【神奈川のこと23】誇りとジェラシーの第4コーナー(藤沢市/県立スポーツセンター)

先月、県の高校陸上は無観客での新人戦を終えた。我が母校、東海大相模陸上競技部は、男子400mリレーと男子1500m、そして男子三段跳びで優勝し、総合でも県で第2位という素晴らしい成果を収めた。なので、このことを書く。

昭和61年(1986年)、高校1年の4月に陸上競技部に入部した。「厳しい上下関係」というものが嫌だったので、実は、入学当初は運動部に入ることをためらった。

スポーツがたいへんに盛んであった母校は、「放課後が本番」と言っていいほど、部活動の時間になると、学校中が異様なる活気に満ちていた。それは一種の殺気と言ってもいいほど、張りつめた空気であった。授業中や休み時間にはバカばっかりやっていたり、おっとりしている同級生が、まるで別人のようになっているのを見て、驚いた。

それを横目に見ながら、はじめの2週間ぐらいはそそくさと帰宅し、地元の高校に通っている中学時代の仲間と遊んだりしていた。ただ、中学時代はあれだけ楽しかったのに、仲間と一緒にいても虚しさと、自身への負い目のような気持ちを感じていた。「大切な何か」から目をそらして、逃げているような、そんな気持ちになった。

そこで、運動部に入ることを決断し、中学2年生に野球を辞めてから始めた陸上競技を続けてみることにした。

母校、東海大相模の陸上部は、全国に名を馳せるほどではないものの、毎年、インターハイには誰かが出場する県内の強豪校であった。私が1年生の時には、3年生に砲丸投げのすごい先輩がいて、国体で優勝した。その先輩は、先生と見まがうほど、1年生の我々には大人に見えた。同期の友人は、顧問と間違えて入部届けをその先輩に提出しようとしたぐらいだった。

陸上部には、短距離、長距離、フィールドという3つのグループがあり、私は短距離に所属。

そこに、同期のツトムがいた。ツトムはクラスも同じであった。偶然にも、中学時代の200mのタイムはお互いに同じ24秒5だった。それは並の記録だった。

5月、6月、7月、8月と練習や合宿を重ねていく中で、ツトムはめきめきと力をつけて、記録を伸ばした。いつも横で見ていた私からすると、それは、呆気にとられるほどの成長ぶりであった。「あれよあれよと言う間に」という表現がぴったりであった。

そして、迎えた9月末。3年生が引退した後、1年生と2年生だけで行われる新人戦が開催された。小田原の城山競技場での地区予選(北相地区)を経て、県大会の会場は藤沢市善行にある、県立スポーツセンターだった。

その中でツトムは、同じ部の2年生を差し置いて、1年生ながら200mの決勝に進出した。

私たちは部員全員で、ちょうど第4コーナーの上のあたりの観客席から声援を送った。

見事な走りであった。順位は忘れてしまったが、23秒台前半か、22秒台後半のすごい記録であった。ツトムがゴールし、タイムが発表されると観客席の私たちの間に驚きと称賛のどよめきが起こった。その頃、私はまだ23秒8ぐらいをうろちょろしていた。200mにおいて、この1秒の差はめちゃくちゃ大きいのだ。

秋の午後の日差しも傾き始めた県立スポーツセンター。その第4コーナーを、並み居る強豪スプリンター(短距離選手のこと)と伍した走りを見せたツトムを見て、興奮し、誇りに思い、必死に応援しながら、心の奥底には、鉛色をしたジェラシーが砲丸のようにずっしり落ちていた。

ツトムは、その後、神奈川県を代表するスプリンターとなり、2年生の時には私たちを4×400mリレー(通称マイルリレー)で北海道のインターハイに連れて行ってくれた。

私は、結局22秒台の壁を破ることができず、23秒1という記録が最高の、並の選手で3年間を終えた。

今、振り返ると、ツトムは、みんなと一緒にいる時には、冗談ばかり言って笑わせたりしていたが、秘かな闘志を人一倍燃やしており、私たちが「こなす」練習メニューに意味を見出し、丹念に「取り組む」と共に、日常生活の中でも如何にして強くなれるかを、常に考えていたと確信する。

ツトムは私たちの誇りであった。ツトムがいてくれたおかげで「一つ上の世界」を見ることができたし、青春の1ページが彩のあるものとなった。

9年前の平成23年(2011年)に、私は、高校陸上部のOBOG会を立ち上げた。世代を超えてOBOGが集まり、恩師と現役顧問も招待する。その第一の目的は、「現役を応援すること」にある。隔年開催だが毎回100名ほどが参加してくれる。今や私のライフワークとなったと言っても過言ではない。

私たちの代にツトムという存在がいなければ、このOBOG会を立ち上げるという気持ちにはきっとなれなかっただろう。

高1の4月に抱いた虚しさと、9月のスポーツセンターで感じた誇りとジェラシー、それが、34年の時を経て今、一つの生きがいを与えてくれている。






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