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市民主導によるボトムアップ型ゴミ処理への期待~バンガロールの事例①(Deeper寄稿記事転載)

※2021年12月2日にDeeperに寄稿した下記リンク記事の転載です。

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7月に本Deeperで廃棄物問題の記事を挙げたところ、有り難いことに各所から反響を頂いた。

ゴミ問題は東西南北を問わず世界中で大きな課題となっている。
前回の記事では世界的な潮流を押さえるマクロな視点から廃棄物問題を捉えてみた。俯瞰的に捉えるマクロな視点が重要な一方で、行動を起こすには、実際の現場で起こっている実体感の事例(ミクロな視点)も欠かせない。

さて、先月(10月)に1ヶ月ほどインドに出張した。
今回は、アジア有数のIT都市、南インドのバンガロールを事例にゴミ問題の解像度を上げていきたい。
インドに注目した理由は、ボトムアップ分散型(Decentralization)の解決を模索している点だ。

最先端と言われるヨーロッパ(西欧/北欧)では、行政主導、規制や枠組みありきのトップダウン集中型(Centralization)で、合理的な戦略に基づいた解決策を用いている。

世の中には様々な社会問題が存在するが、その中でもゴミ問題は最も解決が難しい社会問題の一つだ。ゴミ問題は、民間任せの「自由経済」「資本主義」「民主主義」の論理では、優先度が低く、後回しされがちだ。そのため、行政主導で規制やガイドラインを設けることで解決を図ってきた。

例えば、日本は1700以上の地方地方自治体が責任を持って、地域内で解決を図っている。日本の課題は、各自治体が自身の権限/責任の範囲で懸命に取り組んではいるものの、国全体として欧州のような大きな戦略的なガイドラインがないと言われている。

西欧は行政主導のトップダウンの規制と業界全体のシステム設計で広域かつ戦略的に解決を図っている。トップダウンによる解決は合理的かつ理想の形といえる。しかし、行政の力が弱かったり、上手く機能していない地域では使えない。

行政機能がイマイチで、社会システム(既得権益)が腐敗している場所では、いつまでも解決に至らない。
廃棄物問題において、「行政や既得権益に課題のある場所でも適用できる、汎用的な解決策を作れるのか?」に興味を持った。

インドの事例を見ることで、ボトムアップ的に解決に導けるヒントを得たいと思ったからだ。地域の地方自治体や、中央政府による規制がイマイチでも、一民間業者、スタートアップとして廃棄物問題に大きな風穴を明ける余地はあるのか?を考えたかった。

トップダウン集中型ではなく、ボトムアップ分散型による解決を目指すインド。
その実態を知るべく、インド・バンガロールの現場に足を運んだ。

💡※番外編:欧州のトップダウンの事例
本編とは外れるが、西欧型の超合理的な戦略を元にしたトップダウンの事例を一つ紹介したい。
[オランダ養豚における家畜排せつ物処理の取り組み〜持続可能な養豚のために〜|農畜産業振興機構]

こちらは、オランダの養豚場から排出される畜糞尿の課題解決を図っている事例だ。
先端の技術、一事業者の優れた事例に留まらず、規制ルールの変更、各プレイヤーのインセンティブの再設計、EUへのロビイング活動など、システム全体を俯瞰的に捉え、ボトルネックとなる部分を戦略的に潰しにいっている。この事例も興味深いので、ぜひ見ていただきたい。

市民活動が盛んなバンガロール

まずは、バンガロールの基礎情報から紹介したい。
こちらのサイトから拝借した。

インド南部のカルナータカ州の州都であるバンガロール(ベンガルール)は、IT・テクノロジー/ソフトウェア産業の中心地として知られており、世界では「インドのシリコンバレー」と呼ばれています。デリーから飛行機で約3時間。ムンバイ、デリーに次ぐ第3位の人口(約1200万人)を抱えるインド有数の都市です。
💡※ちなみに、バンガロール(Bangalore)は2014年に正式名称をベンガルール(Bengaluru)に改名している。植民地時代につけられた地名を現地語に戻す流れで、ムンバイ(旧ボンベイ)、チェンナイ(旧マドラス)、コルカタ(旧カルカッタ)などが有名だ。しかし、今だにバンガロールは旧称で親しまれていることが多く、この記事でもバンガロールに統一して表記する。

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上記のサイトから拝借

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(バンガロール中心地のMGロード付近(筆者による撮影))

