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映像のデコパージュに誘惑される| 『エーレンガート:誘惑の極意』

先月、第96回アカデミー賞(2024年)の受賞結果が発表され、日本映画では山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』が視覚効果賞、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション賞を受賞しました。 

アカデミー賞というとアメリカの賞が有名ですが、デンマークにもロバート賞(Robert Prisen)と呼ばれるアカデミー賞があります。今年発表されたロバート賞(2024年)の作品賞には、ニコライ・アーセル監督、マッツ・ミケルセン主演の『Bastarden』が輝きました。本作は、日本での配給会社も決定し、公開が待ち遠しい作品です。そして、注目すべきは、衣装デザイン賞を受賞したマルグレーテ2世女王です。この受賞は、ビレ・アウグスト監督のNetflix長編映画『エーレンガート:誘惑の極意』で、女王がセットデザインと衣装デザインを担当したことによるものです。 

マルグレーテ2世女王は今年の1月に退位されましたが、王立バレエのセットデザインをするなど、長年舞台美術家としても活躍してきました。また、デコパージュ*の制作を得意とし、今回『エーレンガート:誘惑の極意』のセットデザインでもデコパージュを使ったセットデザインを行っています。女王のロバート賞受賞には驚きましたが、一国の君主が映画の衣装デザインを担当するのは、国民との距離が近いデンマーク王室ならではだと感じました。

デコパージュ:紙の切り抜きを組み合わせて板などに貼り付けて作品を作る技法。

 『エーレンガート:誘惑の極意』
 物語の舞台は、バーベンハウゼン大公国。ある日、バーベンハウゼンの大公妃は、恋愛に興味のない王子を心配し、王子に誘惑の極意を指南してもらうため恋愛に長けた芸術家カゾットを雇います。カゾットと王子はすぐに打ち解け、王子は恋愛に対して積極的になり、妃となる女性を見つけます。その一方でカゾットは、お城の宴で見かけた女性エーレンガートが気になって仕方がありません。

王子が無事に結婚し安泰かと思われたバーベンハウゼン大公家ですが、大きな問題が発生します。それは、王子と妃の間にできた世継ぎが、結婚前にできた子どもだという事実でした。大公妃とカゾットは、世継ぎが”正しい月”に生まれたと思われるように、出産までの間、王子と妃を長らく使われていないローゼンバート城に隠し、継承権を虎視眈々と狙っている従兄弟には病気だと伝えることにしました。

ローゼンバート城で生活するにあたってカゾットは、妃の侍女としてエーレンガートを連れてくるよう提案し、エーレンガートに近づくことに成功します。そして、カゾットはエーレンガートを誘惑しようと試みます。

優美な映像のデコパージュ
『エーレンガート:誘惑の極意』は、カレン・ブリクセンの小説『エーレンガート』を原作としたNetflix映画で、アウグスト監督の新作です。美しいおとぎ話の世界で繰り広げられるコメディといった作品です。現在、Netflixで配信されているので気軽に観ることができます。

見どころはやはり、マルグレーテ2世女王のデコパージュから作り出された物語の世界です。本作は、バーベンハウゼン大公国という物語の世界が舞台となっているので、誰も見たことのない世界を映像化する必要がありました。制作チームは、女王が制作したデコパージュを基に映画セットを作り、さらに視覚効果技術を使うことで、デコパージュによって表現された物語の世界に近い映像を作り出しています。まさに「映像のデコパージュ」です。
各シークエンスの導入に物語が展開される世界をイメージさせるシーンが挿入されるのですが、そのシーンが映像のデコパージュによって作り出されたものの代表となっています。ぜひ、注目して観てください。優美な映像のデコパージュに誘惑され、だんだんと物語に引き込まれていくはずです。

本作は作品全体を通して、美しい空気感が漂い大変心地の良い作品となっています。しかし、映像のデコパージュの誘惑に酔いしれるだけが、本作の楽しみではありません。エーレンガートというタイトルの通り、この物語の鍵は侍女エーレンガートですが、彼女はカゾットの誘惑にただ流されるだけの女性なのでしょうか。映像のデコパージュや女王がデザインした美しい衣装に誘惑されていると、物語の展開にきっと驚くことでしょう。

本作の制作背景をもっと知りたいと思った方は、同じくNetflixで配信中の『エーレンガート:誘惑の極意 −製作の舞台裏−』も、ぜひご覧ください。マルグレーテ2世女王の親しみやすい人柄がよく分かる舞台裏となっています。


 基本情報
『エーレンガート:誘惑の極意』2023年製作|94分
製作国:デンマーク原題:Ehrengard –Forførelsens kunst
配信:Netflix監督:ビレ・アウグスト
(原作:カレン・ブリクセン『エーレンガート』)
脚本:アナス・フリトヨフ・アウグスト
出演:ミケル・ボー・フルスゴー、スィセ・バベット・クヌッセン、アリ・ビア・サンデーン ほか


 気になる北欧映画
■『ゴッドランド/GODLAND』2024年3月30日(土)公開
2022年製作/143分/デンマーク・アイスランド・フランス・スウェーデン合作
『ウィンター・ブラザーズ』などで知られるフリーヌル・パルマソンが監督・脚本を手がけ、『ウィンター・ブラザーズ』にも出演したエリオット・クロセット・ホーブが、デンマークから布教のためにアイスランドの地を踏む若き牧師ルーカスを演じています。
私の中でパルマソン監督というと、『ウィンター・ブラザーズ』の寒々しい映像と特徴的な音が強く印象に残っている監督ですが、本作でどのようにアイスランドを描いているのかとても興味を引かれる作品です。

『ゴッドランド/GODLAND』トレーラー



著者紹介:米澤麻美(よねざわ あさみ)
秋田県生まれ。マッツ・ミケルセンの出演作からデンマーク映画と出会い、社会人を経て大学院でデンマーク映画を研究。法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。


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