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遠くから見る

 この頃、家の中に自分の作品を飾っている。                                                   
友人の版画とか油絵も、廊下の 壁面に並べている。どんな作品も、日によって変貌する から面白い。歩きながらチラッと見る絵も、昨日とは違うような気がする。

絵は、視覚言語をもっている。
毎日、絵の傍を通りながら、その見えない言語を探している。

〈作品を飾ること、壁にかけて、遠くから作品を見ること〉は 、〈noteに投稿すること〉と似ている。初めての投稿でよくわからないことがたくさんあるけれど、たぶん、似ていると思う。pcの画面は、廊下やキッチンの壁と同じである。

 キッチンで飾って見る絵には、大抵、修正箇所がいくつも見つかる。完成したと思っていても、まだ、未完成という呼吸をしている生き物である。〈遠くから見る〉限り、そうして、何回も完成する時がある。そんな時は、本当に、欲望に翻弄されているなと思っている。しかし、これは私の場合だけかもしれない。友人のNさんは、一度完成したら振り向かない。自分が描いた絵がどんなものだったか忘れていることがある。

〈作品を飾ること〉、〈noteに投稿すること〉は、私から、遠く離れることによって、私により近づくことなんじゃないかなと思っている。

そうして、作品が私を修正していくことになる。

最近は、もっと早くに、家中に絵を飾るんだったと思っている。

noteさん、noteの読者の皆さん、これから、お世話になります。
よろしくお願いいたします。

   

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