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ヒトとトリの血糖値は調整方法が違うかも!?  -異なるシステムを持つヒト以外の研究がヒトの創薬につながる可能性-

こんにちは、ビビです。最近は、美味しそうなランチやカフェのネット検索にハマっています。とは言いつつ、検索するだけで”ヒゲダン”を聴きながらお家でまったりするばかりです🍰

さて、今回は血糖値のお話です。ヒト以外の血糖値って考えたことありますか。鳥類の血糖値のコントロールは哺乳類とは根本的に異なるようです。こういった異種の研究もヒトの糖尿病治療に向けて、新たな一手を探る手がかりになるのかも。めちゃめちゃ興味深いですね!


🐣ヒトは血糖値をどうやってコントロールしているの?

グルコースは生物にとって重要なエネルギーの源であり、その濃度(血糖値)を保つのは生命を維持する上でとても重要です。
血糖値は膵臓から分泌されるホルモンにより、一定の範囲に収まるようにコントロールされています。膵臓のランゲルハンス島にあるα細胞からはグルカゴン、β細胞からはインスリンが分泌されます。グルカゴンは血糖値が下がった場合に、肝臓に蓄えられているグリコーゲンの分解あるいは糖新生(糖以外の物質からグルコースを作る)を促すことにより、グルコース濃度を上げ、低血糖を防いでいます。
逆に、血中のグルコース濃度が上昇するとインスリンが作用します。インスリンが骨格筋細胞の表面にあるインスリン受容体に結合すると、細胞内のシグナル伝達が起こり、細胞質にある小胞に格納されているGLUT4(glucose transporter isoform - 4)を細胞膜表面に移動させます。そして、このGLUT4が血中の糖を細胞に取り込み、血中のグルコース濃度を下げる働きをします。

インスリンがインスリン受容体に結合すると細胞内でシグナル伝達が起こり、
細胞内に貯蔵されているGLUTが細胞膜に運ばれ、グルコースの取り込み口となる

GLUTには14種類のアイソフォーム(類似タンパク質)がありますが、その中でもGLUT1から4までがグルコースの細胞への取り込みについて重要な働きをしていて、それぞれがその用途に合わせて必要な細胞に発現しています。
例えば、GLUT1は赤血球や血液脳関門に発現し、脳にグルコースを取り込んでいます。そして、肝臓の細胞にはGLUT2、脳内の神経細胞ではグルコース濃度が低くても効率よく機能するGLUT3が活躍します。最後のGLUT4は骨格筋や脂肪細胞に発現しています。このGLUT4は、他のGLUTと比較してかなり迅速に細胞内にグルコースを取り込み、速やかに血糖値を下げることができます。健常人では70%以上のグルコースが骨格筋に取り込まれることを考えると、GLUT4の働きが血糖値のコントロールの中でとても重要であることが分かります。

🐣トリの血糖値はヒトの2倍以上も高い!?

ヒトの血糖値は、健康診断でもお馴染みですが、一般的に110mg/dL以下を空腹時の正常値としていることが多いです。もちろん、他にも考慮すべきファクターがあり、総合的に判断する必要があるので一律ではありませんが。
では、鳥類ではどうでしょう。日本農芸化学会の解説では次のように示されています(ただし、検査前にトリが朝食を抜いてくれているかは分かりませんので、ヒトと同じ条件ではないかも)。ニワトリ:200-250mg/dL、アヒル:180-200mg/dL、ダチョウ:200‒220mg/dL、ハチドリ:750mg/dL。その他、肉食のワシやタカは、ハトなどの雑食性の鳥類より血糖値が高めとのことですが、ハチドリが飛び抜けて高いことも含めて考えると、飛び方、つまり羽ばたくのに必要な骨格筋に求められる運動量と血糖値の高さは関係があるのかもしれないですね。

ハチドリは花の蜜を飲むときにホバーリングのために、高速で羽ばたくので
かなりのエネルギーが必要なのかも

🐣トリはヒトと似て非なるシステムで血糖値をコントロールしている?