バンガロールは、1947年のインド独立以降、バンガロールは航空産業や軍事・宇宙産業など、国内の主要な研究施設が集中した。
さらに、1981年にインド大手のソフトウェア企業がバンガロールでIT事業を開始したのに端を発して以降、アメリカを中心とする外資系IT企業を誘致。インドのアウトソーシング産業の中心地として発展する。
その後、2000年代にはスタートアップ支援のエコシステムが醸成され、アジアでも有数のスタートアップ都市となった。

ここまでは、IT産業に詳しい人なら既知な内容だろう。

特筆すべきは、インドの中でも市民活動が最も盛んな街の一つということだ。

行政の仕組みに頼らずに、市民活動で社会課題の解決をしてきて例を至るところで聞いた。
例えば、障害者支援。インドの他大都市では類を見ないほど民間の障害者支援の非営利団体が多く、かつ影響力が非常に強い。

行政任せでは後回しにされてしまう社会的弱者の支援。民間のNGOや財団が25年以上も地道な活動を続けており、行政サービスよりも遥かに大きな影響を及ぼしている。
廃棄物問題においても、市民意識が高く行政に頼らない取り組みが多くされているようだ。

もう一つ、バンガロールに注目したのは、事前調査で、「民間の巨大なコンポストプラントが存在し、かつ収益を上げているらしい」という情報を得たからだ。

有機廃棄物(生ゴミ、食品残渣、農業残渣などの有機性の廃棄物)を焼却処理せずに、巨大なコンポストプラントで肥料に変えているという。
こちらが、そのレポートのリンクである。

日本では、日量40トン以上のコンポストプラントは、管理が難しいと言われている。微生物の好気性発酵を管理するのが難しいからだ。
しかし、このプラントでは日量1400トン(定常的には600トン)を処理し、しかも事業収益の40%以上を肥料の販売から得ているという。


コンポストプラント事業の肝は、①適切に分別されたゴミ(インプット)を使えること、②アウトプットの肥料販売の収益に頼らずに廃棄物処理費用を得ることである。

インドの中でも市民活動が盛んな大都市、バンガロール。トップダウン集中型ではなく、ボトムアップ分散型でゴミ処理問題に取り組んでおり、その中で、民間の業者が大規模コンポスト施設という最も難しい方法で利益を上げている、という点が大変興味深い。

であるならば、
①インドのカオスな廃棄物処理現場で、いったいどうやって大量の分別済みのゴミを回収しているのか?
②行政による廃棄物処理費用の徴収が上手くいかない中で、処理費用の収益に頼らずに、副産物の肥料販売で利益を上げるのは可能なのか?

という点を見ていきたい。

3種類に分別されるゴミ

具体的な事例を見ていく前に、インドにおけるゴミ処理の前提知識を整理したい。

ゴミの分類
まず、インドでは、廃棄物は主に以下の3種類にわけて考えられている。

💡
■Dry Waste:ビン、カン、プラスチック、紙などの乾いたゴミ。資源物になりやすいゴミが多い。
■Wet Waste:生ゴミ、糞尿など水分を含むゴミ。主に有機廃棄物。(下水汚泥が含まれることもある)
■Hazard Waste:有害廃棄物。

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(バンガロール中心街の路上のゴミ箱(Dry WasteとWet Wasteに分かれている))

処分方法

次に、それぞれの処分方法について
■Dry wasteであれば、リサイクル/リユース、焼却処分、埋め立て処分などが一般的である。
■Wet wasteであれば、堆肥/飼料化、焼却処分、埋め立てに加えて、バイオガスなどもある。
■Hazard Wasteは、特殊処理で無毒化して処理する。

ちなみに、日本の場合、Wet waste(生ゴミ)の多くは焼却プラントで焼却処理される。焼却灰にして体積を圧縮した上で埋め立て処分するのが一般的だ。
以前の記事で紹介したように、日本は歴史的な経緯から世界でも焼却処分の比率が圧倒的に高いのが特徴がある。


最も環境負荷が高く、リスクの高い方法は、埋立処分だ。体積も圧縮できず、どんどん積み重なる。大半の途上国は今でも埋立処分の比率が高く、社会問題になっている。インドも埋立処分の割合が多い。
埋立処分が良くないなら、どんどん焼却プラントを建設すればよいのでは?と思うが、現実的には課題がある。

世界的な温室効果ガス削減の流れで、廃棄物の焼却処分自体も減らす方向に動いていることに加えて、焼却発電プラントの建設自体が住民の反対により長らく進んでいない現状がある。

