【神奈川のこと16】母校は県民の「るつぼ」(小田急線/小田急相模原駅)

本日は雨の中、所用で母校、東海大相模高校を訪れたのでこれを書く。

昭和61年(1986年)~平成元年(1989年)の3年間通った。

我が母校は、神奈川県のあらゆるところから生徒がやってきており、まさに、県民の「るつぼ」の様相を呈していた。

やれ、小田原線だ、江ノ島線だ、浜線だ、相鉄線だ、田園都市線だ、はたまた相模線だと各線乱れてのメルティングポット。中には、「おいらはチャリ通だ、忘れるな!」という声も上がる。

小田急線は、神奈川県の中を「人」という字を書いたように通っていて、県の南側からも北側からも人を運んでくる。そして、横浜線、相鉄線、田園都市線など小田急線と繋がっている路線が、東西から人を運んでくるのだ。小田急相模原駅は、この「人」という字のちょうど二本の線が交わったあたりに存在しており、その点が県内各所から人を集め易くなっているのだろう。

例えば、最も親しかった陸上部の仲間の最寄駅を挙げるとそれは、菊名、天王町、橋本、高座渋谷、中央林間(こいつはチャリ通)、本厚木、寒川、茅ヶ崎、登戸、大根(現:東海大学前)、藤沢(自分)他となる。

初めて驚いたのは、一年生の時で、同じクラスで剣道部のマサが、「俺は早川から通ってる」と聞いた時だった。早川と言えば、熱海や伊東に行く時にだけ通る小田原の先の駅で、私の中では根府川駅とセットとなって、海沿いの道に波が押し寄せ、山が迫ってくる様子を想像させる。そんな遠くの街から、しかも、練習が厳しい剣道部で朝も早いし、夜も遅い。よく通えるものだと感心した。

そして、次に驚いたのは、三年生の時で、クラスメイトのコウタが「仙石原」から通っていることだった。箱根登山鉄道で通っているのかと思ったが、バスで小田原まで出ているとのこと。仙石原は、地図で見れば御殿場駅の方が近い。そんな遠くから毎日大変だなと思った。

それでは、卒業アルバムに掲載されている住所から、多い順に記してみる。これで県内各所からやってきていたことが分かるだろう。ちなみに、当時はまだ相模原市に「区」は無かったので市のみの記載とする。()内は人数。

1位 相模原市(98) 2位 横浜市緑区(44) 3位 大和市(36) 4位 川崎市多摩区(32) 5位 厚木市(31) 6位 横浜市旭区(30) 7位 川崎市宮前区(25) 8位 座間市、川崎市高津区(22) 9位 川崎市麻生区、横浜市保土ヶ谷区(20) 10位 藤沢市、横浜市港北区(18) 11位 綾瀬市、秦野市(17) 12位 海老名市(16) 13位 横浜市瀬谷区(13) 14位 伊勢原市(11) 15位 鎌倉市、茅ケ崎市(10) 16位 小田原市、愛甲郡愛川町、足柄上郡<大井町・中井町・松田町・山北町から>(9) 17位 横浜市戸塚区(8) 18位 平塚市、横浜市泉区(7) 19位 横浜市神奈川区(6) 20位 高座郡寒川町、横浜市港南区(5) 21位 川崎市中原区(4) 22位 横浜市栄区(3) 23位 南足柄市、足柄下郡<箱根町・真鶴町から>、横浜市南区(2) 24位 川崎市幸区・川崎区、横浜市西区・鶴見区・磯子区、葉山町、大磯町、横須賀市(1)

尚、東京都も含めると、町田市が総合2位の62名となる。その次は世田谷区の17名、稲城市の8名、八王子市の7名と続く。番外編として、関東以外では、岡山県、山梨県、奈良県、鹿児島県、島根県もある。これらには、柔道や野球の寮生他が含まれる。

上記の結果からもやはり、母校は神奈川県民の「るつぼ」と言えよう。世界で言えば、さながらニューヨークさ。「I ♡ NY」ならぬ、「I ♡ オダサガ」なのだ。向こうが自由の女神なら、我が母校には松前重義総長像が立派に立っているぞ。ヤンキースが「伝統のタテジマ」なら、我が母校の野球部は「タテジマのプライド」だ。うん、ニューヨークに引けを取らない。   



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