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IT・高度人材で注目される?~セルビア視察③

第一回は地政学。第二回は経済に焦点を当てた。
第三回目の今回は人材に焦点を当てる。

近年、東欧の人材が注目されています。
ウクライナ、ハンガリー、ベラルーシ、ルーマニア・・・・
セルビアも例外ではありません。

セルビアの人材が注目される理由

では、セルビアの人材ポテンシャルで挙げられる点について、一つずつ見ていきたいと思います。

■安価な労働力

前回の経済の部分でも紹介しました。
セルビアの平均給与が500ユーロ程。ドイツの平均給与(フルタイム)が4500ユーロ程度なので1/9ですね。

※前回も記載しましたが、現地でお会いした方は、安価な労働力を強みに上げる一方、
正直、賃金が安い事を堂々とアピールするのは嫌だと感じている人も多いです。
『人材が割安なのが魅力ですよー』って当人たちにとって気持ちよいものではないですよね。。

一方で、高度人材、特に外資系企業に勤める高度人材の給与は急増中のようです。
IT系のソフトウェアエンジニアに限らず、他のエンジニア職(機械工学、電子工学)なども。

ソフトウェアエンジニアについては、若手のジュニアでも700ユーロくらいから。
ある程度の経験があれば、1500-2000ユーロにはすぐに到達するようです。
シニアクラスになれば、西欧・アメリカの会社からも引っ張りだこになるため、数千ユーロ後半から1万、2万ユーロ(月額)を超える人もいるようです。

職種による所得格差も始まっていますが、もちろん地域格差もあります。

700万人程度の人口のうち、首都ベオグラード周辺に180万人程度。
地方に高所得の職がない事から、都市への集中は続いているようです。

ただ、元々社会主義国で大きな貧富の差がなかった国。
資本主義に移行してからの20年で、貧富の差は開いているとはいえ、まだそれほど差が大きいようには感じません。

貧困格差が大きな社会問題になっているとも聞きませんでした。

Wikipediaの情報で恐縮ですが、ジニ係数(国連、世界銀行)、国連パルマ比をみても、セルビアは所得格差が小さい国といえるでしょう。
(※近年の海外から直接仕事を受けるギグワーカー、フリーランスの所得が反映されていない可能性はあります。)

■優秀な人材

セルビア投資概要資料などを読むと、優秀な人材プール、高い教育水準、等と書かれている一方で、
『人材が強み』とは、どの国の投資資料にも書かれています。

実際にどの程度優秀な人材がいるのでしょうか。

まずは、世に出回る国別のランキングから。
(私自身はこういうランキング類はそこまで当てにしていないのですが、参考にはなります。)

PISAの2018年の調査によると、読解力、数学力、科学力ともにOECDの平均よりは多少低いくらいなようです。

Global Innovation IndexのHuman Capital & Reserchにおいても、全体131か国中59位と高くありません。
セルビアが属する上位中所得国に絞っても決して高くありません。

ソフトウェアエンジニアのスキルについては、
SkillValueのランキングでは世界16位。ヨーロッパ内では5位です。
(スロバキア、チェコ、ハンガリー、ポーランドに次いで)

可もなく不可もなくという感じでしょうか。

1か月の短期滞在、かつ一緒に働いていない前提で、主観を述べると、
先進国並みの人材の高さを感じます。
特に、今回、お会いした方々は、みなさん大変優秀な方々ばかりでした。

しかし、今回お会いした方はトップ層も多く、フェアな比較にはなっていません。本来は、同程度の人件費水準の国(上位中所得国のASEAN諸国、他東欧諸国など)と比較したうえで、気づきがあれば良かったのですが、記事で誤解なく伝えられるほどの示唆は得られませんでした。


■英語でのコミュニケーション

渡航前、『英語のコミュニケーションで全く問題ない』という声と、『思ったよりも英語は通じない』という両方の声を聞きました。

結論から言うと、『業種にもよるが、若手のチームと都市部で事業をするのであれば英語のコミュニケーションで困る事はない。』のではないでしょうか。

DMM英会話にセルビア人の先生が多いと聞いていたので、国民全体が流ちょうに英語を話せる状況も想定していましたが、そうではありません。


インドやフィリピン、ケニア、ウガンダは、(地方の高齢者や教育を受けていない人を除けば)、皆さん流ちょうな英語を話します。
そこまで英語の浸透度はありません。

セルビアでは、首都にいる若い方でも、最低限の英会話(買物や道を尋ねるなど)でも戸惑う方は一定数います。(日本と比べたらずっと少ないですが)

ただ、都市部であれば、誰かしら英語できる人が近くにいるので、困る事はありません。
セルビア語の表記(ラテン語、キリル語ともに)も、Google翻訳(カメラの自動翻訳)で何とかなります。

