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「Enjoy the ball.」月刊NSNO Vol.8/ エヴァートンFC ブログ

2022年2月 
月刊NSNO Vol.8
「Enjoy the ball.」

「ボールを楽しめ」

「私の最優先は、"高揚感"を実現することです」

FA杯4回戦、自身のデビュー戦を控えたフランク・ランパード新監督は、試合前のプレスカンファレンスで力強く語った。

チームはこの半年を経て自信を失っていた。非常に難しく厳しいチーム状況だ。それでも、オーナーと会長へ野心を表明し、自身の復活をかけて射止めた監督の座。休暇を得たおよそ1年の間にも、様々なクラブから誘いがあったことを明かしている。内省の時間を経て、敢えて混沌とする古豪、エヴァートンというクラブを選んだ。

そんなチームを率いて臨んだ初戦、本人が会見で口にした通り、見事に掴み取ったのはホーム・グディソンパークでの活気溢れる高揚感だった。

ランパードはエヴァートンからオファーを受ける少し前に、SkySportsの企画でイングランド代表OBのギャリー・ネビルと対談していた。彼はエヴァートンというクラブ事情を理解した上で、その役目をポジティブに引き受けてくれたのだと解釈できた。

「私は働きたい。働く準備はできています。
試合に出ていない間も楽しみました。異なる視点を持つことができるからです。子供を産んだこと。そのおかげで、将来の計画を立てるために多くの(見つめ直す)時間を得ることができた。だから、働く準備はできているんです。ワクワクしています」

「ただ、"働きたい "という気持ちはあっても、"働かせろ "と切実に思っているわけではない。適切な場所に行きたいのです。アレックス・ファーガソンの、"クラブではなく、オーナーを選べ"という言葉があるけど、その意味は理解できます。ファギーなら、好きな人を選ぶことができるかもしれません、けれど私はそのような立場ではないのです。でも、ポジティブな気持ちで臨みたいですよね」
2021年12月、ギャリー・ネビルとの対談にて
動画は下記Twitterリンクより


ランパードがダービー・カウンティ、チェルシーで残した功績を辿ると、重なって見えてくるものがある。ボールを握り、ポゼッションを高め、ボールを持たない時にはアグレッシブに奪いにいく、前向きで挑戦的なスタイルだ。
ダービーで監督を務める前にはペップ・グアルディオラのもとで時間を過ごし、レスター・シティのブレンダン・ロジャースにも助言を求めた。さらにはNBAのコーチング・メソッドを学びフットボールに応用できないか、現地のヘッドコーチとやり取りを交わす。そして、休暇中には数えきれないほどのゲームを観戦し、研究を重ねた。


基本システムは4-3-3を得意とし、若い選手も堂々とチームに組み込む。そして、自身がそうだったように、セントラル・ミッドフィルダーは重要な役目を担う。攻撃ではボールに多く触り、ストライカーやウインガーとリズムを作る。守備では果敢に相手ボールホルダーへプレスを仕掛け、相手にパスを繋ぐ猶予を許さない。

前任者のラファエル・ベニテスがプレシーズンで「コンパクト‼︎」と連呼する姿は印象的だったが、ランパードの場合、フィンチ・ファームで同様に繰り返されるのは「ボールを楽しめ‼︎というフレーズだ。

そのメッセージは初戦のブレントフォード戦で早くも効果を発揮した。中盤で舵を取るアンドレ・ゴメスは''マエストロ''たる愛称を思い出させ、ゲームメイカーとしての才能を取り戻す。相棒のアランは得意のリカバリーでトランジションを掴み、勇敢にボールを運ぶチームをサポートしていた。

ブレントフォード戦のホームフォーメーション

新たな船出のシステムは3-4-3(3-4-2-1)。現チェルシー監督、トーマス・トゥヘルとCLを勝ち取ったジョー・エドワーズがアシスタント・マネージャーに就任した。ランパードをバックアップする心強い存在だ。

つい最近まで、エヴァートンは臆病だったのだと改めて実感する。守備では自陣へ引いて、相手にペースを譲っていた姿と異なり、新生エヴァートンは積極的なプレッシングでネガティブ・トランジションのリードタイムを縮めていく。

また、これまでワイドアタッカーとして単独突破の強みを優先させていたデマライ・グレイとアンソニー・ゴードンは互いに近い距離を保ち、大外レーンからハーフレーン、そして中央を横断しながら相手の守備網を潜り抜け、緩まったライン間を制圧した。彼らが内側でシャドーとして振る舞うことで、大きく幅を取るウイングバック、ヴィタリー・ミコレンコとシェイマス・コールマンの上下動を活発にした。これは、ランパードがチェルシー監督時代にも用いた戦術だ。


