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土壌の奥深き世界の探求~③土壌の三大特性:化学性、物理性、生物性を知ろう!

前回は、農業における土壌の役割について概観し、土壌診断の重要性を説明した。土壌が持つ化学性、物理性、生物性のバランスを適切に保つことが、作物の健全な生育につながることを述べた。

今回は、これらの土壌の三大要素について、より詳しく解説していきたい。まず取り上げるのは、化学性だ。


化学性:植物の栄養バランスを整える

土壌の化学性は、植物の生育に欠かせない栄養素のバランスを左右する重要な要素だ。
pHや窒素(N)、リン(P)、カリウム(K)などの肥料成分の状態が、土壌の化学性を決定づける。

植物を構成する17種類の元素のうち、炭素、酸素、水素は大気から吸収できるが、それ以外の14種類は土壌から吸収される。

これらの元素は、土壌に含まれる量から以下の3つに分類される。

  • 肥料の三大要素である多量元素(NPK:窒素、リン、カリウム)、

  • 中量元素(ケイ素、カルシウム、マグネシウム、硫黄)、

  • 微量元素(マンガン、亜鉛、銅、ホウ素、モリブデン、鉄、塩素)

植物の健康な生育のためには、これらの元素がバランスよく供給されることが不可欠だ。

それぞれの元素の役割は、以下の太陽肥料のページが分かりやすい。


上記の太陽肥料のページより引用


pH(酸性度)

土壌の化学性を診断する上で、特に重要なのがpHだ。

pHは、肥料の吸着性や微生物の活動、病害の発生に大きな影響を与える。
酸性が強すぎる(pHが低い)と、多量・中量元素は溶けにくくなり、植物に吸収されにくくなる。pHが5以下だとほとんどの肥料は吸収されない。(鉄やマンガン、銅、亜鉛などの微量元素は逆に溶けやすくなる)

また、酸性になると、アルミニウムが溶け出して、リン酸と吸着し植物の吸収を阻害する。
また、酸性土壌は、細菌や放射菌などの有益な微生物の活動を抑制する。病害を発生させることもある。

良くある低pHの酸性土壌は以下のタイプだ。
1)瘦せた土壌での低pH:
カリウム、カルシウム、マグネシウムなどの必須塩基が不足している状態。
この場合、石灰などでアルカリを強めて、積極的に堆肥を使う。

2)過剰な栄養での低pH:
ハウス栽培に多いが、硝酸対窒素NO3が多くなり酸性化している場合。この場合は石灰を入れるのは逆効果だ。

逆にアルカリが強すぎる(pHが高い)と、カリウム、苦土、鉄、ホウ素などの欠乏症になる。

作物によって、酸性に強い、アルカリ性に強い作物もあるが、ほとんどの作物は、適正値(pH6.0 ~ 6.5の範囲)で正常に生育する。土壌のpHを整えるのが基本中の基本だ。

電気伝導度(EC)

次に重要なのが、電気伝導度(EC)だ。
ECは、土壌中の塩類濃度、特に窒素肥料(硝酸対窒素)の残存量を知るための指標となる。

肥料が多いと土壌溶液が増え、電気伝導度が高くなる。pHとECのバランスを見ることで、土壌の状態を総合的に判断することができる。

pHとECの2つの軸で適正な土壌を知ることができる。
pHが高すぎても(アルカリ)でも低すぎても(酸性)でも良くないし、ECが高すぎても低すぎても良くない。

以下、現代農業の2023年3月号「【ベテラン土壌肥料研究者からのメッセージ】 肥料を上手に使うためにpHとECによる簡易診断を」内の表Ⅲ-2 酸性土壌の簡単な見分け方(例)から参照

上記の現代農業の記事から引用


陽イオン交換容量(CEC)

さらに、陽イオン交換容量(CEC)も見逃せない。CECは、土壌が肥料を吸着できる能力(保肥力という)を表す。

CECが高いほど、肥料を保持する力が強いことを意味する。ただし、土壌が吸収できるのは陽イオンのみで、陰イオンである硝酸態窒素は吸収されにくい。このことが、窒素流出の一因となっている。