トリもヒトと同様に、インスリンとグルカゴンを分泌して血糖値をコントロールしています。ただし、ヒトと大きく異なる点が少なくとも2つあるようです。
一つは、 ヒトで最も重要な働きをしていると考えられているGLUT4を鳥類が持っていないこと。哺乳類だけでなく、魚類なども持っていることを考えると、鳥類は特別な進化を遂げているようにも思えます。ヒトと同様に、トリでもGLUT1や3は発現しており、特に骨格筋ではGLUT1の発現が高いことが分かっています。そして興味深いことに、ヘキソキナーゼが細胞内に取り込まれたグルコースを速やかにリン酸化してグルコースとしての細胞内濃度を下げることにより、細胞内外の濃度勾配を作り出し、グルコースの細胞への取り込みを促進します。GLUT4のように速やかに取り込みができないため、ヘキソキナーゼの助けを借りているということなのでしょうか。とても興味深い協業ですね。

もう一つは、膵臓を取り除いた時の反応です。ヒトにおいて何らかの疾患等で膵臓を摘出してグルカゴンもインスリンも分泌できなくなった場合、血糖値は上がります。ところが、ニワトリで同様に膵臓を摘出すると血糖値は下がるのです。全くもって謎です。

ある研究で、ニワトリの血清を処置した2型糖尿病モデルマウスは血糖値が下がるという報告がありました(Int J Mol Sci. 2023 Jan; 24(1): 523)。どうやら、ニワトリの血清に含まれるDL-アルギニンがマウスの血糖値を低下させ、かつGLUT4の発現を増加させるようです。
異なる種を研究するということは、こんな興味深い疑問を浮かび上がらせてくれることにも繋がるようです。これは「比較生理学」とも呼ばれる分野の一つです。
補足ですが、ドクトカゲの唾液研究が糖尿病の薬GLP-1作動薬の開発に大きな役割をした有名な話があります。 鶏の不思議な糖代謝が応用できる日が来るといいですね。

ちなみに、日本には動物の「毒」にヒントを得てペプチド創薬に挑んでいるVeneno Technologies株式会社というスタートアップがあります。今回の研究には関係ないですが、「毒薬変じて薬となる」に密かに期待しています。

🐣運動とインスリンと骨格筋

糖尿病では運動が病状の改善につながることがあると言われています。今までのお話の中で、血中のグルコースの取り込みに骨格筋が大きく関与していることからも、生理学的な根拠がありそうです。少し見てみましょう。
持続的な有酸素運動はType I、IIBの筋線維(遅筋)の得意とするところですが、糖尿病患者ではこの遅筋が少ないことが報告されています。
PGC-1α(Peroxisome proliferator-activated receptor-gamma coactivator-1α)は運動によって骨格筋、特にType Iで発現が増加し,熱産生やミトコンドリア生合成、エネルギー代謝に関連する遺伝子の発現を増加することが明らかになっています。骨格筋に作用することで膜タンパク質であるFNDC5を増加させ、このFNDC5からイリシンが切り出され、皮下脂肪に存在する前駆脂肪細胞をミトコンドリアをたくさん持つ褐色脂肪細胞に分化させるのです。遅筋を増やす運動が糖尿病の改善には効果がありそうです。

さらに、このイリシンはアルツハイマー病にも関与しているようです。
イリシンは脳内にも存在し、アルツハイマー病の患者ではその濃度が低下していることが知られていました。
このイリシンの投与で、脳のグリア細胞であるアストロサイトから分泌されるアミロイドβ分解酵素であるネプリライシンの増加と活性化が起こり、アミロイドβの濃度が著しく低下するというデータが示されたようです。
このようにデータで示されると、私も引きこもりをやめて散歩にでも行こうかなという気になります。

理論的なデータを見ると運動しよう!という気になりますね

🐣インスリンの分泌には「指揮者」が重要なのかも?