ブレントフォード戦でのビルドアップシーン

3-2-5でのビルドアップ。トニーとカノスによる前線からのプレスがほとんどなく、ゴメスはプレッシャーの弱い環境下で伸び伸びとプレーできた。ブレントフォードは自陣でのブロック形成を優先し、グレイやゴードン、または大外にボールが入ることでプレスのスイッチを入れた。


3枚で形成したディフェンス陣は同じラインでのパス交換を控えめに、ゴメスとアランへの縦パスにプライオリティを置き、ギャップが生まれればライン間のグレイとゴードンへ楔を打った。一方、ネガティブ・トランジションではボールサイドと逆のWBがDFラインに入り4バックに、リトリートのシーンでは両WBが下がり5バックで対応した。復調したベン・ゴドフリーの負傷は大きな痛手だが…。

今季、ベニテスがチームのスタイルを頑なに変えなかった期間を忘れさせるかのような変貌だった。最も、ブレントフォードの出来も良くなかったのだが。
それでも、チームはたった4日間で変わることができる、と教えてくれたのは間違いない。


「魔法の杖はない」

しかし、アウェイで迎えたプレミアリーグ初戦のニューカッスル。エヴァートンは早速大きな課題と対峙する。セント・ジェームズ・パークの圧力に押され、理想的なポゼッションスタイルは、至る所で芽を摘まれることとなる。

ニューカッスル戦のホームフォーメーション

エヴァートンは前回と同じ3-4-3を採用した。


エディ・ハウ率いるニューカッスルは、ブレントフォードのトーマス・フランクとは異なり、大胆かつ果敢なプレスでゴメスとアランを潰しにかかった。昨季、スティーブ・ブルースの荒々しいフットボールに苦しめられたエヴァートンは、アップデートしたハウにも先手を取られていた。こちらがボールを運ぶための出入り口を封鎖したのである。
加えて、即席対応で左ウイングバックを担当することになってしまったのはアンドロス・タウンゼント。純正のレフトバックが不足する中、練度の低い選択となり、不慣れな状況が足を引っ張る形になってしまった。左サイドからのビルドアップは呼吸すらできていなかった。

ニューカッスル戦のパスネットワーク The Athleticより
ニューカッスルとの試合中、エヴァトニアンフォロワー様のTomokiさんより鋭いご指摘をいただいた。
@0727tomoki21 さんのツイートより

アクシデントでミナと代わったブランスウェイトは、急遽左のCBを務めたが試合のペースに入れず。グレイの負傷でシャドーに入ったデレ・アリはボールロストを繰り返し、起点を作れずに相手に狙われるポイントとなっていた。逆転弾を受けたシーンでは、デレのボールロストを始まりに、タウンゼントはポジティブ・トランジションに備えて高い位置に出てしまった。フォローに寄せていたアランやゴメスが振り切られ、逆サイドのネガティブなオープンスペースに展開された後、ゴール前に畳み掛けられたことが被弾に繋がった。

ブレントフォード戦で披露したスムーズな守備への移行は、時間の経過とともに焦りが相乗し、徐々に霞んでしまった。アラン・サン=マンクシマンに蹂躙された光景は、ベン・ゴドフリーの不在を悔やんだ。

ニューカッスル戦のビルドアップ

ウィロック、ジョエリントンがゴメスとアランをチェック、アンカーのシェルヴェイは自分の持ち場を捨ててまでも激しいプレスを敢行。最終ラインと相手の最前線は数的同数。ウッドがボールホルダーへストレスを与える。エヴァートンは自陣の深い位置へ押し込まれ、ピックフォードのロングキックに逃げる場面が散見された。

ニューカッスルが1月の下旬からゲームをこなしていないことで、相対する自軍メンバーのフレッシュネスに差があることも問題として浮かび上がった。ランパードと新スタッフ陣が、ホームで掴み取った高揚感を維持したいとする意志は受け取れたが、彼らの掲げるアグレッシブなフットボールを支えるには、幾らかエネルギー的にも不十分だったことが理解できる。そうした意味で、このゲームでのメンバー選考は疑問が生じた。


前線でボールを運べるグレイが負傷し、毎シーズン怪我と隣り合わせのイェリー・ミナがピッチで座り込んだ時、その光景と負荷の大きさは短期間で複数試合をこなすこと、新チームがチャレンジする大きな方向転換の代償を目の当たりにした。理想と現実はアンバランスな天秤を連想し、「チームの成長」と「リーグ残留」という重要なバランスが求められている。