CECは土壌の種類や腐植含量により異なる。

塩基飽和度(EC)と塩基バランス

また、塩基飽和度や塩基バランスも重要だ。
塩基飽和度(または陽イオン飽和度)とは、土壌の陽イオン交換容量(CEC)のうちの何%が塩基で占められているかを示す数値である。
土壌のCEC(吸着能力)が小さくなると、EC(胃袋)は大きくなる。

塩基とは主に3大要素であるカルシウム、マグネシウム、カリウムのことを指す。バランスが崩れると、植物の生育に悪影響を及ぼす。

塩基飽和度(EC)はpHとも関連する。飽和度が100%の土壌では中性、60%で弱酸性となる。
塩基飽和度の適正幅も、作物の種類によっても異なる。

有効態リン酸

リンは三大栄養素のうちの一つだ。ただ、土壌中にリンがあれば良いわけではない。植物が吸収できるかが重要だ

有効態リン酸(植物が吸収できるリン)の量を知ることが大切だ。
リン酸は、イオン化してリン酸イオン(PO4 3-)になると、カルシウムや鉄、アルミニウムと結びつきやすくなる。そうなると、植物は吸収できない。
リンは、有機物があれば、上記元素よりも先に吸着するため、植物へ取り込みやすくなる。

こちらもpHの関係がある。
酸性土壌(pHが低い)ではアルミニウムや鉄と結合しやすくなり、逆にアルカリ土壌(pHが高い)では、石灰と結合しやすくなる。

無機態窒素と地力窒素

最後に、無機態窒素と地力窒素の違いを理解しておこう。
無機態窒素とは、土壌中の窒素成分のうち、アンモニア態窒素(NH4+)、亜硝酸態窒素(NO2-N)、硝酸態窒素(NO3-)を合わせたものだ。
多くの作物は硝酸態窒素を吸収する。

地力窒素とは、土壌にあった有機物が微生物により分解され、作物が利用可能な無機態窒素のことだ。
地力窒素と分けられるのが、外部から施用される窒素肥料だ。地力窒素は化学肥料のような即効性はないが、吸収率が高くじっくりと吸収される。土壌自体から生成されるため、地力窒素という。

※以下は愛知県のサイトより引用

愛知県のサイトより引用

さて、ここまで土壌の化学性について述べた。
土壌の化学性の状態を把握することが、作物の生育状態の把握に役に立つことがお分かりいただけただろうか。

土壌の物理性:作物を育む土壌環境の基盤

土壌の物理性は、目で見て手で触れることができるため、化学性よりも感覚的に理解しやすいため軽視されがちだ。
しかし、実は作物の生育にとって、物理性は化学性よりもはるかに重要な要素なのだ。

植物も生物である以上、いくら栄養(肥料)を与えても、空気と水が適正でなければ生存することができない。
土壌の物理性は、まさに作物に適した空気と水の環境を提供する役割を担っている。

三相(固体、液体、気体)

土壌の空気と水、固体の割合を示すのが、第一回の記事でも紹介した三相だ
土壌は、固体・液体・気体の3つの相から成り立っている。

  • 固相は無機物(粘土、砂、シルト)と有機物(落ち葉、腐植、動物の死骸、微生物など)、

  • 液相は土壌水分、

  • 気相は土壌空気だ。

作物の生育に適した土壌の三相構成は、土壌の種類によって異なるが、一般的には固相40-50%、液相20-30%、気相20-30%だと言われている。このバランスが取れていると、団粒構造が発達し、植物の根の伸長や通気性、保水性などが良好になる。

株式会社国際有機公社のページより引用

では、まずは空気から。

空気の重要性


一般的には15-20%の空気が必要だ。気相が20%以上が理想である。10%が最低ラインと言われる。
土が硬いと隙間がなくなり空気量が不十分になり、根張りが悪くなる。

植物も生物だ。酸素がなければ死んでしまう。
気相に含まれる酸素濃度が9~12%以下になると畑作物の生育が遅れはじめ、5%以下になると生育が停止すると言われる。

空気の次に大事なのが「水」だ。

水:透水性、排水性、保水性

空気と同じく、生物は水が無ければ死んでしまう。多すぎても窒息してしまう。

水と一言でいっても主に3つに分かれる。
■透水性(通水性):土中への水の通りやすいかどうか
■排水性(水はけ):圃場(土)から、過剰な水が排除されやすいかどうか
■保水性(水もち):土壌の中に水が保たれやすいかどうか

