見出し画像

自己紹介 はじめてのNOTE

はじめまして。
二人の子供を子育てしている間に保育士の資格を取り、いつのまにか保育園の園長になり、2024年9月から保育事業部長になった米田久光です。
よろしくお願いします!


プロフィール

1977年生まれ 大阪生まれ 大阪育ち

まだ髪があったころ

若い時から勉強せずに、ラジオを聞いてばっかり。学校サボって映画を見てばかり。
アホで勉強もしてなかったのですが、親が無理して私立の大学に行かせてくれました。

まだ髪ある。。

3回生の時に単位も全部取って「あと1年遊んで過ごそうかな〜」と思っていたら、母から電話。
「借金できたから学費払われへんわ」
「はいよ」
特に大学に思い入れも何もなかったので、すぐに退学手続きを取って、住み込みで働ける工場に就職。トラクター作りまくり!

まだ可愛げがある。。

その後、「カバチタレ」という行政書士が活躍する漫画が面白かったので、行政書士資格を取って働いてみたり、「癒し系になりたい」と思い、リラクゼーションマッサージ店でマッサージをしたり。
その後、結婚して子供2人できて、嫁さまが働きまくるので、私が専業主夫をやることに。
毎日子供と遊んで、ご飯作って、爆睡して。
とりあえず子育てのブログを書いたり、保育士の資格を独学で取ってみたり。

http://kosodatebozu.net

子どもと会話しながらオリジナル絵本を作れることに気づいて、とりあえずカンボジアの孤児院に行って絵本を作ってみたり。

嘘みたいやけど、みんな目がきれい
http://kodomoehon.com

そして、「保育士の資格あるから、一度保育士をやってみたい!」と思い、面接に行ったら「園長やって」と言われ、園長をやることになった。必死に保育現場の環境や現状を把握しながら、園長をやっていたけど、保育業界の人間じゃない僕からしたら「なんやこれ?」と思うこともいっぱい。
その後、いろんな保育現場を見た後に2024年4月に株式会社ビック・ママ保育事業部に入社。
ビックママランド卸町園の園長になる。

暑すぎて震えた。。

色々課題はあったけど、素敵な先生もいたし、給食もおいしかったし「さあ、おもしろい園にしよう!」と思って行動し始めた2ヶ月後、
「すみません。。。実は体に具合が悪くて。。」
保育事業部長
体調不良により退職。。。
「うわっ!マジか!」
と思いました。
そして
私が保育事業部長になりましたとさ。

1番左が私です。昇段審査の時。

NOTEで発信したいこと

保育士、栄養士、調理師のみなさんへ


いま、ビックママランドは仙台に5園あります。
この5園がどのように変化していくか、その姿をお伝えします。
変化する過程をご覧ください!
そして、様々な変化をご覧いただく中で「これ、うちの保育園でもやれる!」というものがあれば、ぜひ試してみてください。
よくわからない部分があれば、連絡ください。答えられることなら、全部答えますので。
ええ感じの園が日本に1つでも増えたらええな、と考えています。

しゃぼん玉は安定の人気アイテム

最後に

僕は、他の園長先生や保育士のみなさんのように「保育一筋」ではないですし、そして「子供たちが大好き!みんなの笑顔のためなら何でもできる!」という気持ちもないです。。ちょっとはあるかも。。

どちらかというと、「職場の先生たちは、みんな笑顔で働いています!」とか「子供たちの笑顔のために!」という嘘くさいことを全部やめて、子供も保護者も保育士栄養士も調理師も事務員も「明日も行きたいな、保育園」と言いたくなる保育園を作ってみたいだけです。面白そうなので。
というわけで、1つずつ変化していく姿を見守っていただくと共に、たまに「ようやってるやん!」と応援していただけると嬉しいです!

どうぞ宜しくお願いします(^_^)





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?