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コンポスト処理
一方で、コンポストプラントは、焼却発電プラントと比べて建設費も設備維持費も安価であり、温室効果ガス排出の問題もない。

それなら、焼却施設など作らずに、どんどんコンポストプラントを増やせばいいのでは?と思うかもしれない。

しかし、コンポストプラントは一向に主流にはならない。そもそも、コンポスト自体は最近の技術ではなく、昔から使われている技術だ。
コンポストプラントが増えないのには理由がある。

コンポスト技術とは、微生物の発酵技術を活用して、有機廃棄物を土に変える。

発酵熱で水分を蒸発させ、微生物発酵でさらに体積を縮めて土壌に変えることで、体積は1/10程度になる。焼却プラントで発生する焼却灰より少し多いくらいだ。焼却灰と違い、有機肥料や有機飼料として農業や酪農業、漁業に循環させることもできる。非常にエコな処理方法といえる。

しかし、微生物は原則有機物以外は分解できない。当然、プラスチックやビン、カンなどは分解できない。また、微生物は生物(いきもの)なので有害物質が含まれていたら死滅する。その他にも、酸素、窒素、pH値、温度、水分量など諸条件を整える必要がある。

つまり、コンポストプラントは以下の条件を満たす必要があり、管理が難しい。それに比べて、焼却処分は小難しい条件など整えなくても、とりあえず燃やしてしまえばいいので、簡単である。

💡
(1)適切に分別されたゴミ(インプット)ありき
畜糞尿や工場からの産業廃棄物のように決まった成分の廃棄物ならばともかく、一般家庭からのゴミは成分が様々だ。分別していなければ、有機廃棄物以外のプラスチックやビン、カンなどが混ざる。

(2)諸条件の適切な管理が前提
仮に有機廃棄物だけ分別されたゴミを得られたとしても、その都度全く異なる成分のゴミが集められる。
小規模であればコントロール可能と言われるが、日量数百トン規模で、多様なゴミが集まった状態では難しい。
巨大な施設の中で、場所によってゴミの成分も異なり、発酵条件は異なるからだ。
そのため、焼却処分よりも費用対効果、投資対効果が高いにも関わらず、広まっていないのが現状である。

モディ政権の「クリーン・インディア」政策

2014年に現モディ政権になってから、「メイク・イン・インディア」「デジタル・インディア」「グリーン・インディア」などと並んで、「クリーン・インディア」という政策を掲げている。

「クリーン・インディア」は、Swachh Bharat Abhiyanと呼ばれ、国内の衛生状況改善を目指す政策で、屋外排泄(はいせつ)行為の根絶や廃棄物処理問題に取り組んでいる。

固形廃棄物関連では、2016年に改訂された固形廃棄物管理規則(SWM規則)の中で、一般家庭を含む全ての廃棄物発生者がDry waste、Wet wasteなどに分別することを義務化。さらに、ゴミ処理費用の支払いを義務化した。

分別しないままの廃棄、路上への投棄は、罰則の対象となっている。また、Wet wasteについては、堆肥化(コンポスト)またはバイオメタン化することを推奨している。

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中央政府がトップダウンで厳格な規則を決め施行した事実は大変素晴らしいが、5年経過した現在でも十分に実施されていないのが現状だ。

14億人の人口、28の州、7つの連邦直轄領を抱える広大なインド。最も人口の多いウッタル・プラデーシュ州は、一つの州で2億人を超える。
たった一つの州で日本の2倍弱、アフリカ最大のナイジェリアと同等の人口を有する。

広大で多様性に富んでおり、民主主義国家のインドにおいて、中央政府が決めただけでは中々浸透しない。
実際の運用は各自治体に任されており、状況は州によってバラバラだ。

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その中でも、市民意識の高いバンガロールのあるカルナタカ州は、中央政府に先駆けて規制を設けてきた。
例えば、廃棄物発生者の分別義務化は、中央政府の2016年規制に先駆けて、2012年から施行している。
また、企業や工場だけでなく、集合住宅(マンションやアパート)、一定の条件を満たす地域コミュニティにおいても、施設内にコンポストやバイオガス施設を設けることを義務化している。

次回の記事では、都市部から発生する都市ゴミの実情を取り上げる。
都市化率が3割のインド。つまり7割が田舎地域に住んでおり、田舎から発生するゴミは多い。ただし、ゴミ問題、特にWet wasteにおいては都市ゴミの課題が深刻なことから都市ゴミに絞って報告する。


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