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『ライダーズ・オブ・ジャスティス』にみる弱い男たちの連帯

強くなるとは、何か強い力を得ることではなく、自分の弱さを認めること。   
 今年(2022年)1月、『ライダーズ・オブ・ジャスティス』が公開されました。デンマークで最も注目されている脚本家の一人である、イェンセン監督の最新作です。この映画は、列車事故で妻を失った軍人マークス(マッツ・ミケルセン)の復讐を中心とした人間ドラマにユーモアのスパイスが加えられており、予測不可能な展開で観客を驚かせる内容となっています。イェンセン監督の映画はデンマークを代表する俳優マッツ・ミケルセンとの関係で語られることが多いのですが、このレビューでは「弱い男たちの連帯」に注目してみたいと思います。

 物語は、軍人マークスの家族が列車事故に遭い妻が亡くなるところから始まります。マークスは最初、妻の死を受け入れることを拒否します。周りに助けを求めず喪失感と向き合おうとしないマークスの態度は、娘マチルデとの対立を招きます。そのような状況のマークスのもとへ、事故に居合わせた数学者オットーと彼の友人レナートが訪ねてきます。彼らは事故が偶然ではなく、犯罪組織「ライダーズ・オブ・ジャスティス」が計画した事件だと告げます。ここから物語は復讐へと展開していきます。

 この映画のポイントは、「弱い男たちの連帯」にあります。イェンセン監督は、長編デビュー作『ブレイカウェイ』(2000)から一貫して、この連帯を描き続けているといえます。男たちの連帯というと、ホモソーシャルなものを想像してしまいがちです。クィア批評の研究者であるイヴ・K・セジウィックは、ホモソーシャルとは「同性間の社会的絆」を表し、「この語は「男同士の絆」を結ぶ行為を指すのに使用されて」おり、「同性愛に対する恐怖と嫌悪」を特徴とすると指摘しています(セジウィック2001:2頁)。そして、ホモソーシャルは伝統的な「男らしさ」を中心として結ばれる連帯でもあります。しかし、この映画に描かれる連帯はそれとはまったく異なるものです。この映画では、伝統的な男らしさ、特に身体的・精神的な強さの周縁に置かれた「弱い男たちの連帯」が描かれています。

 ここからは具体的に内容を見ていきましょう。
 この映画では、4人の男性が中心となっています。軍人のマークス、数学者のオットー、エンジニアのレナートとエメンタールです。彼らは、職業として男性が中心を占める集団に所属しています。しかし、マークスの復讐を手助けするオットーら3人は、男性集団の中でも周縁に位置付けられており、「弱い男たち」です。その要因となっているのは、彼らがそれぞれ心の傷や障碍を抱えていることです。オットーは、自身が引き起こした自動車事故で妻子を失ったトラウマと、事故の後遺症による腕の障碍を抱えています。レナートは、幼少期に受けた虐待のトラウマを抱え、長年カウンセリング受けてきました。エメンタールは、いじめられた過去に囚われています。マークスは妻の死をきっかけにこの弱い男たちと出会い、知らず知らずのうちにその連帯に加わっていきます。

 最初、マークスは自分の弱さを他人に曝すことを拒否し、暴力で解決を図ろうとしていました。しかし、オットーらとの出会いによって少しずつマークスの様子が変化していきます。オットーらは自分たちの弱さを曝け出し、お互いに支え合う姿をマークスに見せます。彼らは、マークスとは対照的に自分の弱さを認め、自然にお互いを支え合っています。暴力という伝統的な男らしさに頼っていたマークスは、弱い男たちが支え合う様子から影響を受けます。そして、自分の内にある弱さを受け入れていきます。劇中では、お互いを支え合うオットーらの様子が散りばめられます。

 代表的な3つのシーンを思い出してみましょう。
 まず、オットーらがマチルデと初めて会い、話の流れで心理療法をおこなうシーン。ここではレナートとエメンタールが口論になり、興奮したエメンタールは泣き出します。この時、オットーはすぐにエメンタールの背中をさすり落ち着かせます。オットーの行動は目立ったアクションではありませんが、ためらいなどがなく自然で同じ状況であればいつもしている行動のように見えます。
 次は、マークスたちに途中から加わった青年ボダシュカとともに食事をするシーン。ボダシュカはウクライナから来た青年で、ライダーズ・オブ・ジャスティスで売春をさせられていました。彼も男性集団で周縁に置かれた弱い男といえるでしょう。この食事シーンでは、エメンタールが片腕の不自由なオットーのためにソーセージを切り分けている様子がごく自然に描かれています。同時にこのシーンでは、ボダシュカをハウスキーパーとしてマークスの家で雇うことが話し合われます。そして、今までのボダシュカの労働環境のひどさにみんなが理解を示し、マークスの家では適切な労働環境を提供することになります。偶然加わったボダシュカをみんなで支えていくことになるのです。
 最後に、レナートがエメンタールを慰める場面も確認しておきましょう。それは、ライダーズ・オブ・ジャスティスのメンバーをマークスと襲撃した後の車中シーンです。車中で、人を撃とうと思ったことを後悔し泣くエメンタールの肩にレナートが手をそっと置き、ラジオでも聞いて落ち着こうと慰めます。ライバル意識の強い二人ですが、ここではレナートの優しさが感じられます。ラジオからは、合唱曲「Vandring i skoven 森の散歩」(作曲グリーグ、詞H.C.アンデルセン)が流れ、美しく静かなメロディがシーン後半を包んでいきます。この音楽には、襲撃をすることで傷ついたエメンタールたちを癒す効果もあるように感じます。

 このようなさりげない支え合いのシーンが、映画全体に温かい印象を与えています。また、支え合いのシーンは、暴力的なアクションシーンとの絶妙なバランスによって、癒しとショックという異なる感覚を映画にもたらしているともいえます。相反するような感覚を自在に操ることで観客を映画に引き込むところが、イェンセン監督の特徴なのかもしれません。最終的にマークスは、オットーらの影響によって自分の弱さを認めます。そして、マチルデに助けを求めることで物語はクライマックスを迎えます。
 『ライダーズ・オブ・ジャスティス』では、弱い男たちの連帯が支え合いの場を作り、それによって以前とは異なる自分に気づく物語が紡がれています。強くなるとは、何か強い力を得ることではなく、自分の弱さを認めることだと、この映画は示してくれているように思います。 

参考文献
イヴ・K・セジウィック『男同士の絆 ――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』上原早苗/亀澤美由紀訳、名古屋大学出版会、2001年

基本情報
『ライダーズ・オブ・ジャスティス』
2020年製作/116分、日本公開/2022年1月
製作国:デンマーク・スウェーデン・フィンランド
原題:Retfærdighedens ryttere
監督:アナス・トマス・イェンセン
脚本:アナス・トマス・イェンセン

著者紹介:米澤麻美(よねざわ あさみ)
秋田県生まれ。マッツ・ミケルセンの出演作からデンマーク映画と出会い、社会人を経て大学院でデンマーク映画を研究。法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。




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