インスリンを分泌するランゲルハンス島は膵臓の中にあるボール状の細胞の集合体です。構成する細胞の70%程度がインスリンを分泌するβ細胞です。たくさん存在するこのβ細胞たちがタイミングを合わせてインスリンを分泌するには何らかのシグナル伝達が必要だという説があります。このシグナルを伝えるのが、カルシウムイオンです。β細胞にグルコースが取り込まれるとATPが生産され、これがトリガーとなり、カルシウムイオンチャネルが開き、細胞内へカルシウムが流入します。これがインスリンを分泌させるのです。細胞内のカルシウム濃度が上昇すると今度は定常状態(元のイオン濃度)に戻そうとするシステムが作動します。これにより、カルシウムイオンが細胞外に放出されます。

インスリンの分泌には『リズム』があります。これは今回ご紹介したポッドキャストでお話しされている研究者タツさんの言葉です。このカルシウムイオンの細胞への取り込みから放出までのサイクルが、ある種のリズムになっているという意味です。そして放出されたカルシウムイオンが近隣のβ細胞に取り込まれ、このリズムは次々と伝達されるというのも興味深いです。

そして、もっと興味深いことはこのリズムを最初に奏で始めるリーダーとなる細胞がいるということです。このリーダーは血管の近くに位置し、血糖値の変化を迅速にセンシングすることができる立場にいます。しかしながら、リーダーの仕事はどの世界でも過酷のようで、12時間ほどで世代交代が起きるとか。
このリーダー細胞の存在についてはまだ研究段階のようですが、少なくとも糖尿病患者の中には、一つ一つのβ細胞にはインスリン分泌能が残っているにもかかわらず、このリーダーがいないが為に十分に機能できないケースがあるようです。
ということは、このリーダー細胞を作るための環境を整える、あるいはリーダーを作り出すための治療薬を開発することで新しい治療薬の道が開ける可能性もあるかもしれません。この辺りの研究の詳細については、ポッドキャスト(サイエンマニア#107&#108)でもお話されていますので、ぜひお聴きください。

これらのデータの多くはまだ基礎研究の段階です。これから繊細なデータを集めて、さらに様々な角度からの検証を重ねた上で、薬の探索を始める必要があります。大雑把に、基礎研究に10年から20年、その後の創薬研究に10年(モダリティにもよります)かかると言われています。創薬を目指す研究は、それぞれのステージの研究者の日々の努力の賜物です。このお話を読んで興味を持ってくださったあなたが、将来この研究を進める役割を担うかもしれません。そんな日がくることを願って•••💫

🐣最後に・・・

リズムに絡んで。
昨年末に、上原ひろみさんのJapan Tour で素晴らしいドラムのセッションを聴くことができました。リズムを刻むドラムでなく、ドラムの音だけで美しい音の世界を奏でているという、私の拙い表現力では言い表せない素晴らしい世界線でした。リズムって素晴らしい🌱

今回も最後までお読みいただきましてありがとうございました!

🐣関連資料のご案内

このお話はポッドキャストでもお届けしています。
お時間のある時にお聴ききいただけると嬉しいです!

サイエンマニア
107. インスリンのリズムが教えてくれた研究の面白さ!
108. 細胞の声を優しく発信したい!
        ゲスト : タツさん(ポッドキャスト『奏でる細胞 MUSIC&SCIENCE』)

研究発表ほか
1. 中外製薬 すい臓について
2. 骨格筋から見た糖尿病の病態と治療
3. グルコーストランスポーター : Wikipedia2024年1月21日(日本時間 19:13)
4. 進化から学ぶインスリン様ペプチドシステムの生理的意義
5. Insulin stimulates glucose transporter 1 (GLUT1) and hexokinase II (HK II)  gene expression in chicken skeletal muscle
6. Effects of Chicken Serum Metabolite Treatment on the Blood Glucose Control and Inflammatory Response in Streptozotocin-Induced Type 2 Diabetes Mellitus Rats
7. 動物が持つ毒からできた薬の話
8. Veneno Technoligies 株式会社
9. 骨格筋と脂肪組織にかかわる最近の話題
10. 褐色脂肪細胞においてエネルギー消費を促す新たなメカニズムを発見
11. 運動により骨格筋から分泌されるイリシンはアミロイドβの蓄積を抑制する
12. Calcium Signaling in ß-cell Physiology and Pathology: A Revisit

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