【日本一周】プロローグ
私の人生の中で大きな転換点となった「日本一周」。
軽自動車で車中泊をしながら移動して、全都道府県を旅してまわった。もちろんひとりで。25歳の時だった。
そもそも、大学を卒業して食品会社へ就職したものの、本当にしたいことは何なのか、このままここにいたいのか、と、もやもやした気持ちを抱えていた。最終的には、様々な葛藤を繰り返した末に丸2年で会社を退職することにしたのだった。
そして同時に、日本一周をすることも決めた。
いつか日本一周の旅に出てみたいとは思っていたけれど、ずっと行動に移せずにいたからだ。長期の休みはないし、十分なお金もないし。
でも、明日死んでしまうかもしれない。だったら、やりたいことができないまま死んでしまうのは嫌だな、と思った。幼少期に阪神淡路大震災を経験したからこそ、余計にそう思えたのかもしれない。死というものは案外すぐ近くにあったりするのだ。
百聞は一見に如かず。
写真でしか見たことのなかった景色や、教科書の上でしか知らなかった歴史を、実際に自分の目で見て肌で感じたかった。
もちろん両親にも相談した。
すると「娘がひとりで旅をするなんて、ましてや車で寝泊まりするなんて何かあったらどうするんだ」と父からは反対された。でも私はどうしても行きたい。
それならば、と、理系の父を説得するために、都道府県別の訪問場所と車中泊予定の道の駅をリストアップし、日程の計画表とともに提出した。私も理系の端くれなので、論理的に説明した方がいいと思ったからだった。
こうして、まるで会社で稟議をあげて決済をもらうみたいな形で、日本一周の許可を得たのだった。
出発準備
それからは、無事に日本一周をするためにルールをつくることにした。ルールは大きく挙げると3つ。
1日1県1万円以内
高速道路ではなく下道を走る
走行距離は1日最大300km
旅の資金としては、自分の貯金の50万円だけが頼りだったので、その範囲内にする必要があった。そのため、47都道府県それぞれ滞在は1日ずつにして、費用は1日平均で1万円程度にすると収まるという計算。もし余裕があれば数日滞在してもいいことにした。
ちなみに、2013年春頃のガソリン価格は145円~150円/L くらい。
走行距離を300kmまでにしたのは、時速50km/hで考えても1日のうち6時間も運転することになるから。ドライバーは自分しかいないので、無理しない程度の距離にした。
これが私の愛車、スズキのアルトラパン。
会社員時代に中古で買った。2年乗っただけなのに、だいぶ傷だらけになってしまった。
車中泊仕様の車内。
初期は折りたたみ自転車を助手席の後ろに置いて、その横の後部座席で丸まって寝ていた。
しばらくしてから、助手席の座席を一番前へ移動させ、ヘッドレストを抜いて背もたれを後ろまで倒すとフラットになることに気付き、折りたたみ自転車はトランクへ無理やり詰め込み、まっすぐになった助手席に寝袋を敷いて寝る方法に変更した。
身長が158cmなので、これなら足を伸ばして寝ることができる。快適。
窓には100均で買った銀マットをサイズにぴったり切りぬいてはめた。これなら車中泊をしていても車内が見られることがない。
さらに、春先といえども夜はやはり冷えるので防寒対策にもなった。
参考に、持っていったものはこちら。
着替え 4着
就寝用ジャージ 1着
フェイスタオル 5枚
薄手ジャケット
ストール
帽子
靴(スニーカー、サンダル)
温泉セット(シャンプー、コンディショナー、洗顔フォーム、石鹸、歯ブラシ)
洗濯セット(洗剤、ロープ、洗濯ばさみ)
化粧用品
生理用品
ノートパソコン
デジカメ
充電器
メモ
文房具
防犯ブザー
ジップロック
ヘッドライト
アルミロールマット
寝袋
折りたたみ自転車
自転車の空気入れ
スマホの充電はUSBケーブルだったので、車のシガーソケットから取っていた。洗濯は4日に1回くらいのペースでユースホステルに泊まっていたので、その時にしていた。
案外、生活に必要なものって少ないのだと思った。
いざ、日本一周へ
チャンスの前髪をつかめ、という言葉をよく聞くけれど、そのチャンスの神さまは前髪しかないらしい。だから、悩んでいる間に神さまが通り過ぎてしまって、チャンスをつかみ損ねるのだとか。
タイミングというのは大事。
いつかやるの"いつか"はいつまで経っても来ない。
私にとって、この時に日本一周の旅に出れたことは本当にタイミングが良かったのだと今でも思う。
2013年4月。ここから日本一周の旅が始まった。
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