ニューカッスル戦での敗北は、残留争いの真っ只中にいることを再認識させられた。そして、アウェイゲームの難しさを改めて痛感し、ランパードの理念が追求するポゼッション型のスタイルは生き残る術として正しいのかどうか、不安な気持ちを抱くことになった。

「私は、このクラブが今日のような結果を残しているときに入ってきたので、チームの自信の無さを体感しています」

「だからこそ、それを変えるのが私の仕事。でも、これがプレミアリーグだから…魔法の杖があるわけじゃない」

フランク・ランパード
ニューカッスル戦の後、Skyspotsのインタビューにて

改善と調和

ニューカッスル戦で再び地を見たエヴァートンだが、この状況で迎えた3戦目の相手がリーズ・ユナイテッドだったことは、運が良かったかもしれない。マンマークでプレッシャーをかけ、ハードワークで圧力を促すビエルサ・スタイルに対することは前節をどう捉えたか、反省を生かす為に十分な機会だった。

リーズ戦のホームフォーメーション

前回までの2試合とは違い、4-4-2の形を選んだ。

前線には今季2度の怪我で離脱したドミニク・カルヴァート=ルウィンが復帰。中盤には前節離脱したグレイに代わってアフリカ・ネーションズカップから戻ったアレックス・イウォビが先発に。アブドゥライェ・ドゥクレが3月まで戦線離脱予定で、トム・デイビスも怪我で登録メンバーから外れ、ファビアン・デルフも依然不在。新加入のドニー・ファン・デ・ベークがスターティング・メンバーに名を連ねた。
ブレントフォード戦で負傷したゴドフリー、ニューカッスル戦で再負傷したミナが起用できないことでホルゲイトとキーンがバックラインを務め、ミコレンコの代役にはジョンジョ・ケニーがレフトバックに抜擢された。

開始すぐからエンジンを噴かす。
コールマンの劇的な先制点が生まれるまでの約10分間、エヴァートンは目を見張る流動性を見せた。待ち望んだ攻撃における3人目の関与だ。

リーズ戦のビルドアップ

4-4-2のベーシックな形から、攻撃時は自在にポジションを移す。ランパードはチェルシー時代にも4-2-2-2のシステムを採用してハーゼンヒュットル風と評価された。

ラインの底でボールを持つエヴァートンは、これまでの2試合でダブル・ピボットのゴメス、アランを経由してボールを運んだが、ニューカッスル戦の失敗を踏まえ、この試合では異なるパターンが増えた。

ひとつはルウィンの復帰で前線に明確なターゲットが生まれたこと。ロングパスに定評のあるホルゲイトは、ルウィンもしくはリシャーリソンへフィード送るなど、中盤を経由させずにボールを飛ばす。ウイングのイウォビは大外からハーフレーン、中央へ移り相手を引きつけながらもルウィンのポストプレイをサポート。大外に空いたレーンではコールマンが高い位置へ侵攻し、ルウィンの選択肢を増やす。

左サイドも同様に、ゴードンがオフ・ザ・ボールで特徴的なスペースメイク。大外から相手のマンマークを利用してレーンを横断する。空いたスペースにはリシャーリソンが前線からワイドへ流れパスを受ける。ボールを受けるとレイオフを通してゴードンやファン・デ・ベークが前向きでボールを持てる体制を作り出していた。相手がマンマークで追尾する環境を利用した戦い方に見えた。

ディフェンス陣はラインを高めに設定し、守備面ではゴードンとイウォビが中央もサポート。ゲームを通して、ビルドアップでもネガティブ・トランジションでもポジションチェンジを施しながら的確にボールリカバリーを実践していた。

攻撃で中盤の選手が前を向けることで、仮に相手にボールを拾われても、背走することなく守備アプローチを行うことができ、相手にパスを繋ぐペースを与えなかった。ゴードンとイウォビは守備時に4-4-2を形成しつつ、ミドルサードでは適宜中央もサポート。ポジティブ・トランジションでケニーとコールマンが前進できるスペースを作り出した。この作用で、ボールを奪回して一旦ホルゲイトやキーンに下げてから、大外へのオープンスペースへ展開する経路が生まれた。

このゲームでは出場したすべての選手が見事なパフォーマンスを発揮したが、ポジション争いの当落線上にいたイウォビとケニーの活躍は明るく、今後に期待したいポイントだ。

トランジションでの振る舞いを懸念していたイウォビへの心配は杞憂に終わった。ドリブルでボールを運び、効果的なドライブを連発。守備ではタイトに多くのボールを拾った。5本のキーパス、ボールリカバリーとタックル重ね、自軍のポゼッションをキープした。

