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イベントレポート:防災備蓄ナッジ実証報告会

こんにちは。ポリシーナッジデザインの植竹です。

今回は、 2024年1月に開催されたよんなな防災会ナッジユニット主催の「防災備蓄ナッジ実証報告会」の様子をレポートします。

よんなな防災会ナッジユニットは、国・自治体・民間等の有志のメンバーが参加する、日本で唯一の防災に特化したナッジユニットです(設立:2021年3月、メンバー236名(2024年3月現在))。

このナッジユニットでは、活動の一つとして、防災ナッジの活用事例の創出やナッジの定量的な効果検証を目的とした「防災ナッジ実証プロジェクト」に取り組んでいます。今回は、その第一弾のプロジェクトの結果報告会の様子をお届けします。

報告会では、どのようなナッジを用いたのか、結果はどうだったのかなどに加えて、実証をどのように進めたのかが、実証参加者の皆様のご感想も含めてシェアされました。防災ナッジの取り組みについてご関心のある方は、ぜひ最後まで読んでみてくださいね!



植竹:
みなさんこんばんは。よんなな防災会ナッジユニットの植竹です。今回は、2022年から2023年にかけて実施した、備蓄を促進するナッジ実証の報告を行います。はじめに、プロジェクトの概要を簡単にお話しします。

このプロジェクトは、防災ナッジの活用事例の創出やナッジの定量的な効果検証を目的とした「防災ナッジ実証プロジェクト」の一つとして取り組んできたものです。

役割分担は、よんなな防災会ナッジユニットのメンバーの大阪大学大学院の北野翔大さんがナッジ考案と効果検証、防災士の伊達富美さんが地域との連携、植竹がプロジェクト管理とナッジ考案に関わりました。そして、実証に協力いただいたのが、広島市東区矢田町内会の皆様です。

本プロジェクトは自主事業であり、メンバーが各々の専門知識や知見・経験を活かして手弁当で実施しました。

本日は、北野さんからプロジェクトの結果報告をしていただいたのち、伊達さんや矢田町内会の木村会長をはじめとする皆様にも実証に参加してのご感想をお聞かせいただけたらと思っています。

では、北野さん、どうぞよろしくお願いいたします。

北野:北野と申します。大阪大学大学院の大竹先生の下で、行動経済学の研究をしておりましたが、現在休学して民間企業に在籍しております。これから防災ナッジ実証の報告をさせていただきます。

背景と目的

全国の備蓄率は53.8%で、約半数の世帯が備蓄していない状況です。その理由は、広島県の場合、「何をどれくらい備えればよいか分からない」、「自分が被災する可能性は低いと思う」等、情報不足や心理的要因関連が上位となっています。これらを解消するだけでも備蓄行動を促進できるのではないかと考え、「ナッジによって心理的阻害要因を解消して備蓄行動を促進できるかを検証すること」を目的としました。構想から結果の集計まで2022年7月~2023年8月の約1年間をかけて進めてきました。

 阻害要因とナッジ案

そもそもナッジでは、何が対象となる行動を阻害しているのかを、順番にステップごとに洗い出して、解決策を考えていきます。今回は、対象となる備蓄行動を次の4ステップに分けて、ステップごとに阻害要因を検討しました。

出典:植竹・北野(2024)

①備蓄する意思を持つ

この行動を阻害するのは、「自分は災害に遭わないと思う」「行政が全部やってくれるから自分はやらなくていいと思う」などの心理的要因が主です。

②備蓄の情報を集める

この段階の行動を阻害するのは、「備蓄は大事だが何をしたらよいか分からない」「備蓄リストの情報が多すぎる」「どの情報を信頼したらよいか分からない」などの心理的要因です。

③備蓄品を購入する

ここでは、心理的要因ではない部分が阻害要因となります。

④備蓄品を更新する

ここでは、主にコストの問題が阻害要因となります。
 

これらのうち①と②にフォーカスし、社会規範、デフォルト変更、情報提供、備蓄品に関する情報の簡略化、コミットメントなどのナッジを使って、チラシを作りました。

今回作成した備蓄ナッジチラシ
出典:植竹・北野(2024)

