サカシマモヨウ

「アナタは本当に生気がないわね」

さらりとした黒髪。
長く艶やかなソレを風になびかせながら、先輩はそう言った。

「まあ、幽霊みたいなもんですから」

冗談めかした口調で僕は答えた。


……つまらない事故だ。
何年か前、交通事故で死んで、それっきり。
覚えているのは、トラック、ランドセルに、赤いリボン。
……意味は、よくわからない。

わからないまま、この河川敷でぶらぶらしている。
腹も減らないし、眠らないし、暇で暇でどうしようもないので、下校路になっているのかよく通るJKのスカートを覗いたりしていた。
実際には性慾も薄れてきていた訳だけど、全ての欲が無くなったときには何故だか消える気がして、半ば今自分がいることを確認するために覗きをしていたのだった。

そうして、死んで何年かたった日のこと。

「……っ!」

何時ものようにスカートを覗こうとしたとき、僕は踏まれた……のだと思う。
何かに触れるという行為から著しく遠ざかっていたので、何をされたのかよくわからなかったのだ。
ぽかんと彼女を見つめると、彼女はハッとした顔をして、すぐに目をそらした。しかしその反応は、自分が見えていることを十分に伝達するものだ。
僕は面白かった。

この河川敷は『そういう場所』らしく、以前からテレビ番組のロケなどでよく霊能者は来たものだったが、大抵は僕が悪戯で彼らの股から顔をだしている時に大真面目な顔で明後日の方向を向き、『霊気を感じます』などと宣う人達ばかりだった。
まあ、『見える見える』というやつほど見えず、『見えぬ見えぬ』をするやつほど見えている、のかもしれない。

顔を背け、足早に帰ろうとするその女性もまた、『見える』人に違いなかった。

「おーい!」

数年ぶりに声を出した。
どこから出てるのかわからないが、少なくとも声を出した感覚はあった。
しかし、彼女は立ち止まらない。
いやまあそれはそうだ。
痴漢にあった上それが幽霊だなんて僕でも願い下げだ。

「僕のことを知らないかー」

ダメもとで聞いてみる。
長い間成仏できない理由を考え、恐らく未練があるのではないかという結論に達していた。
しかし、記憶が欠損しているせいか、何に未練があるのかわからなかったのだ。
かといって、どこかに行こうとしてもこの場所に縛られているらしく、一定距離以上は離れられない。
既に彼女は自分の行ける圏外に行っており、そのまま歩み去られたら二度とは会えない。
その前に、手懸りは少しでも掴んでおきたかった。
勿論、望み薄だ。わかっている。これで帰ってくるのは物好きだけだ。

しかしまあ――踵を返してこちらに帰ってくる様子を見ると――物好きは意外と居るものらしい。

怒りと不安がない交ぜになったような顔で、ずんずんとこちらに近付いてくる。
周りが彼女を不審げに見るが、一切気にしていないらしい。
よく見ると整った顔立ちをしていた。
可愛らしいというよりは、凛々しいといった方がしっくりくる。女性にモテそうなタイプだ。

「やあ」

とりあえず挨拶した。
彼女がニッコリと笑って、ヤアこれで仲直りだな、と僕がニッコリと笑い返した時、彼女はおもむろに腕を振りかぶった。

「パンツの分ッ!」

星が散る。

……まあその、確かに見た、見たのだが、いくらなんでもここまですることはないんじゃなかろうか。
幽霊をブッ飛ばして仁王立ちするJK。まるで魔法少女ものアニメだ。

まあ、いい。
幽霊になったせいか痛みには鈍感だ。
……といってもさっきのは結構痛かったが……
幽霊になって初めて恨みがましい視線を送る。

「少しは幽霊らしくなったわね」

「……うらめしや。」

「……欠片も怖くないわね……」

「ひどい」

「本当のことですもの」

今度こそ、彼女はクスクスと笑った。
勿論、ボディブロウはとんでこない。

「キミは僕が怖くないのかい?幽霊だぜ」

「……自分のことがわからない幽霊だなんて、哀れと思っても怖いとは思わないわね。」

「そういうもんかい?」

「ええ。……アナタだって知っているでしょう。本当に怖い幽霊は、自分が誰だか知っている方よ」

まあ、確かに。
例えば見た目だ。僕らの姿は、どうやら本人の一番印象深い姿で象られるらしいが、記憶のある幽霊ほど死んだときの記憶に思い込みや感情で肉付けされて、非常に恐ろしい姿になる。
……それに、記憶のある幽霊は目的意識が単純化して暴走しやすい。
犯人への復讐が目的だった者は、いつのまにか復讐が目的になって、そして最後はただ生者を憎むだけのモノに成り果てる。
目的……即ち執着、つまりは未練。
ソレが暴走したら……所謂悪霊というやつになる。
割りと何人も見てきた。

忘れたままのほうが、幸せなのかもしれない。

「……アナタ、本当になにも覚えていないの?」

「……うん、まあ。」

「……そう。生き返りたいって、思う?」

「うーん。よくわからない。ただ、今は余り面白くはないね。退屈だ。そろそろ次にいきたい。」

「この状況は良しとしないわけね」

彼女はそう言うと、何か考え始めた。
ああでもない、こうでもない、と悩むその表情は真剣で、興味半分といった感じではない。
僕は不思議に思って聞いた。

「どうしてそこまでしてくれるんだい?」

「ひみつ」

「ひみつ?」

「今教えても良いことはないわ。お互いにね」

どうやら理由はあるらしい。
少し安心する。
理由のない親切なんて、不気味だ。
意味がわからないし理解されない。
そうしたことを考えていると、彼女は何かを決めたようだった。

「アナタ、私に憑いてみる?」

「……は?」

「憑いたら動けるでしょう」

……この時から、僕らは繋がった。

そのあとの話?

疲れてしまったし、また後にしよう。

ああそうだ、1つだけ。

これは、僕らがハッピーエンドで終わるためのお話。

それだけ覚えていてくれたらうれしい。

それでは、また。

おこころづけ