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不機嫌なおじさん

毎日同じ時間に同じ場所を散歩していると、毎日見る顔がある。そして勝手に親しみを感じている。違う時間に違う場所で会ったら、思わず満面の笑みで「こんにちは!」なんて言ってしまうんじゃないかと心配するくらいだ。

そんな親しみある顔の中に、毎日休むことなく走っているおじさんがいる。70くらいだろうか。おじいさんと呼ぶには姿勢がよくダンディすぎる。少し麻痺があるように思われるフォームで足踏みしているかの如く一歩いっぽ前進する。実直そうに見えるお顔。きっと職場では立派な立場だったであろう。部下に慕われ、別れを惜しまれながら退職されたに違いない。若い頃にスポーツを通して鍛えた精神力で病気を乗り越え、日々努力されているのだろうと想像し、いつもその背中に勝手にエールを送っていた。

そんな私の好意を知ってか、ある朝、突然犬が走っているおじさんの前方を横切った。ああ、ついにこの時が来たのだ。犬と暮らし始めてもうじき2年。こういうシチュエーションは何百回と経験している。口角を上げ、「すみませ~ん」とマスクの下から精一杯トーンをあげた私は、まさかの展開に凍り付いた。おじさんは苦しそうな顔をさらに歪め、「チッ」と舌打ちし、迷惑そうに走って行ったのだ。小さくなるおじさんの傾いた背中に向かって妄想の中の部下たちが石を投げあかんべえをした。

赤ちゃんや子犬を前に笑顔にならなかった人を見たことがない。そう言い切れるくらい素敵な体験をたくさんしてきた。ある時、通りすがりにうちの犬を見てとろけそうな顔で話しかけてきた女性がいた。亡くなった愛犬を思い出したらしく、その目は潤んでいた。思わずもらい泣きするもののやっぱり私も笑顔になる。その昔、生後6か月の長男を抱っこしてスーパーから帰っていた時、すれ違ったおばあさんが長男を見て「かわいいかわいい」と目を細めた。少ししてそのおばあさんが再び後ろから追いかけてきて息子にバナナを1本握らせた。「ありがとねありがとね」と泣くように笑いながら。6か月の息子の笑顔が何かしらおばあさんを元気づけたようだったが、何を隠そうそんなおばあさんの笑顔が、当時ワンオペ育児に憔悴しきっていた私を救ってくれたのだ。

笑顔は笑顔を生む。不機嫌も然り。感情は連鎖する。マザーテレサも言っている。「平和は微笑みから始まる」と。ならばおじさん、世界平和のために笑おうよ。犬でダメなら私の笑顔で試してみようか。(1000字)

犬と歩けば_2


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