チラシでは、「広島県では備蓄をしている人が半数を超えている」と伝えて、自分もしなくてはと思ってもらう効果を期待しました(社会規範の手法)。また、回覧板にチラシを貼り、備蓄準備中、あるいはすでに備蓄した人に、チェックを入れてもらいました。チェックを見た次の人に自分もしようと思ってもらう仕掛けです(社会規範の手法)。こうして備蓄準備中の人にもチェックを入れてもらうことで、その人自身も実際にやろうという気になることが期待されます(コミットメントの手法)

社会規範、コミットメント

「備蓄品チェックリスト」には、本当に必要最低限欲しいものをまとめて、1番から4番の避難行動のどの行程で、どの順番で、何を準備したらよいかを提示しました(情報の簡略化)

情報の簡略化

さらに、備蓄をするしないではなく、備蓄をするのは当然で、その上で「避難所を想定した非常持出品ですか、それとも在宅避難品ですか」というふうに考えてもらうように工夫しました(デフォルト変更)。 

デフォルト変更

調査の概要 

調査は、広島県広島市東区の矢田町内会の方々にご協力いただきました。防災活動に積極的で防災意識の高い地域です。町内会の班ごとの回覧板を使い、チラシの配布およびアンケートを実施しました。世帯数83に対して回答数55と、高い回答率でした。1,3,5の奇数班には、ナッジチラシを配布した後でアンケートを取りました。2,4,6の偶数班には、チラシは配布せずにアンケートを行いました。サンプルサイズが小さいため、厳密なRCTにはなっていませんが、差が出ればチラシの配布の大まかな効果が見られたと考えることができます。なお、偶数班にもアンケート後にチラシを配布しました。

出典:植竹・北野(2024)
出典:植竹・北野(2024)

調査結果

①備蓄(食料・飲料水)

備蓄している人は全体の約70%と多く、3日分以上の備蓄になると減ってきます。備蓄日数は最低限の3日分の人が多い結果です。
介入ありのグループの方が備蓄率が高く、食料・飲料水、3日分備蓄の割合も高いですが、介入前は未調査のため、これがナッジによる効果かどうかは判断できません。

②備蓄(非常持出品、在宅避難用)

介入ありのグループの方が、非常持出品、在宅避難用ともに備蓄率が高いですが、介入前は未調査のため、これがナッジによる効果かどうかは判断できません。

③備蓄の時期

食料・飲料水については、調査日から見て直近1か月以内での備蓄者が5名と比較的多かったです。非常持出品および在宅避難用については、直近1か月以内での備蓄者はほとんどいませんでした。

④備蓄行動

食料・飲料水を直近1か月以内に備蓄した人数は、チラシを配ったグループの方が若干多いので、チラシが備蓄を促進した可能性があります。厳密には、もっと大規模な調査が必要です。一方、非常持出品および在宅避難用の備蓄には、効果は見られませんでした。

⑤備蓄意思

介入によって「未実施&意思あり」の人の増加を期待しましたが、「未実施&意思あり」の人の割合は介入なしのグループの方が多くなりました。「実施&意思あり」の人の割合は介入ありのグループの方が高く、これは介入ありのグループの方が、元々備蓄への意思が高かった可能性も考えられ、備蓄促進ナッジが意思に与えた効果はないと言えそうです。また、「未実施&意思なし」の人達は介入のありなしに関わらず、効果はないようです。

 

出典:植竹・北野(2024)
出典:植竹・北野(2024)

課題と改善案

今回の調査は、防災意識の高い地域でさらにナッジが有効かという検証でした。行政の方にとっては、備蓄をしていない地域で備蓄を促進するほうに関心が高いと思われますので、そういう地域での適用が望まれます。効果を厳密に見るには、もう少し大きい調査をする必要があったと考えます。また、ベースラインでも調査が必要でした。地域的事項をより考慮してナッジチラシを作れれば、もう少し自分事に感じられて、より必要性が伝えられたと思います。他地域でのご利用や備蓄品チェックリストの更新の際には、これらの点に気を配っていただけるとより良くなると思います。以上です。

ありがとうございました。

 

―北野さんから、実証方法と結果について詳細にご説明いただきました。続いて、ご協力いただいた広島市矢田町内会の木村隆明町内会長にお話をお伺いできればと思います。

木村隆明矢田町内会長

木村:矢田町内会の防災を担当しています木村と申します。今回の備蓄品持ち出し調査に協力させていただき、二つほどいいことがありました。

一つは、避難訓練を実施した際に、参加者の皆さんと、備蓄品持ち出しについてゆっくり話ができたことです。

もう一つは、「非常持出袋」を全世帯に配布したことです。あらかじめ袋の中に給水袋や缶詰を入れて配布しました。皆さんに必要なものを入れてもらいやすくし、ローリングストックも習慣づけて欲しいという考えからです。今、町内の皆さんの防災意識がだいぶ高まってきたことを感じております。以上です。

