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過酷な火星では”エリート意識”よりも”日常を取り戻す力”が大事

過酷な環境でどう生きるかを2回連続ボソッとしてきましたが、今回は過酷シリーズ第3弾、人類にとって最も過酷な環境である”宇宙”で生きるための方法をボソッとしたいと思います。

過酷な環境で生きることは生き物にとっては”非日常”な出来事です。

これまで生き物は進化によって過酷な環境に適応できる能力を身に着けることで、”非日常”を”日常化”させることができる能力を身に着けました。

どんなに過酷であろうと、それがアタリマエ、いつも通りに過ごすことができるような進化を遂げれば、その環境で長く生きることができる。

しかし、適応できるような人類になるには進化することが必要。つまり、何世代もの長い時間を待たないといけないことです。


でも人類は2030年代中に火星に行く目標を立てましたので、”いますぐ”に過酷な環境でどう生きるを考えないといけない状況なんです。

火星への旅は2~3年を想定されています。

長期間の宇宙旅行に人間を送り出す前に解決するべき問題として、どうすれば宇宙飛行士たちが団結し、正気で満ち足りた状態を保てるか。


その問題の解決を目指し実験する、それが今回ご案内する【火星基地シミュレーション実験】です。

この実験で見えてきたのは、火星という過酷な環境で過ごすことができる人物とは、「優れた技術や知識を持ったエリート」ではなく、「非日常を日常化できる能力を持った人」であることでした。

それでは【火星基地シミュレーション実験】についてご紹介します。


『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』

NHKで放送された『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』、この番組は火星で居住することを想定した1年間のシミュレーション実験を行ったドキュメンタリー番組です。

NASAは2030年以降に火星に宇宙飛行士を送りたいと思っていますが、火星に人を送ることは技術的な面はもちろん、人の心理面にとっても大きすぎるチャレンジです。

火星への旅は、片道約8か月、ミッションは2~3年を想定されておりますので、今回の実験では実際の火星探査にもっとも近い12か月と言う期間で行われるシミュレーションを行うことにしました。

外界と完全に隔離された環境で1年間共同生活をすることで、クルーにどのような心理的影響があるのかを調査したのが今回の実験の目的です。

この実験に参加したのは男女6人です。

<女性>
物理学者:クリスティアン(ドイツ)
土壌科学者:カーメル(アメリカ)
医師:シェイ(アメリカ)

<男性>
宇宙生物学者:シプリアン(フランス)
宇宙建築デザイナー:トリスタン(アメリカ)
エンジニア:アンジェイ(アメリカ)

実験場所となったのは火星の土地環境に一番近いという理由で選ばれたハワイのマウナロア山です。

居住スペースは、広さは111.5平方メートルで、研究室のほか、食堂、運動スペース、キッチン、6人の個室が備えられています。

食事は缶詰か粉末状の保存食だけ、外界とのコミュニケーションは火星との通信を想定して20分のタイムラグが設定され、外に出るときには宇宙服の着用が義務付けられています。


この実験の主任担当者は、

「この実験の目的はそのリスクをなるべく減らすことです。
この研究では長期間のミッションが抱える問題点を見つけ出すこと、
クルーの結束力やパフォーマンスについて調べている。
特に心理的な影響についてです。
クルー全体が元気だったり、落ち込んだり、対立が生じたりと、
心理状態にはある種のパターンが見られます。
何も悪いことが起きないと、思い込むことはできますが、
短期的にはそれでうまくいっても、長期的にはうまくいかなくなるでしょう。
必要なのは回復力、レジリエンスです。
クルーの関係が爆発しそうなとき、どう修正するかが大事です。」

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より


結果はどうなったのか?

予想通り、クルー6人全員、メンタル面での強烈なストレスにさらされ続けました。多少はクルー同士の衝突もあったようですね。

トリスタン
「正直言って、もしこんなふうに火星に小さな住居が並んでいたら、迷惑な隣人を外に締め出す事件が発生するかも。

放射線やあらゆる困難を乗り越えて、なんとか火星にたどり着いたとしても、お互いに殺しあうだけかも」


カーメル
「普通の生活では気にならない、些細なことも気になってくる。
変な嚙み方でものを食べたり、大きな音を立てて歩いたり、歩きながら指を鳴らすとか、普通は不愉快な無視したり立ち去ればいいし、自宅に帰れば次の日まで他人に会うこともないけど、ここでは毎日休むことなく顔を合わせるから、あまりのうっとうしさに耐えられなくなってしまう。」