耕耘しすぎると、土粒子が崩れて雨のたびに下層の隙間にはいり、水はけ(排水性)が悪くなる。

保水性(水もち)と排水性(水はけ)は矛盾しているように聞こえるが、両立させる必要がある。
余分な水はすぐに排出され、必要な水が土壌の粒子の間に保持されているイメージだ。

以下の「大地のいぶき農園」さんのページに分かりやすいイメージ図があったので参照したい。


大地のいぶき農園(水はけも水持ちもよい土)より

pF(水ポテンシャル)

土壌の保水性(水もち)を表す指標として、pF(水ポテンシャル:Potential Force)がある。
pFは、土の中の水がどれだけ強く結びついているか(その圧力)を示したもので、対数で示される。例えば、pF1は10cmの深さの水を吸い上げる力、pF2は1mの深さの水を吸い上げる力に相当する。

■土壌が過湿状態(pFがほぼゼロ)では、重力水と呼ばれる水が土壌表面に溜まり、排水されるまでは作物の生育に適さない。
排水が終わった時点のpFが概ね1.8である。

■作物の生育に最適な土壌水分は、pF1.8〜3.0程度とされている。
土壌の水分が乾燥すると、毛細血管運動で根を通して土壌から水を吸い上げるようになる。pF2.7あたりが最適とされる。

■一方、乾燥が進みpF3.8になると、初期萎凋点(いちょうてん)に達し、植物は枯れ始める。

■さらに乾燥が進みpF4.2になると、永久萎凋点となり、植物は回復不能な状態に陥る。

ただし、pFは相対的な水分量を表すため、植物が利用できる水の絶対量は土壌によって異なる。そのため、土壌別に有効水分量とpFの関係を調べておく必要がある。

保水性(pF値)についてもっと知りたい方は、こちらの大起理化工業ページが詳しい。


ここまでは、空気と水の話。次は土の温度だ。

土壌温度(地温)


土壌温度も作物の生育に大きな影響を与える。温度が10度上昇すると、有機物の分解速度は2倍になると言われている。

もちろん、寒冷地に強い作物、熱帯で強い作物など、作物によって適切な温度は異なる。

熱電動と保温


土壌中の熱の伝わり方は、固相(土壌粒子)、液相(水分)、気相(空気)の割合によって異なる。
有機物が多いほど熱伝導率は小さくなり、保温効果が高まる。

仮比重

最後は比重の話し。
仮比重とは、土壌のような多孔質の物質の密度を表す値である。
土壌の重量(乾燥重量:固相のみ)を土壌全体の体積で割ったものだ。

仮比重は、作物の根の伸長や通気性に影響を及ぼす重要な物理性指標だ。
ちなみに真比重とは、土壌の固相のみの重量を用いた比重である。

砂のような重いものであれば、1.2程度。つまり100m3で120トンとなる。
有機物が多いと、0.7程度と言われる。

物理領域の主な診断項目(整理)


最後に、土壌の物理性の主な診断項目を列挙する。
1)根張りの程度を見る
2)作土の深さを見る
3)土の硬さを調べる
4)土性を判定する(以下)
• 仮比重(重さ)
• 保肥力
• 緩衝能
• 保水力
• 透水性
• 通気性
• 耕耘のしやすさ
5)乾湿を調べる
6)土の団粒化と亀裂を見る
7)腐植含有と腐植層の厚さを調べる

以上のように、土壌の物理性は作物の生育環境の基盤となる要素であり、化学性以上に大事な要素である。

土壌の生物性:土の神秘的な生態系

土壌の生物性は、土壌生物の多様性、土壌微生物の活性、有機物の分解力、病害虫への耐性などを包括する概念だ。

生物の働きは複雑で、目に見えないため、科学的な解明は発展途上にある。しかし、前回の記事で述べたように、土壌は長い年月をかけて生物の力によって形成されてきた。生物の働きなくして土は作られない。

