倭寇と海禁

別のブログに書いた記事の転載です。

「中国の歴史を知るための60章」という本を読んだ。この程度の本を図書館の貸し出し期限までに読みきれないとは、読書能力の衰えと時間の足りなさに絶望的な気分になる。が、途中で長年の疑問に対する答えと、新たな疑問が出てきたので纏めてみる。

明代の海禁政策というのが、昔からよくわからなかった。
江戸時代の鎖国政策(最近では所謂をつけないと、歴史好きに叩かれそうだけど)ならまだわかる。詳しい人から見れば単純化しすぎかもしれないけれど、キリスト教の布教を阻止すること、幕府が海外交易を独占することを目的としているという説明は筋が通っているように聞こえる。
ところが海禁については永楽帝の死後明朝の政策は内向きになりとか、北方に力を注ぐためとか書かれているが、なんだか漠然としているし、力を入れなくなっただけでなく積極的に禁止する理由にはならない。倭寇対策というのも、海賊を恐れるあまり交易を禁止するというのも、本末転倒の感がある。もっと積極的に交易を禁止する理由があったのではないかというのが長年の疑問だった。

さて冒頭の本ではどう説明されていたか。中国国内での商業活動が活発化し元朝末期より深刻な銀不足が発生していた。明朝は現物経済への転換を進めるとともに、商業の抑制のため海外交易を制限した。沿岸部の交易業者は海賊化し倭寇となる。結局日本での銀の生産量が飛躍的に増加したことと、フィリピン経由でメキシコ銀が大量に流入したことで海禁は形式化し、倭寇の活動も終息していく。というのがその説明だ。

驚いた。中国史は不勉強なのは確かだが、今までこのような説明は読んだことがなかったと思う。
国内の銀の不足に対して、現物取引への転換という非合理的な政策を強要する政府。交易を禁止されても国内の成熟した市場は海外製品を求め、また海外製品と交換する物品を供給する生産力も充分にある。一方日本や東南アジア諸国には、中国製品への需要がありまた交換すべき特産品も充分だ。切実な経済的要請は、国家の統制を乗り越える大量の密貿易人を産み出すが、一度法の統治から外れた者は海賊行為も厭わないアウトローとなる。この状況は結局、国家の対策ではなく時代の変化によって収まった。
このような流れが鮮烈なイメージをもって頭の中に流れ込んできた。

しかしながら大きな疑問がまた立ち上がってくる。通貨となる銀の不足に対して、現物取引への転換、商業の抑制という対策は現代の価値観でいうと、あまりにも非合理的だ。
参考にした本の分析が正しいかという疑問の他に、「それ以外に手段は無かったのか」という呆れにも似た感慨が浮かぶ。宋代には紙幣や手形類の使用は始まっていて、商業の発展に大きく貢献している。現代のような不換紙幣の発行までは無理でも、銀を補完する通貨として銅銭や紙幣の発行を拡大することはできなかったのか?また現代的な見方ではデフレということになるけど、少量の銀をより多くの物品と交換可能なようにレートが変化することでバランスを取るようにはならなかったのだろうか。
現物経済や商業の抑制という方向に向かったのは、商業を軽視する道徳主義的な思想のせいとして納得するしかないのか。
海禁については更に勉強を進める必要があるようである。

(追記)
記事作成後、Wikipediaの海禁の項目と、歴ログさんの海禁の解説(https://reki.hatenablog.com/entry/181127-Ming-Global-System)を改めて読んでみた。
やはり主流なのはこういう解釈だよなあ、という感想。

つまり明初より倭寇対策で海禁は行われていた。また海禁には交易を朝貢貿易に一本化し、周辺諸国に中国の覇権を認めさせる意味もあった。鄭和の大遠征など永楽帝の対外積極策もこの流れの中にあり、海禁に反するものではない。
朝貢貿易は中国側は利益を求めておらずかえって負担だったため、永楽帝の死後は朝貢は抑制されるようになる。土木の変などで軍事力が北方に割かれるようになると、南方での密貿易取り締まりは緩み、後期倭寇の活動が活発化する。
Wikipediaでは銀の不足は海禁の原因ではなく、むしろ結果であるように書かれている。こっちを採用すると、僕の書いた記事の前提が崩れてしまう。日本の銀生産の拡大は、密貿易の利益を増大させる。
最終的に海禁は大幅に緩和され、私貿易が大幅に拡大すると、後期倭寇は終息にむかう。

頭を抱えてしまうほど話が違う。
共通しているのは中国民衆の持つ巨大な経済的エネルギーを国家権力で押さえつけようとしたことが、かえって後期倭寇を活発化させてしまったこと。

感じるのは中国の生産力、消費力に対し朝貢貿易はあまりにも規模が小さいということ。市場原理を政治イデオロギー上の必要で押さえ込むことの無謀さ。それでも海禁はかなりの期間機能し続け、明朝の国是であり続けたことに対する驚嘆。

とにかく最初の本で読んだ内容と、一般的な解説とのギャップを埋めるため、または取捨選択をするため、勉強を継続する必要がありそうだ。

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