ケニーは本職と異なるレフトバックでの出場だが、同サイドのゴードンとスカウス・コンビを結成して相性抜群。ゴードンのスペースメイクでケニーはオーバラップで好機を度々演出。守備では散々苦しめられたラフィーニャと相対するも、むやみに飛び込まず、2人でコースを切りながら丁寧に対応した。

ゴードンがインサイドハーフ化する事で、チームの中心になっていたことは誰の目にも明らかだったが、さらに驚かされたのはファン・デ・ベークだ。 90分の間、才能の片鱗を見せつけた。
下記はOptaデータによるボールリカバリー上位選手のリストだ。上部がニューカッスル戦、下部がリーズ戦のランキング。

ニューカッスル戦のボールリカバリー数、上位の一覧。
Stats Zone / Opta Data より
リーズ戦のボールリカバリー数、上位の一覧。
Stats Zone / Opta Data より

これまでのエヴァートンにおいて、トランジションの中心だったのはドゥクレとアランで、前者を欠いたことでアランへの負担は増大していた。
ニューカッスル戦ではアランが図抜けてその回数を記録しているのに対し、リーズ戦ではファン・デ・ベークが10回で両チームトップの成績を残した。アランは6回に留まっている。

ファン・デ・ベークが特徴的だったのは、ボールを拾ってからの正確かつ効果的なパスと、球際へ激しく寄せる守備強度だ。
タックル回数6回、成功数は4回でいずれもチームトップ。ブレントフォード戦で躍動したゴメスは、相手のプレスが弱く、ポゼッションも優位な中でパス回数を量産したが、ファン・デ・ベークはリーズとの激しいバトルの中でも40本中35本を成功させた。成功率は87.5%だった。

ファン・デ・ベークのパスマップ
Stats Zone / Opta Data より

彼に限らず、多くの選手がトランジションを回復させ、攻撃に手早く転じることができた。4-4のロウブロックで相手の反応を待っていたのではなく、果敢に前線からポゼッションを図ろうと挑んだからこそ、リーズに主導権を握らせなかった。前掲のイウォビはもちろん、2点目、キーンが決めたヘディングゴールもCKへ持ち込んだのはリシャーリソンによるもの。労を惜しまない守備姿勢が光った。彼の調子が上向き、エースとしての風格を取り戻していることも心強い。

低い位置から組み立てられなければ、高い位置でボールを掴めばいい。そして、前線が流動的にポジションを入れ替え、中盤の選手が多くボールに触れることで自分達のペースを掴んだのだ。

リヴァプール・エコーによると、3-0の勝利でエヴァートンはアタッキングサード内で76回のプレッシングを行った。この76回という数字は、ベニテスもとで行われたどの試合よりも多い。また、カルロ・アンチェロッティ時代のプレミアリーグのどの試合よりも多い。

加えて、2021年2月以来、初めてハーフタイム前に2得点した。また、プレミアリーグの試合で2013年以来初めて、20本以上のシュートと10本以上の枠内シュートを記録した。

リーズはパトリック・バンフォードやカルヴァン・フィリップスを欠き、スチュアート・ダラスか負傷退場。代表戻りのラフィーニャが不調だったことも勝因として数えられるかもしれない。

ニューカッスル戦での経験を即座に実践し、チームに自信を取り戻させたランパード。ひとつの戦法に拘るのではなく、柔軟性を以って理念を貫いた。この勝利は残留争いの厳しさに直面し、不安を抱いたファンを少なからず安堵させた筈だ。再びいるべき場所へ戻るため、その新たなスタートに私たちは既に心を掴まれている。

課題

と、ここまでは何やらランパード信者かのように褒め称えてきたが、監督が交代して消化した試合はたったの3つ。リーズ戦終了時、この記事を書き上げた時点でのリーグ順位は16位と、予断を許さない状況である。既に残り半分を切った21-22シーズン。必要な勝ち星を得られないままだと、ラスト数試合には上位勢との厳しいカードも待ち受けている。懸念される、新生ランパード・エヴァートンの課題にも少しだけ触れておこう。

プレー強度×怪我

まず、絶えず向き合わなければならないのが、負傷者の続出と、いつ新たな離脱者が増えてもおかしくないことだ。ランパードが就任してから、ゴドフリー、グレイ、ミナ、ミコレンコの4名が戦線離脱した。
デルフは未だコンディションが整うまで数週間の離脱を余儀なくされ、デイビスは懸命にリハビリを続けている。ドゥクレは3月の復帰が予定され、トップフォームを期待できるのはずいぶん先の話だ。
ランパードが試みているアグレッシブなスタイルは選手への負荷も大きい。特に中盤の選手は顕著である。
チェルシー時代には核だったエンゴロ・カンテが負傷し、一気に守備強度が落ちた経験があり、昨季2度ハムストリングを痛めたアランがいつ怪我をしてもおかしくない。