―ありがとうございます。あらかじめ一部の備蓄品を入れておくことで、さらにもっと入れないとと思わせる良い取り組みですね。では、次に、今回ご協力いただいた防災士の伊達富美さんにコメントをいただきたいと思います。

伊達富美さん

伊達:広島県の伊達と申します。防災士をしております。今回の実証にご協力いただける町内会を紹介して欲しいとの依頼を受け、木村さんにお声がけさせていただきました。木村さん達の取り組みを見せていただき、ナッジは、町内会の方々だけでなく、防災士の皆さんにとっても味方になるアイテムで、防災士の活動を後押しできるものと感じました。

私自身ナッジを活用して、矢野という「自分の町の名前」を入れたチラシを作成したところ、「どこがいいか分からないけど、このチラシいいね。」「会話が弾むね。」「これまでのチラシとは違うね。」といった反応がありました。これからもナッジを活用して、町民の皆さんにより伝わりやすいチラシ作りを目指したいと思っています。  

伊達さん作成の防災ブックの表紙。「矢野で備える防災ブック」と町名を入れている

―対象者の名前などの固有名詞を入れることは、「パーソナライズ」と言われる、有効なナッジの手法の一つです。それを取り入れた冊子のお話と、防災士の皆さんにとってもナッジは有効だというご提言をいただきました。ありがとうございます。
また、町内会では、このチラシを使った話し合いがされたと聞いています。町内会の皆様もご感想をいただけたらと思います。

矢田町内会で行われた防災訓練での振り返りには、町内外から52名が参加
(写真提供:木村会長)

吉田:はい。防災士の吉田です。備蓄品チェックリストの話し合いの中で、持ち出し品は第1に水、第2に当面の食料だという意見が出ました。また、トイレが一番心配だという意見を受けて、避難所のトイレ問題について多くの議論がありました。

菊田:菊田と申します。意見として、備蓄品も季節ごとに夏物、冬物の衣替えが必要だという指摘がありました。

松本:防災士の松本です。一人1日当たり3リットルの飲料水を、果たして避難用に持って行けるものか疑問だという意見がありました。以上です。

左から吉田さん、菊田さん、松本さん

―どうもありがとうございます。さまざまなご意見を頂いて、とてもありがたく思います。ご意見をふまえて、今後、チラシを改善していければと思います。
ご参加の皆様からご感想、ご質問などありますでしょうか。

柴田: 宇治市の柴田です。非常に有意義な取り組みだと思いました。こうした町内会の率先したリーダーシップが人々の間に共感を広げ、それがやがて人々の共通の価値観になると考えます。また同時に、モチベーションを上げる仕掛けも必要です。「防災は自分のため、わが町のため」という価値観の下、いろいろな面でナッジの活用を広げていくことが大事だと思います。本日は素晴らしい内容で感銘を受けました。

心強いお言葉をありがとうございました。

おかげさまで、有志の取り組みをこうして一つ形にすることができ、今後につながる大きなステップとなりました。ご協力いただきました広島市矢田町内会の木村会長はじめ町内会の皆様、伊達さん、北野さん、そして本報告会にご参加いただきました皆様、本当にありがとうございました。  


<後記>

今回は、よんなな防災会ナッジユニットによる「防災ナッジ実証プロジェクト」の報告会をレポートしました。

有志の会で、自主事業としてプロジェクトが完遂できたのは、何よりもメンバーの方々、また実証に参加協力いただいた皆様のおかげです。改めて、心より感謝申し上げます。

今回作成した備蓄ナッジチラシは、実証で得られた知見やフィードバックに基づいてさらにブラッシュアップさせ、多くの場面で活用いただけるようなものとしていければと思っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

文責:ポリシーナッジデザイン合同会社 植竹香織

引用文献:植竹香織・北野翔大(2024)「ナッジで備蓄を促進するー広島市の町内会における実証・協働取組事例ー」日本災害情報学会第28回学会大会口頭発表

よんなな防災会ナッジユニット
https://www.facebook.com/groups/bosainudge/

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