見出し画像

上手な写真(と黒澤明)について考えた2008年のイブイブ

写真を撮るのが苦手です。
2つ理由があります。
そのうちの1つが分かったのは、2008年のクリスマス・イブイブでした。

2008年末、新宿コマ東宝劇場の閉館に合わせて

2008年の暮れ。私には特に一緒に過ごす恋人も家族もいませんでした。
というより、この年、そんな相手はいませんでした。
ここで、あなたがさみしくなることはありません。私もさみしくなかったんで。

1人で楽しめることをやって楽しんでいた、私の2008年。

けれど社会的には、さみしげな出来事がどの年にもあります。

この年、新宿コマ東宝劇場が閉館しました。
新宿歌舞伎町の奥、1956年からの映画館です。
当時23歳だった私には、この映画館とともに歩んだ記憶はこれっぽっちもありませんでした。
ただ、新宿には「コマ劇場」と呼ばれる場所があることは知っていました。

それで年末、閉館間際の時期に行きました。
センチメンタルじゃないです。閉館に合わせた「名作映画フェア」が目的でした。12日間、日替わりで名作邦画がかかっていました。1本500円
安いですよね、惹かれますよね。

そこで観たのが黒澤明監督の『椿三十郎』でした。

こだわりの人、黒澤明

黒澤映画はそれまでにも何本か観ていました。好きでした。
だから、他の作品も観たくなったし、映画館の大画面で観られると知れば行きたくなるのは当然の成り行き。

『椿三十郎』。

あらすじを、ここで書く気はありません。ま、乱暴に言えば“痛快娯楽チャンバラ映画”。
黒澤映画らしい分かりやすいストーリーと、三船敏郎演じる椿三十郎の圧倒的な存在感。
楽すぎるくらい娯楽映画で、とっても面白い。

しかし、やっぱり娯楽に終わらないのが黒澤映画ですよね。

だって黒澤映画と言えば、撮影のために民家に手を入れるんですよ? 馬の調教をするんですよ? この映画だって何かしていないわけがない。

『椿三十郎』で有名なエピソードを一つ挙げれば、モノクロ映画でも「赤」という色を表現するために椿を黒く塗ったというのがあります。その黒塗りの「赤い椿」が『椿三十郎』では非常に印象的に映されます。

モノクロでも、椿の「赤」の表現を工夫

と、いろいろ工夫が凝らされているんですが、私が衝撃を受けたのは実に単純なところでした。

考え抜かれた構図の数々

以下、とあるシーンを抜き出したイラスト図です。

手前の枠は大八車。その隙間から人物の顔がのぞく

お分かりでしょうか?

これだけ人数が多いのに、画面には全員の顔が映っているんです。
もちろん偶然のわけがない。全部が全部、考えつくされた構図です。

黒澤作品のなかでも抜きん出て登場人物が多いのが『椿三十郎』。

例えば『七人の侍』は、その名のとおり主要人物は7人です。相談してくる農民を、主要人物に入れても数人で、その全員が一つのシーンに映っていることはほとんどありません。

ところが『椿三十郎』は、椿三十郎の力を借りる若侍たちが9人。
彼らはほとんどのシーンで一緒に動くため(それが可笑しみを呼ぶんですが)、多くのシーンが若侍9人と椿三十郎の計10人が一つの画面に入ることになる。
そしてその多くが全員の顔が映るように考えられている。
もちろん他の登場人物が画面に入ってくる場合もあり、それは次のような感じ。

椿三十郎(11番)に若侍らが相対して話を聞く。三十郎が横向きで表情が見えるのもポイント

11人の顔すべてが映っています。
「たまたまじゃない?」と言う方はいないでしょう。

でも一応、念押しとして次に、ラストシーンについて触れます。
「やっぱり、黒澤映画ってすごいんですよ」という例です。

仲代達矢演じる室戸半兵衛との一騎打ちの場面。9人の若侍が後ろから見守り、椿三十郎(下図3番)と室戸半兵衛(下図8番)が真正面でじっと見合う。

もちろん、全員の顔が見える。そして、瞬間的にバサリ!

倒れる室戸半兵衛。すると、全体の構図が崩れる。「8番」が抜けるから構図に空きが出るんですね。しかし、その空きは以下のように、埋められます。

「8番」の空きだけでなく、「3番」が移動した後の、「2番」と「4番」のあいだの空きが詰まっていることも注目でしょう。

そこで写真の話に

さて、そこで写真の話。
上手な写真って、黒澤映画と同じです。
よーく構図が考えられていると思う。

上手な写真は、全員の顔が見えるんです。
1枚の中に、顔が隠れている人がいない。

よく集合写真とかで、「後列のメガネの方、もう半歩、右にずれてください!……そうそう。そこです!」とか調整しますよね。あれ。

でも私は、なんか遠慮しちゃったり、我慢できず、シャッターを押してしまう。すると、誰かの顔が隠れてしまう。人に対して遠慮するなら、物なら大丈夫かと言えば、そうもいかない。
料理の写真を撮っても、なぜだか行き届かなくて、右隅の小鉢が見切れていたりする(笑)。

写真の上手な方って、そういう小さなところに気づくし、ちゃんとそれを見せてあげられるんだと思うんです。


そんなことを『椿三十郎』から気づき。
そして、それを映画という「動き」ある中で実現させてしまう黒澤映画に衝撃。

それが、2008年のクリスマス・イブイブでした。


以下、こぼれ話。

今回『椿三十郎』のことを振り返るにあたって、調べてみたら、もう一つ衝撃がありました。

この「名作映画フェア」。私は他にもいくつかの作品を観に行きました。
その一つが『アルプスの若大将』。
衝撃は、その日程。

12月24日。

2008年のクリスマス・イブ。
私は1人で『アルプスの若大将』を観ていたッ?!


あなたがさみしくなるならここなのです。私もさみしかったので。


この記事が参加している募集

映画感想文

よろしければサポートお願いします!いただいたサポートは、活動費や応援するクリエイターやニッチカルチャーハンターへの支援に充てたいと思います!