サカバコウサロ・旧叙
「ごめんください」
「はあい、いらっしゃい」
「どうも。」
「ああ、これはどうもおかえりなさい」
「んふ。マスターはいつもアタシの欲しい言葉をくれるのね」
「恐縮です。……こちら、家族芋にっころがしと、古酒『郷愁』です」
「あら、今日はこういうまったりしたの食べたいって思ってたの。なんでわかるのかしら?」
「マスターの仕事をしている迄で御座います」
「フフ……そういうとこ、カッコいいとおもうワ」
「恐縮です」
「で・も!ちょっと固すぎよマスター。アタシの方が縮こまっちゃうわ」
「これは、とんだ失礼を致しました」
「冗談よ。そういうとこはカワイイのね。好きよ。」
「いやはや。」
「……ンン~……家族芋食べるとなんでこんなに……涙が出るのかしらね……お酒も優しくて……本当に家族団欒の食事みたいだワ」
「…………」
「フフ……」
「…………」
「……マスターって、家族はいる?」
「……いえ、残念ながら、私は初めから独りでした」
「……そう。孤独って、慣れるものかしら?」
「……そう、ですね……慣れる……いいえ、むしろ、慣れなくなっていくもの、と感じます」
「あら。……今はもう、独りではないと?」
「……ええ。私には、お客様方がいらっしゃいますから。幸せなことです」
「ふぅん……ね、アタシもその一人になれてるのかしら?」
「ええ!勿論でございます」
「……そう……こんなアタシでも、誰かの孤独を癒せてはいるのね」
「……お代わりを如何でしょう」
「……あら……お上手。貰おうかしら」
「では、こちらを。風乗り魚の薄切りです。」
「…………本当、あなたってアタシのことなんでも知ってるのかしらね?」
「……ご不快でしたか」
「マスターだけはトクベツよ。とってもうれしいワ」
「……ふふ」
「……なにか、お返しをしなければいけないわね」
「……では、お話をいただけますか」
「お話……?」
「家族のお話など。ご迷惑でなければ、ですが。」
「……ほんと、敵わないわね。いいわ。つまらないでしょうけど、聞いてくださるかしらん。」
「……」
「……アタシの生まれについては、以前少しお話したかしら?」
「……ええ。さる高貴な吸血鬼一族の出、ノゥブルヴァンプだとお聞きしております」
「……そ。といっても、それは半分嘘ね。本当は、始祖七血の一人なの。」
「……なるほど、そうでしたか。」
「アハ。このカミングアウトでそんな薄い反応するのマスターだけよ?」
「……申し訳ございません」
「別に責めてないわ。あなたの生まれに比べれば大したことないもの。」
「……でもね、始祖七血なんて呼ばれてるけど……アタシも初めから吸血鬼だったわけではないの」
「元々はどこにでもいる……わけじゃないわね、貧乏貴族の一族だったわ」
「……あの頃、アタシは幸せだった。食卓には黒パンとじゃがいもばかり並んだけれど、必ずテーブルには家族皆が居たし、笑ってた。」
「おかしくなり始めたのは、戦争が始まってからね。家族はみんな、死から逃れようと錬金術に取り込まれていったわ……」
「賢者の石を精製して、永久の命を得ようとしたみたい。でも、賢者の石には何人もの生贄が必要でね……後は、お察しの通り。人って、目の前の死から逃れるためには、誰かの死さえ望むのよ」
「……それは……」
「じゃあ、アタシは家族殺しだとおもう?……残念だけど、アタシはただ隠れて震えてただけだったわ。外で怒号や悲鳴が聞こえている間ずっと、耳を塞いで床下に隠れてた。」
「……そして、静かになって外に出たとき、全ては終わってた。皮肉にも、何人もの生贄を捧げられ、精製に成功した賢者の石が転がっていたわ」
「アタシは、それを壊そうとした。要らなかったもの。そんな家族の血で出来たようなおぞましいもの。……でもね、そこが、アタシを狂わせた。」
「『家族の血で出来た』ですか。」
「そ。その辺に転がってるのより、よっぽど家族って感じがしたの。……今考えれば、バカな話ね」
「……」
「ま、後はご想像の通り。賢者の石を呑んでアタシは『吸血鬼』と呼ばれるナニカになったってわけ。血なんか無くても生きていけるんだけど、あの惨状を見た誰かが伝えたのね……実際は只の不老不死よ」
「……これでアタシの話はおしまい。ゴメンね、つまらない話で」
「……いいえ。お代としては十分すぎるものをいただきました。これは、お釣りが出てしまいますね」
「……いいのよ。誰かに話すのは久しぶり。ふふ、結構スッキリしたわ」
「……それに。不老不死も悪くはないって、最近はそう思えるの。」
「お客様……」
「……フフ、やっぱり魅了は効かないのね」
「まあ、既に魅了されていますからね」
「あらほんと?」
「こちらを。食後の紅茶です」
「お上手。フフフ」
「ふふふ」
「……ゆっくりと更ける夜もまた、いいものですね」
おこころづけ