「レインメーカー」
……またふたりきりだね。
その呼びかけに彼は応えない。応えることができない。しかしそのレンズには寄り添う「彼」が映り込んでいる。砂にまみれて傷つき、風雨に晒され錆が浮いてはいるが、その奥は微かに点滅している。まだ消えてはいない。
風が、鳴る。
彼と彼の間を抜けてゆく、ふたりの目には捉えきれないほどの小さな砂塵を混じらせた風が鳴る。
錆びた鉄と鉄が擦れる、無人の公園の忘れ去られたブランコのように軋んで鳴る。
そして、そばにいるもうひとりの「彼」をも風は通過する。もつれて束になってしまった背中の毛がなびく。その様子は「彼」になにかを思わせる。
……いつだったのだろう。あれは……僕が飛び立ったある晴れた日のことだ、色のことは憶えていないけれど、たくさんの旗が揺られていた、あのとき、僕は「HOPE」と呼ばれて射出口から空に向けて飛んでったんだ。
みるみる人は小さくなって、地上の誰もが空を見上げていたんだ、いまもそうなのかもしれない。人はいつも天を見てばかりいる。
晴れには雨を、雨には晴れを。
ふたりきりだね。彼は尾を振る。赤い鼻先が乾いていた。舌もやはり乾いて白くひび割れてしまっている。
……雨を降らせる? あと一度だけなら……。
……ううん、もういいよ。君が動けなくなっちゃう。それに……
……うん。渇きを癒すだけだけど。
……ここにいてよ。もう飛ばなくて、いい。
……でも……。
錆びた鉄の腕を伸ばす。そして友達を抱き寄せた。薄くなった皮膚に骨が浮いていた。飲むことも食うこともなく、かなりの日数が経過していることがわかる。酷く衰弱していた。
行こう、ふたりで。
鋼鉄の人は誘う、大空への最後の旅に誘う。友達は答えなかった。目を閉じ眠っているように見えた。
そう思おうとしていたんだ。
ふたりきりになった友達と友達は高く天へと風になる。
砂の時間が終わる。永久に。
鋼鉄でできた彼はレインメーカー。雨を降らせる機械だ。
彼に運命を託したヒトはすでに絶えた。雨雲をつくるための銀は皮肉にもヒトには毒だった。水を得たがそれ以外を失ったのだ。
生まれたときの彼は希望だったが後に災厄となり、明暗はやはり合わせ鏡であった。どちらの意味においても「神」になったのだ。
その日の夜。
地表はすべてを流すほどの雨になった、その後は何も残さないとばかりに降った、最期の雨だった。
artwork and words by billy.
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