劣勢×采配

ゲームを支配できなかった時、90分間の中でどのような采配、改善を行えるかは未知数である。
ブレントフォード、リーズを相手に勝利できたのは試合開始から主導権を握り、手放さなかったことにある。
20-21シーズン、チェルシーを率いて首位に立つなど序盤は好調だったが、冬に差し掛かりランパードのフットボールには疑問の声が投げかけられた。
また、アントニオ・リュディガー、マルコス・アロンソ、セサル・アスピリクエタらを主力から除外して波紋を呼んだ過去もある。采配面で、今後どのような見極めを行うかも要観察だ。

そしてチェルシー時代の晩期には、主に守備面での指摘が目立ち、同じポゼッション型、あるいはハイプレス型のチームに対し、劣勢を強いられた。残る2月のサウサンプトン戦、マン・シティ戦は鬼門だ。

新戦力×再起

トップチームは、冬に5名の新戦力を手に入れた。
特に鍵になるのはファン・デ・ベークとデレ・アリの存在だと考えている。
チェルシー時代には19-20シーズンにエデン・アザールの移籍と、補強禁止処分の憂き目に遭ったが、翌年は約200億円の大補強を行った。現在は欠かせない戦力になっているエドゥアール・メンディーや、ベン・チルウェルは即座にフィットしたが、目玉のティモ・ヴェルナーやカイ・ハヴァーツは最後まで活かすことができなかった。

前線での連携と、本来ヴェルナーが得意とするスペースやエリアがハヴァーツと上手く共有出来なかったり、メイソン・マウントらと攻撃エリアが被るなど最適解を見出せないことが解任に至る要因の一つとして挙げられる。

既にポジティブな印象を残すファン・デ・ベークは頼もしい限りだが、デレ・アリのフィットにはまだ時間がかかりそうだ。リシャーリソンとの連携は立ち位置や使いたいスペースが似ているなど共存には課題を残す。
両者ともに、前所属チームで上手く行かなかったことが共通点として浮かび、特に後者の場合は本人の本能的な熱量と、チームスタイルが結びつくのに苦労を伴いそうだ。リーズ戦では華麗なアーリークロスをサロモン・ロンドンへ提供したが、本来の魅力はボックス内での役割にある。
そして、この2人が活躍できるか否かは、ランパード自身の監督としての再起にも繋がってくる。
まだ、3試合。されど、素早いフィットと明確な結果が必要とされている。残留争いを勝ち抜くキーマンだ、様子を見ていこう。

さいごに

''Enjoy the ball.''
「ボールを楽しめ」というランパードの声と、チームの置かれた現状、試合を攻撃的に支配したい意志。しかし、確実に勝ち点をもぎ取らなければならない「バランス」が求められる。
私たちもゲームひとつひとつに楽しみを感じたい中、降格しないための方程式を欲しているのも事実だ。しかし、恐竜監督たちのような術は求めていない。贅沢な話だ。
「魔法の杖はない」と冷静に答える指揮官は、
代わりに剣を磨き、盾を構え、プレミアリーグという常に隣り合わせの逆境や苦境を乗り越える覚悟でいる。

この3試合で分かったこと。
今、ホーム・グディソンパークには心強いサポーターがいる。カルロ・アンチェロッティ時代には物理的に存在せず、ベニテス時代にも根本的な意味で不在だったかけがえのないサポーターだ。そして、マルコ・シウヴァには無かった優秀で実績のある、経験豊富なコーチ陣が揃っている。戦術家とは言えない、若き挑戦的な指揮官を後ろから支えている。セットプレー、戦術、フィットネス、スピリット…。
そして何より、残留をかけて残留請負人や恐竜監督たる時代錯誤の''名将"を呼んだのではなく、再起と野心を胸に挑戦的に立ち向かう監督がいるということ。

チームは才能溢れる選手たちが絶えず気を吐く。
誰もが本来のパフォーマンスを発揮したいと願っている。
立つべき場所、いるべきポジションへの距離感を掴むにはまだ道のりは遠い気がするが、本当のスタートは始まったばかり。

逞しい''スロースターター''のエヴァートンが帰ってきた。

我々の逆襲はこれからだ。

2022年2月 
月刊NSNO Vol.8
「Enjoy the ball.」


参考資料

気に入ってくださり、サポートしてくださる方、ありがとうございます。 今後の執筆活動や、エヴァートンをより理解するための知識習得につなげていきたいと思います。