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より

トリスタンが言ったことを踏まえると、

へたすると火星では『ウォーキング・デッド』の世界になってしまうのでは・・・

そんな妄想をしてしまいました。


しかし、彼らは1年間の隔離生活を成し遂げ、見事にミッションを成功させました。


そこで、気になるのは隔離中の彼らの精神状態です。

彼らが長期間隔離で悩まされたのは・・・
①地球への未練
②慣れない火星時間


精神状態①:地球への未練

各クルーが抱える問題の中で、最大の試練だったのは”地球への未練”

”地球への未練”を抱えながら、人類のためにミッションをこなさなければならないという葛藤を繰り返すクルーたち。

もし地球で何か起こったら、私たちには何もすることができない。

長期間ミッションで火星に住んでいる我々のことを、いつしか地球の人たちから忘れられてしまうのではという、そんな無力感とクルーたちは戦っていました。

シプリアン
「故郷のパリがテロリストに攻撃されたニュースを観た。何か情報があったらできるだけ早く送ってください。」
「家族や友人が無事なのか分からず心配な夜を過ごしました。」

トリスタン
「みんな返事をくれないし、誰とも連絡していない気分さ。
僕は長文メールを送るんだけど、返事はいつみ短くて月に1度くらい、
しかも、2人の有人以外はみんな返事が来なくなった。
だから時間がかかることより、そもそも無視されているような。
僕らは完全に世界から忘れ去られてる、家族からさえもね。」

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より

シェイ
「ずっと宇宙飛行士になりたいと思っていたけど、毎日24時間・週7日間、何か月もの間、任務に従事することが実際にどういうことなのかわかっていなかったみたい。」

「火星に来て一番の学びは、人が幸せに生きるために必要なものは水と食べ物、そして1日の終わりに話ができる相手だと分かったこと。」


クリスティアン
「いくらテクノロジーを使っても、地球の人たちと同じ時間を共有することはできません。

私たちがいなくても地球での生活は続いていく・・・」

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より


精神状態②:慣れない火星時間

私たちは1年があっという間に過ぎることを実感しながら過ごしています。

慌ただしい毎日の生活を過ごす、それが地球時間とするならば、

”ゆるやかな”たいくつな火星時間を過ごすことに、人類は悩まされそうです。

毎日があまりにも単調すぎて、食べたものは覚えていても、それが昨日食べたのか、それとも今日食べたものか、それすらわからなくなるほどの時間の感覚。

今日は何回目の日曜日なのか?
外に出たのは何日前なのか?
昼と夜、今日と明日が、ただひたすら繰り返されている火星の時間で、人類はどうやって過ごせばよいのか?

トリスタン
「しょっちゅう死ぬほど退屈に感じていた」

研究や調査以外の時間は、ひたすら一人になりたいと願い、逃げる場所を探していた」

「テレビやソーシャルメディア、家族間のやりとり、気晴らしをすべて取り除いたら、毎日何時間もたった1人の時間が増えるだけ。

ここには5人の仲間がいるけど、2日で3つ4つしか言葉を交わさないこともある。」

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より


隔離された中で、どのようにして日常生活を取り戻していくのか?

火星では人類は”非日常”生活を送ることになります。

火星のような過酷な環境で人類が生き残るカギは”非日常化”を”日常化”させることです。

メンタル面での強烈なストレスにさらされ続けた生活をずっと過ごしていると精神的にやられちゃいます。

そのため、いかに”日常化”を習慣化させ、地球のようなありふれた日常を安定的に過ごすことができるのか、それが火星で生き残る術です。

そんな隔離された中で、クルーはどのようにして日常生活を取り戻していったのか?


日常化①:恋に落ちる

退屈な時間を刺激的な時間に変えてくれる、そして心の支えにもなる、それが恋に落ちること。

隔離中盤に、クリスティアンとシプリアンが恋に落ちたんです。

クリスティアン
「なんでも相談できる人がいるって、とっても素敵なこと。
自分が必要とされていることを感じることができる。
長いことストレスで押しつぶされそうになっていたけど、突然解放された気分。」

「NASAはクルー間での交際について話題にしたくないようだけど、それが表向きの対応見たい。
2年半も続くミッションに人間を送ることを本気で考えるなら、親密な関係にならないなんて信じるのは、全くばかげていると思う。」

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より


日常化②:レジリエンス(回復力)

