犯罪であるということを認識し、経営者個人に対して重い刑事罰(懲役・罰金)を科すよう法改正し、さらに行政の裁量に基づく課徴金制度を導入することも必要と思います。(作成日:2022年3月2日)
■執筆者:株式会社ビズサプリ パートナー 久保 惠一 氏
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