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鍵|2023-02-05

今回は、うでパスタが書く。

若い頃には「寝るのを忘れて」没頭した本がしばしばあったりした。最近では何にせよ没頭するという体験自体がまずなくなった上、いずれにせよ普通に寝られないので本当に焼きが回ったというか人生のいいことはすべて終わってしまったのだな感じることがしきりだ。

やめよう。

ご存じの方も多いように、最近の私は朝は六時前に起き出して洗濯機を回し、家族の朝食を調えると同時にこどもの弁当を用意している。毎日のようにネットでぼやきを見かけるサラリーマンの大半よりも起床が早いことにはいささか誇りをおぼえるものの、なにしろ夜が寝られないのだから体力的にはやはり正直きびしい生活リズムで、こどもを送り出したらだいたい昼前までまた二度寝するという結局はサラリーマンの羨む生活を俄然続行中だ。にもかかわらず、何かに満たされる思いをすることは、まずない。

そんななか、二度寝ができなくなるほどショックを受けて昼までに一気に読んでしまった本があったのでご紹介しておく。

内容についてはAmazonの紹介がうまくまとまっている。
言うまでもなく、自分の親から精神的・肉体的な虐待を受けていたと考えるひとには簡単にお薦めできない内容だ。

深夜3時42分。母を殺した娘は、ツイッターに、
「モンスターを倒した。これで一安心だ。」
と投稿した。18文字の投稿は、その意味するところを誰にも悟られないまま、放置されていた。
2018年3月10日、土曜日の昼下がり。
滋賀県、琵琶湖の南側の野洲川南流河川敷で、両手、両足、頭部のない、体幹部だけの人の遺体が発見された。遺体は激しく腐敗して悪臭を放っており、多数のトンビが群がっているところを、通りかかった住民が目に止めたのである。
滋賀県警守山署が身元の特定にあたったが、遺体の損傷が激しく、捜査は難航した。
周辺の聞き込みを進めるうち、最近になってその姿が見えなくなっている女性がいることが判明し、家族とのDNA鑑定から、ようやく身元が判明した――。
髙崎妙子、58歳(仮名)。
遺体が発見された河川敷から徒歩数分の一軒家に暮らす女性だった。夫とは20年以上前に別居し、長年にわたって31歳の娘・あかり(仮名)と二人暮らしだった。
さらに異様なことも判明した。
娘のあかりは幼少期から学業優秀で中高一貫の進学校に通っていたが、母・妙子に超難関の国立大医学部への進学を強要され、なんと9年にわたって浪人生活を送っていたのだ。
結局あかりは医学部には合格せず、看護学科に進学し、4月から看護師となっていた。母・妙子の姿は1月ころから近隣のスーパーやクリーニング店でも目撃されなくなり、あかりは「母は別のところにいます」などと不審な供述をしていた。
6月5日、守山署はあかりを死体遺棄容疑で逮捕する。その後、死体損壊、さらに殺人容疑で逮捕・起訴に踏み切った。
一審の大津地裁ではあくまで殺人を否認していたあかりだが、二審の大阪高裁に陳述書を提出し、一転して自らの犯行を認める。

母と娘――20代中盤まで、風呂にも一緒に入るほど濃密な関係だった二人の間に、何があったのか。
公判を取材しつづけた記者が、拘置所のあかりと面会を重ね、刑務所移送後も膨大な量の往復書簡を交わすことによって紡ぎだす真実の物語。
獄中であかりは、多くの「母」や同囚との対話を重ね、接見した父のひと言に心を奪われた。そのことが、あかりに多くの気づきをもたらした。
一審で無表情のまま尋問を受けたあかりは、二審の被告人尋問で、こらえきれず大粒の涙をこぼした――。
殺人事件の背景にある母娘の相克に迫った第一級のノンフィクション。

Amazon.co.jp 「母という呪縛 娘という牢獄」

二審の高裁で判決が確定し現在も服役中の「あかり」に取材を重ね、母娘だけが知っていた「牢獄」の有様をあきらかにしていくのは当時共同通信社に勤めていた司法記者の齊藤彩だ。
その視点は加害者となったあかりのそれをとるとはいうものの感情に溺れることなく、残されたLINEメッセージのやりとりや母が娘にしたためさせた「始末書」などからその家に流れていた時間をもういちど読者のまえで再現してみせる。
取材者の抑制された存在感と見え隠れする取材対象や関係者への配慮には記者としての教育と訓練を受けたあとが見られて安心感がある。ひどく抒情的なタイトルが誰にどのような経緯で冠せられたものかは分からないが、本文の抑制的な姿勢との間にはミスマッチをおぼえる。もっと多くのひとの手にとられるべき書籍だ。

本書の大きな特徴は、あかりを代弁するかのような柔らかな文体と、それに挟まれるあかり本人が獄中から書いた書簡の引用文だ。あかりは母親に発見されて侮蔑の言葉を浴びせられるまで密かにペンネームを持って散文の執筆をしていたといい、その手になる文章はあきらかに書き慣れたもので読者を引きこむ力がある。

私自身もあかりが経験した親による過大な期待とそれによって精神的な牢獄に閉じ込められていく過程におぼえがある。もちろん私の両親にあかりの母親ほどの凶暴さはなかったが、私の思春期には十五歳で得た病という強大な支配者があった。また、あかりが生まれ育って果ては凶行の現場となる街は私自身の故郷からすぐ傍だし、なんならあかりが友人たちと親しく交わりつかの間の自由を夢見たキャンパスへ通う路線バスはまさに私の実家の裏を通っているということもあって、こうしたディテールからはいちいち精神的なダメージを受けながら数時間の読書を終えることになった。

しかしほとんどが被害者(母)と加害者(娘)のLINEメッセージと加害者本人の手記・告白によって編まれたノンフィクションは、筆者・齊藤とあかり、「ふたりの著者」のつむぐ文章があまりにこなれているが故、彼女たちの「共犯関係」を意識せずには読めない。果たしてこの作品がノンフィクションとしてどこまで成立しているのかについては読者がよくよく考えるべきことであろうし、そうしてこの母娘の半生を奪った都合二〇年にもおよぶ長大な事件に思いをめぐらせることこそが作品の価値を高めることにもなるのだろう。

他方、それにかかわらずこの本の最終盤には母娘の喪われた半生とは別の大きな主題が描かれている。筆者があかりとの面会を果たしてその心をひらくに至った一言が「控訴審が結審したときに発表された文書を拝見して」であったと冒頭に明かされている通り、おそらく筆者があかりの「物語」を直感したのはそもそもここだったのだ。
果たして第一審で懲役一五年もの重い判決が下され、ひとつの物語が幕を降ろさんとしたとき、もうひとつの物語は、長く不在であった父親の姿とともに読者の前へあらわれる。

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