ビジネスにおいては、ホワイトカラーの仕事に就く方であれば、英語で十分ディスカッションできます。

地方にいくと、レストラン、商店では通じない事も多かったです。

■ホスピタリティ

”優秀な人材”と同じく、どの国も『我が国のホスピタリティは高く・・・』と書かれており、当てにならないのですが、
セルビアは本当にホスピタリティが高い国でした。

詳細は前回も紹介しましたが、こちらの記事で纏めております。

色々な立場の方に、セルビア人の働くモチベーションについて尋ねました。

皆さん共通して、
『人にもよるが、多くのセルビア人は、このチームや上司と働きたいか?働いていて心地よいか?を重視する傾向にあると思う。
もちろん、給与水準も大切だが、一定以上の給与水準を得られていたら、人間関係、尊敬できる上司などが重要に思う。』

との答えが返ってくることが多いです。


以上にように、
ヨーロッパ水準、上位中所得国水準以上の教育水準、人材の水準がありながらも、安価な労働力であること、英語でのコミュニケーションができる事は、外資系企業にとって大きな魅力でしょう。
ただ、他東欧諸国と比べて突出しているかと言えば、平均程度なのかもしれません。

また、個人的にセルビアで好印象だったのは、上記のホスピタリティの高さや、西欧諸国と近しい価値観(労働観や人生観)を持っている事です。
私がウガンダ・ケニアの起業で苦労したことの一つが、価値観の違いでした。
その点、セルビアの方々とはある程度価値観の前提が揃っており、話しもスムーズだったのは印象的でした。

ホフステッド指標で見るセルビア

もう少し、文化的側面から人を見ていきたいと思います。

文化的側面は主観の要素も強く、客観的な比較は難しいのですが、
ホフステッド指標で比較してみたいと思います。

ホフステッド指標についてご存じない方は、以下などの解説記事をご覧ください。大変興味深い指標です。

ホフステッド指標について、より詳しく知りたい方は『多文化世界 -- 違いを学び未来への道を探る 原書第3版』という良書に詳しく書かれています。


ホフステッド指標を活用する注意点として、この指標は絶対的なものではありません。

そもそも、同じ国の中でも社会的ステータス、年代、職業、時代により大きく変わります。
調査の段階で、どの集団をサンプリングしているか?で結果が大きく変わります。
点数自体は当てにし過ぎるのも考え物です。

私自身、長年携わってきた東アフリカ諸国の指標に関して、腑に落ちる部分と落ちない部分があります。
自分の体験と重ね合わせて、鵜呑みにするとミスリードするなと引いた目線で見ています。

ホフステッド指標は、異文化理解に多面的な視点を与えてくれる点に価値があると考えています。
異文化を考察する上で、”この考えもあったのか!”と考察の糸口を与えてくれます。たんに点数を鵜呑みにして、決めつけてしまうのは、偏見を生み出すだけで、逆効果です。

そのため、必要以上に決めつけないと留意の上、紹介いたします。

まずは、セルビアと日本、米国、ドイツの4か国で比較してみました。
(上記のツールでは一度に4か国しか比較できません。)

日独米を比較対象国に選んだ理由は、
母国である日本を起点として、日本人は昔から米国を比較対象にする事が多かった事。
加えて、西欧の代表国としてドイツを選択しています。(気になる方はフランスや英国でも比較するとおもしろいです。)

結果は下記の画像となります。

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■権力格差は、欧米諸国と比べて日本の格差は大きいですが、セルビアはそれ以上に大きいようですね。
元々の文化に加えて、旧社会主義国の色はあるようですね。
官公庁や大組織で働く方は、ボスの言う事に従う傾向が強いようです。

■集団主義性においても、欧米諸国と比べて日本は集団主義の国ですが、セルビアはさらに集団主義性が強いようです。
異文化が交じり合う地域であり、ハイコンテキストな文化は感じませんでした。内集団以外への排他性は全く感じませんでした。
集団主義も複数のタイプがあり、ここを深ぼると新たに見えてくることがありそうです。

■ジェンダーロールはFemininityが高めなのですね。
※ジェンダーロールは文化的価値観の定義であり、実際の男性優位、女性優位とは異なります。(詳細は上記の本にて)

日本はMasculinityが突出していると有名ですが(世界1-2位)、セルビアはドイツよりも低いんですね。
ここには載せていませんが、フランスと同点数です。

■不確実性回避が、日本レベルに高いのは意外でした。
日本の不確実性回避はトップ10に入るほど高いですが、セルビアも同点数です。

ラテン系文化、メディテレニアン文化の国は不確実性回避は小さくなるのですが、
セルビアはドイツと比べてもずっと高く、日本並みの結果が出ているのですね。

■長期志向性は低く、アメリカほどではないが、ドイツやフランスよりも低いです。

日本の長期志向はトップ3に入るほど高いですが、
全体傾向として、アジア・東欧は長期志向的、ラテン系は短期志向的と言われるのですが、セルビアは短期志向性が強いのは意外ですね。