生物性診断では、土壌から直接採取したDNAを分析することで、その土壌に特徴的な微生物の種類(細菌、糸状菌、センチュウなど)や多様性の違いを明らかにすることができる。この情報は、病気の発病しやすさを診断するのに役立つ。
ただし、この診断技術は比較的新しく、現段階では他の診断と比べると完全に確立されているとは言えない。

土壌有機物は、植物の生育に多大な影響を及ぼす。以下が主な働きである。

土壌有機物の存在

1.植物への栄養供給
2.養分の保持と土壌の緩衝力:
陽イオンと陰イオンの両方を保持することで、養分の保持力を高め、土壌の緩衝力を向上させる。これにより、急激なpH変化を抑制することができる。

3,養分の有効性、有害物質の調整
腐植物質は酸性土壌でアルミニウムと結合して害を抑制したり、アルミニウムとリンの結合を抑えてリンの有効性を保ったりする働きがある。

4.植物の生育促進。
腐植酸やフルボ酸は、植物の生育を直接的に促進する効果も持つ。

5.団粒形成と土壌構造の安定化
土壌粒子の接着剤としての役割も果たす。有機物によって形成された団粒は、水分保持力、通気性、排水性を向上させる。

6.吸熱効果と保温効果
有機物は吸熱効果と保温効果を持ち、土壌温度の安定化に寄与する。

7.土壌微生物の栄養源
土壌微生物にとっての重要な栄養源でもある。

土壌生物の種類


土壌生物は、大きく分けて動物と微生物に分類される。

動物は、モグラやヘビ、ミミズなどの巨大なものから、ダンゴムシ、ダニ、線虫などの小型のものまで様々だ。

土壌動物についてはこちらのJT生命誌研究館の記事が詳しい。

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一方、微生物には、藻類、糸状菌、放線菌、細菌などが含まれる。

これらの生物は、それぞれ重要な役割を担っている。例えば、ラン藻(藻類)は大気中の窒素を固定化し、菌根菌は難溶性のリン酸を植物に吸収されやすい形に変換する。
また、硝酸化成菌はアンモニウムイオンを硝酸イオンに変える。
根粒菌はマメ科植物の根に共生して、大気中の窒素を有機態窒素に変換する。
逆に、脱窒菌は、硝酸イオン(NO3)を大気中の窒素ガスに戻す働きを持つ。

以下は、農研機構の情報:農業と環境 No.116 (2009年12月1日)より

農研機構の記事より引用


腐植(ふしょく)とは?

土壌有機物を別の観点で分ける。
①生きた土壌動物、②新鮮な動植物の遺体や分解しやすい有機物、③微生物によって分解されて安定化した有機物の3つに分けられる。

このうち、①生きた動物を除き、さらに除去できる固体の動物(遺体など)を除いたものが、土壌有機物(腐植)と呼ばれる。

腐植(腐植)は、さらに腐植物質と非腐植物質(多糖類、たんぱく質、アミノ酸、リグニンなど)に分類される。

腐植物質は、ヒューミン、腐植酸、フルボ酸の3つに分けられ、それぞれアルカリや酸に対する溶解性が異なる。

  1. ヒューミンはアルカリにも酸にも溶けない。

  2. フルボ酸は、アルカリにも酸にも溶ける。

  3. 腐植酸は、アルカリには溶けるが、酸には溶けない。

次回:土壌を改良するとは?~土壌改良材

ここまで土壌の3要素を見てきた。化学性、物理性、生物性は、それぞれが密接に関連し合いながら、作物の生育を支えている。

これらの三要素を総合的に捉え、バランスのとれた土壌管理を行うことが、持続可能な農業の実現につながる。適切な土壌改良を行うことで、作物が健やかに育つ環境を整えることができる。

では、次回は、そのための具体的な手段である土壌改良材について、紹介していきたい。土壌改良材の種類や特徴を理解すと、農業と土壌の関係がより見えてくるだろう。

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また、バナー画像は、GPT4にて作成しました。記事の要旨である土壌と3要素の関係を伝え、それを科学記事っぽいテイストで画像化しました。
最初は主旨に合わない画像が生成されましたが、「なぜ主旨に合わないか?」をこちらが伝えるのではなく、GPT自体に問うて回答させ、その回答を元に自己フィードバックさせて生成しています。


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