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2020年に読んだ100冊からの1冊レビュー

毎年、100冊以上読むことにして、それぞれに個人的な星を付けています。
2020年は5つ星本とは出会えなかったなあ……。その下の4.5つ星本は3冊。まあ例年このくらい。

そのうちの1冊が橋本治『黄金夜界』
4つ星を超えれば面白いこと間違いないんですが(自分比で)、この小説にさらに0.5つ星をあげたのには、読書体験以外のプラスαがあったりします(個人的に)。

先にキーワードを書いてしまうと、プラスαとは“挿絵”。
そしてもう一つ、この本を紹介したい理由があります。

『金色夜叉』を現代版にリメイク

『黄金夜界』は、尾崎紅葉『金色夜叉』を現代に置き換えた小説です。2019年に中央公論新社から発行されました。

『金色夜叉』知ってます?
熱海の「貫一お宮の像」は?
って「大迷惑(by UNICORN)」?

『金色夜叉』は1897~1902年、つまり明治時代に読売新聞で連載されていました。
その登場人物が、寛一とお宮。婚約してたのに、お宮が金持ちと結婚することにしたため、心変わりを憎んだ寛一は熱海でお宮を蹴とばす……という感じ。ざっくりですけど。

IT社長、若年ホームレス、乱交パーティー…

で、この『黄金夜界』。
あらすじ抜きに(本を読んでもらいたいので)、面白いと思う箇所だけ紹介します。

『黄金夜界』は2017~2018年に、『金色夜叉』連載120周年に合わせて、読売新聞で連載されました。
もちろん古いままじゃない。ちゃんと2017年に読める話になっている。

しょっぱなは、年末のカウントダウンパーティーの場面。
そこに参加しているのが、主人公の一人、美也(『金色夜叉』で言うところの宮)。彼女はモデルのMIAとしての顔もあります。

そして登場する、“金持ち”の富山唯継。ネットオークションサイトで一儲けした青年社長です。この富山というIT社長のキャラが丁寧に作られている
登場時、38歳。連載年の2017年がそのまま当てはまるとすれば、1979年生まれ。後半は4年後が描かれ、そちらに合わせれば1975年生まれ。いわゆる76世代かと。
イタリア製のダークスーツを着る、鼻につく感じも良い。

で、もう一人の主人公、寛一。
東大生で婚約者もいたのに、紆余曲折あって、若年ホームレスになる。この転落!
ネットカフェに寝泊まりして、日払いの仕事に就くが、稼ぎは悪い。

「搾取とはこういうことなのか。他に為す術のない人間は、助けられることなく、黙って搾取をされるだけなのか!」と、やっと気づいた。

新しい服を買い、毎日通う勤め先を見つけ、寝泊まりする場所を得る。
後に、寛一の元東大生という肩書も効いてはきますが、それをさっぴいても、どん底からの這い上がるステップには説得力がある。
搾取からの脱出劇は面白く読めます。

そして、もう一つ。
終盤の「仮面舞踏会」という章。『アイズワイドシャット』的な乱交パーティーです。
結婚した美也が、富山に騙されて連れて行かれる。気づかないどころか、勘違いしてワクワクしてしまう美也……。ドキドキする展開ですよね。
その先は省きますが、やはり富山が良くて。イタリア製のスーツを着ていたのに、ここでは女性用の黒い下着を着けちゃう(!)。

人の欲望がこれほど醜い形をしているなどと、美也は思わなかった。

冒頭のカウントダウンパーティーとの対照の妙も効いてます。


プラスαはmaegamimamiの“挿絵”

さて、ここまでは、あくまで3つ星要素の一部。その他、文章の上手さ、ストーリー展開を入れて4つ星。

ここからはプラスα。
挿絵について。

まず、見てほしいのは本の装丁です。

臙脂がかった強い赤地に、長い髪に目が隠れた女性イラスト。セクシーでミステリアス。古っぽい明朝体もいい。目を引きます。

ですが、挿絵、と書きました。
カバー装丁のイラストではない。

これもカッコいいんですが、『黄金夜界』で良かったのは、本文の挿絵なんです。本には収められていません。新聞連載時だけ。
連載時には、毎日違う挿絵イラストが本文と合わせて読めました。
ストーリーはもとより、イラストを毎日見られるのが楽しみでした(ありがとうございました)!
どんなイラストだったかは、ぜひイラストレーターmaegamimamiさんのページをご覧ください。一方的ですが、URLを貼らせてもらいます。

橋本治の遺作『黄金夜界』

サクッとレビューしようと思ったのに、長く書いてしまいました……さすが、4.5つ星(笑)。

最後に。それでも、言い足りていないことがあります。
この本は、著者の橋本治さんの遺作になりました

私は橋本治さんの本は、他に一冊しか読んでいません。
『上司は思いつきでものを言う』というビジネス書で印象はまったく違います(ちなみに、『上司は~』は2.5つ星。このキラーワードが刺さった方は読んでも良いかと)。

そういう意味ではファンでもないんですが、『黄金夜界』は本当に毎日楽しませてもらえた。
新聞連載を楽しみにしたのは、久世光彦『卑弥呼』、村上龍『イン ザ・ミソスープ』以来(当時、小学生だったので、それぞれ刺激的でした)。

『黄金夜界』は6か月の連載予定が3か月延び、2018年6月30日に終了。
7月3日の読売新聞に「連載を終えて」という文章が載せられています。

以下、一部引用します。

原作では、熱海の海岸で宮と別れた寛一はなんの説明もなく、高利貸の手代となって改めて登場します。小説の展開としてはおもしろいのですが、現代ですべてを捨ててしまった若者がすぐに職業を得て立ち上がれるというのは、無理です。そこで私は、孤独になった寛一の彷徨を延々と書きました。初め六カ月の予定だったものが九カ月になってしまったのはそのためですが、無駄ではなかったと思います。

「寛一の彷徨」が面白かったことは先の通り。そしてその分、挿絵の掲載本数も増えた。もちろん、長期にわたって楽しめた。
増えた3か月は、まったく無駄なんて思いません。

本が出版されたのは2019年の7月10日。
橋本治さんは、出版を待たず、1月29日に亡くなりました。

間もなくの命日を前に紹介したいと思い、書かせてもらいました。



長々と読んでいただき、ありがとうございました。
その他の4.5つ星は以下です。関連記事も書いてますので、よろしければどうぞ。

「『罪と罰』を読まない」岸本佐知子、三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美(文藝春秋)

「未来をつくる言葉」ドミニク・チェン(新潮社)。


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