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真夜中のサフランチャイ

真夜中にコルカタのホテルの塀をよじ登って会いにきた友人は後にも先にも彼くらいであろう。



学生時代より、だいぶ屈強になっていた彼は私を車に乗せて真夜中のコルカタ市街へと繰り出した。他愛もない昔話に花を咲かせながらほとんど人も車もいないコルカタの街を走っていく。オレンジ色の街灯がポツンポツンと慌ただしかったであろうコルカタの街を優しく照らしていた。


「チャイを飲もう」と話しを途中で遮り青白いネオンが輝く店の前に車を止めた。閑散としていたコルカタの中に驚くほどの人だかりがそこにはできていた。青い看板に白く「Russel Punjabi Dhaba」と書いてあるその店はいわゆる食堂である。



幅7、8メートルもあろう店構え、右側が入り口になっていて入り口のところには立派な真っ白なヒゲを蓄えたターバンを巻いたおじいさんが座っている。シーク教の人である。大柄なおじいさんの横を通って店に入るとロフトみたいな2階がある。中腰にならないと先に進めないような1階と2階に別れている。入り口の左側は鉄格子のようになっていて、その中では薄茶色のシャツを着た細いお兄さんが大きな鍋でチャイを作っている。グツグツと煮込まれたマサラチャイを次々と赤土色の陶器でできたカップに入れていく。


ここの「サフランチャイ」が絶品なんだよ。と友人が言い、流暢なベンガル語でお兄さんに二言ぐらい話しかけると赤土色の陶器に入れたチャイを別のお兄さんに手渡した。そして2つのチャイが入ったカップを入り口に座っている真っ白いヒゲのおじいさんのところに持って行き、何か一言、ふたこと言うとおじいさんは小さな箱から何かを取り出しチャイの上にパラパラとかけた。



かけられたのはサフランである。熱いチャイに浮かぶ4、5本の真っ赤なサフランからじわじわと黄色が広がっていく。そして上品な香りが漂ってくる。茶碗くらいの大きさのカップを両手で持ちゆっくりと口をつける。芳しい香りが鼻を通り幸せな気分にさせてくれる。甘すぎないチャイがサフランの良さを引き立ててくれる。まさにサフランの花言葉である「歓喜」を表現したようなチャイである。



すっかり「真夜中のサフランチャイ」の虜になってしまった私は次の日もそしてその次の日もその店に繰り出しサフランチャイを頼んだ。真っ白なヒゲを蓄えたおじいさんがパラリとサフランを入れてくれる。あの「歓喜」をまた感じたい。とチャイカップに口をつける。しかし初めて飲んだ時の感動は味わえなかった。



「歓喜」「陽気」そして「喜び」ともう一つサフランには花言葉がある。それは「節度の美」だという。



100本のサフランの花から雌しべだけを取ると残るのはわずか1グラムほどである。

あの体験はもっとも高価なスパイスと言われているサフランから学んだ一つの教訓だったのかもしれない。


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