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パーツが足りない

僕は偽善者だ。


自分でこんな事を言う人間は、本当は心ではそんな事は思ってない人が多いと思う。周りの人に「あなたは偽善者ではないよ」そう言ってもらうのを待ってる。


しかし、僕は正真正銘の偽善者だ。


普段の僕は話しかけるなオーラを身にまとい、人とは目もまともに合わさず歩き、もちろん自分からも話しかけもせず、フレンドリーという言葉からは一番遠いところにいる人間だ。しかしだ、そんな僕が相手が車椅子とか体の不自由な人と見るやいなや態度が変わるんだ。

そんな社会的弱者と言われてるような人を見ると、途端に自分から積極的に近づこうとして、助けようとまでしてしまう。


それはぜか?


その時の僕の心を正直に記そう。


その時の僕は、

 
「僕ってなんていい奴なんだろう?体の不自由な人を積極的に助けて、それが当然だと振るまってる。そうだ、社会的に弱い人に対して、こんなに優しく接してる僕を見て!そして、この僕の善行を皆に語って広めてよ!」

 
どうだ!まさに偽善者。だから、自分で自分のことを偽善者だと断言してる。さらにだ、こんな心まで持ってる。


それは、相手が体が不自由というだけで、自分を相手より優れてると思ってるのだ。勝手に自分が上だと思ってる。喧嘩の弱い奴にイキってるチンピラと同じだ。


なんと醜悪な心。


この汚れた心では偽善者の風上にも置けない。

 
体が不自由な人は何も悪くない。健常者だって、全てがパーフェクトではないし、何かが足りなかったり、何かが優れたりしてる。生まれながらに体が不自由な人はお母さんのお腹の中に何かのパーツを忘れただけだと思う。

 
だから、人より劣ってるわけではない。足りないものかあれば、他で補えばいい。


そんな正真正銘の偽善者の僕の醜い心は昔からだ。僕は4つほど職業を変えたことはあるが、ある職業の時に失語症の若者と一緒に働いたことがある。


名前は田中くん(仮名)

 
彼は本当に喋らなかった。何を聞いても、30秒すら喋らない。いや喋れない。

 
しかし、笑顔が可愛かった。目が無くなるほどの笑顔。目がカモメになるほど、漫画で書くと簡単な目だ。笑福亭鶴瓶の目にソックリと書けば分かりやすいかな?

しかし、何を聞いても、


「あっ……わ……かり……ました……」


まさにこんな感じた。だから、簡単な仕事しか任されてなかった。でも、汗だくになって一生懸命に働いていた。

僕は当然のごとく優しく接した。自分の方が田中くんより優れてると思ってるからだ。

しかし、いくら優しくしても、田中くんはまともに喋れないんだ。その当時は失語症なんて詳しくは知らなかったから、誰かにイジメられたとか、親に虐待されたとか、精神的なショックで話せなくなったのかと思ってたが、失語症を詳しく調べてみると後天的な脳の障害だと分かった。

生きる術なのか、田中くんの笑顔は本当に見てるだけでこちらまで嬉しくなるような笑顔だった。

僕は田中くんの1000倍は話せるのに、周りの人はしょっちゅう田中くんに話しかけていた。

僕の心の醜さが見透かされてるのか、僕は田中くんに人付き合いという面で負けていたのだ。

僕の1000の言葉より、田中くんのたった一回の笑顔の方が人を惹きつけていた。これは紛れもない現実だ。


僕は田中くんより優れてると勝手に優劣をつけてたけど、僕は田中くんより劣ってた部分があったのだ。


でも、その時の僕はそんな事にすら気づかずに相変わらず、田中くんに優しくしていた。

 
その田中くんは酔っ払うと30秒ぐらいは喋るようになった。本当に体に力を入れて必死に喋ってた。僕はその姿を見て、本当に喋るという事が普通の人に比べて苦労するんだなと思ったのを覚えてる。


上司の人が田中くんと僕をフィリピンパブに連れて行った時、あんなに無口な田中くんが本当に楽しく過ごしてた。フィリピン人の女性はカタコトの日本語で面白おかしく話してるけど、田中くんはニコニコして楽しそうに身振り手振りジェスチャーをして笑ってるだけだ。

考えてみたら、海外に行けば言葉は分からない。だから、話せなくても身振り手振りで相手に気持ちを伝える。

海外に行って身振り手振りジェスチャーで自分の思いを伝えるのが海外では普通だとしたら、その状況は失語症とあまり変わらないのではないか?


だから、田中くんは楽しかったのかも知れない。


僕はフィリピンパブではトム・クルーズと名のり、フィリピンに残してる4人の兄妹とお母さんのために必死に働いてるリンダに密かに恋をしてた。

僕はいつもの「あなたをタシュケたいからー」のチャン・ドンゴンの言葉のようなカタコトの恋心で、お母さんと兄妹4人の面倒を見ることまで真剣に考えていたのだが、結局はリンダは4人の兄妹ではなくて、子供4人と旦那さんがいる女性だった。


オーノー


僕の恋はいつもデンジャラス。

 
ある日、俺は田中くんが会社の寮の自分の部屋で、真剣な顔をして座ってる姿を見かけた。

今まで、見たことない鬼のような形相だった。当然のように何があったのかを聞いたが、もちろん当然のように何も言わない。

 
いや、言えないのだ。


いや、必死に説明しようとしてた。しかし、言葉が出てこない。


田中くんの、あのいつもの笑顔もない。


俺は、これは何かあったと、上司に相談したが、田中くんは上司にも何も言えないのだ。


そして、その後すぐに田中くんは寮から消えた。


夜逃げ同然の失踪だった。もちろん、誰も理由は分からなかった。


僕は田中くんより自分が優れてると思ってたから、勝ち誇ったように田中くんに優しくしてた。でも、田中くんの方が周りの人に好かれてた。


これでは、どちらが健常者なのか分からない。


僕は自分を健常者だと思い込んでたが、僕の方が人としてのパーツが足りなかったんだ。


いや違う。そもそも、みんなが何かしらパーツが足りないんだ。


だから、体が不自由な人だからといって、特別に優しくするのは、ある意味、差別なのだ。


みんなが、何かしら不完全なんだから足りない部分を、お互いが意識せずに、気がついた人同士が補い合い助け合えばいいだけだ。


僕の田中くんへの過剰な優しさは、自分の自尊心を満たすための差別だったように思う。


田中くんは言葉を話すというパーツは足りてなかったけど、みんなを楽しくする笑顔を僕より持っていた。


田中くんの笑顔が、今もどこかで誰かを幸せにしてたらいいな。


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