ペインペイン

「この世で我慢できない痛みってなんですかね」

「そりゃきまってら。歯の痛みさね」

「あぁ~……虫歯になると本当に憂鬱ですよね。食欲失せるし、痛みが不規則だからいつまでたっても慣れないし」

「そこだね。死ぬほど痛いわけでもないのに、あの不規則さが歯の痛みを不愉快さでナンバーワンに押し上げた。」

「ズキ……ズキズキ………………と、暫く休んで、お、大丈夫になってきたか……と思った頃にズキン!ってきますからね」

「にもかかわらず歯医者に行けないのはなんでなんだろうなあ」

「風邪やインフルエンザなら普通に行きますよね。なんで歯医者だけ行けないんでしょう」

「一つには、まあ大丈夫、みたいなものがあるんだろうな。我慢できる、我慢できる、と。」

「でも、我慢するときって、我慢するだけの価値があるときだけですよね?」

「確かにな。一体なんで我々は歯医者を我慢できるんだ?」

「いくつか原因がありそうですね。まず、逆説的ですが我慢をやめるときはどんなときなのか考えてみましょう」

「……そりゃあ、我慢できないほど痛くなったときだろう」

「そうですね。つまり、負荷が閾値超過を起こすと我慢から抜けるわけですが」

「その閾値は一体なにで出来てるんでしょう。」

「単純に問題を先送りしてるのかも。……例えば、いつか歯医者に行くことはわかっていても、今一つ危機感を持てない、とか。」

「なるほど。要するに、毎日夏休みの宿題をやらないとヤバイのに、結局最後になって泣きをみるアレに近い感じでしょうか。人は基本的に面倒くさがりで、現状維持を望む傾向にある、という。」

「それだろうな。少なくとも、毎日きちんと夏休みの宿題をやってたようなヤツは、虫歯になりにくいだろうし、なっても素早く歯医者に行って小さいうちに治しちまうだろうな」

「確かに想像しやすいですね~」

「虫歯が原因で差し歯やインプラントをするようなヤツは、少なくとも真面目にコツコツやるタイプではなさそうだよな」

「そうですね、どっちかというと大体まあいいかで済ませてそうです」

「ウム。……具体例が俺だな。今まさに虫歯だ。」

「えっ!そうなんですか?」

「しかもな、一回虫歯になって、治療しにいって、すぐやめて、今度は重症になっていってすぐやめて、最終的に抜歯を覚悟しなければならんところまで来てる」

「は?なんで最初の段階で治しきらなかったんですか?」

「……今となってはわからん。二番目と三番目はわかるがな。単に病院いく金も時間もなかったんだ」

「……切ないですね~……日々生きるために夜遅くまで働き、給料は雀の涙、しかもそのせいで更に金が飛んでいくとはね」

「まったくだ。貧乏になると身体が悪くなりやすくなるだろ、だが、金がないから病院を我慢する。そうするとな、おおごとになってからいくから病院に払う金が増えるんだ。んで、更に貧乏になる」

「……余りにも悲しいですね。」

「ワーキングプアってやつだな。俺は最近思うよ。この世は金のないヤツから金を毟る仕組みになってるってね」

「ま、仕組み作ってるのが既得権益な時点でそうですね」

「あー痛い。虫歯にだけはなるもんじゃないなあ……」

「そうですね、本当に……いッ!?」

「……なったか」

「……なりましたね」

「病院、早めに行けよ」

「……今日、行きます……」

おこころづけ