■IVR(快楽的か禁欲的か)については、禁欲性が高いんですね。
全体傾向として、アジア系は禁欲性が強く、ラテン系は快楽性が強いです。東欧は国により分かれます。
セルビアは日本やドイツと比べても禁欲性が強いのですね。


もう一つ、滞在中『私たちメディテレニアン気質だから』という聞く事が多かったので、地中海の国とも比較してみました。
スペイン、ポルトガル、ギリシャと比較してみた結果が以下となります。

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なるほど。かなり似通っていますね。


ここから考察を深めたかったのですが、スペイン、ポルトガル、ギリシアでの経験が少なく、示唆を出すことはできませんでした。


セルビアも、ボイボディナ州のある北側と、首都ベオグラード、南側では文化圏も異なります。上記の観点を参考に、国内の地域差を見てみるとより理解が深まります。

深刻な頭脳流出と、多様な働き方

人材の話に戻します。
多くの途上国、新興国で問題になる頭脳流出は、セルビアでも一定の社会問題になっているようです。

ユーゴスラヴィアの時代、1970年代には、政府によって他国への出稼ぎは推奨されていました。
当時は国内で職がない人や、一獲千金を目指す人が国外へ働きに出ていたようです。

その後、1990年代に内戦が始まり、経済制裁が強まると、高度人材(エンジニアや研究者、法律家など)が国外に流出します。

内戦終結後、国に戻ってくる人も多いようです。
特に、現役を退き引退した世代は、母国であり、平和で生活費も安いセルビアに戻ってくるのは自然な流れでしょう。

一方で、現役世代は国外に留まる人が多いようです。
セルビア国内に同水準の報酬を得られる仕事は少なく、わざわざ高い給与を捨ててまで戻る人は少ないのでしょう。


今後、EUへの加盟が進めば、頭脳流出はより深刻になります。
先にEUに加盟した物価の低い国では、頭脳流出が共通の課題になっています。

※ポーランドの例


一方で、西欧諸国(ドイツなど)でガチガチに縛られる労働環境で働くよりも、
多少給与が安くても、家族や友人の近くで、ゆったりと暮らしたい。という層も増えているようです。

『昔、フランクフルトで働いていた。そのままドイツに残るって選択肢もあったんだけど、
あのガチガチの働き方、生活のスタイルでは息苦しくてね。給与は良かったけど、セルビアに戻る事にした。
やっぱり、セルビアはもっとメディテレニアン(地中海)的で、家族との時間を大切にしたいし、会社と自宅の往復だけの生活なんて真っ平だし、友人と会うのに1週間前にアポを取るとか性にあわない。』

特にミレニアル世代は、世界的にも、フリーランスで場所を選ばないワークスタイルが増えています。

セルビアでも、オンライン英会話の先生、Upworkなどに登録してのギグワーカー、エンジニア、デザイナーなどの柔軟な働き方が急増しているようです。

特にソフトウェアエンジニアは、ロケーションフリーでも、能力によっては先進国水準の報酬を得る事ができます。
であれば、わざわざ外国へ移住しなくても、物価の安い国内で良い報酬を得て生活したいと考える若者が増えるのは自然な流れでしょう。

アウトソーシングのポテンシャル

前回の記事でも示したように、セルビア政府も外資企業の誘致を強く奨励しており、積極的なインセンティブを設けており、多くの外資系企業が進出しています。

ただ、セルビアの人口は700万人程度と小国です。
特に、ソフトウェアエンジニアなどの高度人材はそれほど多くはありません。
外資系企業が大量採用で、優秀な人材を抱えると需要過多になります。

確かに、ヨーロッパ水準、上位中所得国水準以上の教育水準、人材の水準がありながらも、安価な労働力であること、英語でのコミュニケーションができる事は、大きな魅力でしょう。
しかし、他東欧諸国と比べて際立っているかと問われると、際立っているとは言えないのかもしれません。

例えば、東欧で優秀な人材を輩出しているウクライナ。
旧ソ連時代に最先端科学の地域として栄え、核開発や原子力発電、航空宇宙分野の研究がおこなわれていました。
1990年代に、その優秀な科学人材を背景にITアウトソーシング業界が発展していきます。
4000万人の人口を抱え、ICT専門家は20万人程度。テック系の教育機関も周辺国の5倍以上存在します。


オフショアランキング(GSA2021)においても、ウクライナは1位。
セルビアはトップ10にも入っていません。
東欧域内においても、ウクライナ、ハンガリー、ポーランドがベスト3として挙げられており、セルビアは入っていません。

とはいえ、大企業のように大量の優秀な高度人材を抱えるのではなく、
我々のようなベンチャー企業が小規模なチームを組むうえでは、十分魅力的ともいえるでしょう。


次はスタートアップについて述べたいと思います。

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