そんなクリスティアンですが、隔離279日目に『宇宙飛行士の心の病』にかかってしまうんです。

『宇宙飛行士の心の病』とは認知能力に問題が生じることです。

クリスティアンはストレスによって許容範囲の限界を超えてしまった状態でした。

ちょうどこのころ、クルー全体の雰囲気も【悪い】状態でした。


火星有人探査クルーの選考基準のひとつに「強いストレスに耐えられること」がありますが、過酷な環境では誰もがストレスによって認知能力に問題が生じるのはアタリマエなのではないでしょうか。

大事なことは”レジリエンス”、いかに回復できるかではないでしょうか。

地球の日常でも精神的に参る日々を過ごす我々は、耐えることはしますが、気分転換などによって精神状態を回復させることができます、このサイクルはいわば我々の”日常”です。

クリスティアンはしっかりと回復していました。

まさにこれそこ日常化!


そんなクリスティアンが隔離最終局面で大活躍してくれます。

隔離343日目に給水ポンプにトラブルが発生、水が使えなくなり、疲れもピークに差し掛かっていたこともあってみんなが激しく感情的になっていた場面。

あともう少し頑張れば隔離が終了することもあって、他のメンバーは給水ポンプを直さない中、
クリスティアンはアタリマエのように給水器を修理します。

彼女の懸命なその姿に触発されて、他のクルーも一緒に修理作業をするようになったのです。

そして見事に直しました!

クリスティアン
「私たちはこの段階で飲み水以上に大切なものを得ることができた。

長いミッションで初めて全員が同じ目標に向かって心をひとつにすることができました。

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より

水道が壊れたら直すよね?日常ならば直すよね?

これそこ日常化!

淡々と日常生活でやるべきことをやる、それが過酷な環境で生き残る術なんです!


過酷な環境では”エリート意識”は危険

実はこのドキュメンタリーで気になることがありました。

番組では「サラッと」終わった感じでしたが、もしこれが尾を引いていたらクルー間の中で分断化が進んでしまっていたのではないかと思うシーンがあったのです。

それは、<エリート意識を持っているクルー>と<反エリート派のクルー>の存在です。

●エリート意識を持っている
シェイ
アンジェイ

●反エリート意識
トリスタン


トリスタン
「シェイとアンジェイもNASAに入って宇宙飛行士になりたいようです、彼らは自分が正しいと思うことを絶対に曲げようとはしません。NASAのやり方はこれしかないってね。」

「(シェイとアンジェイは外に出ない)外に出たら切り傷の一つや二つあるかもしれないけどシェイとアンジェイは必要な作業以外は絶対に基地を離れない」

NHK番組『火星基地シミュレーション 隔絶された365日の記録』より

<エリート意識>は今回のような隔離された過酷な環境下で、クルーが一致団結する際の障害となってしまう可能性があることです。

「自分たちは厳しい選抜試験を経て選ばれた」というエリート意識を持つことの危うさ。


”エリート意識”はクルーの分断化を生じさせる

例えば、トラブルが発生した場合、

エリート意識を持つ人ならば、自分たちは選ばれたものなので、問題が発生したら解決できると信じていることです。どんな問題でも答えを導き出すことに邁進してしまうものです。


火星のような未知の場所で起こる問題は正解がないときもあることでしょう。

そんな場合、”諦める”ことも、ひとつの選択肢になることもあるでしょう。


しかし、今回のクルーだったら「諦めるのはNASAのやり方ではない!」と答えを導き出すために議論に議論を重ねることをしてしまうかもしれません。

問題を解決するためのエビデンスばかりを集めて、論破してでも自分の考えを押し通そうとするエリート的な意識では、過酷な環境でなくても、いまの時代なら対立構造を生み出し、やがて【分断化】の問題に発展してしまうかもしれません。


もし、過酷な環境で、火星で分断化が起きてしまうと、まさに”ウォーキング・デッド”状態となって、人間同士で争いを繰り返してしまうかもしれません。


きっとNASAも”エリート意識”を持ちすぎる人材は、火星有人飛行のクルーには選ばないのではないでしょうか。

いくら優れた知識や技術をもった『スーパー宇宙飛行士』であっても、火星のような過酷環境には適応できない人材なのかもしれません。


『スーパー宇宙飛行士』よりも、過酷な火星でもいつのまにか日常生活をアタリマエに送っている『スーパーエブリーデーマン』のほうが火星ミッションを成功させるのではと、私は思っております。


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