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「3度目の正直を」月刊NSNO Vol.9/ ケビン・セルウェル特集 エヴァートンFC ブログ

2022年3月 
月刊NSNO Vol.9
「3度目の正直を」

新Dofケビン・セルウェル特集号


はじめに

1か月前のリーズ戦に勝利してから、エヴァートンは上昇気流に乗れず4連敗を喫していた。気づけば降格圏と同ポイント。そんな中で迎えた延期分第20節のニューカッスル戦。3月最後のリーグ戦は是が非でも勝利が欲しかった試合。

選手、スタッフ、グディソン・パークへ駆けつけたサポーターは劣勢に立たされても諦めなかった。試合終盤、アレックス・イウォビの劇的ゴールで勝利をもぎ取った。

4試合も無得点が続いたエヴァートン。重い扉をこじ開けたのはランパードが来るまでベンチを温める機会の多かったイウォビだった。
(H)ニューカッスル戦、終盤の劇的ゴールに歓喜するランパードとベンチへ下がったリシャーリソン。貴重な勝ち点3を得るも、残留争いは熾烈を極める。


しかし、この大きな1勝を得てもリーグ戦においては予断を許さない状況が続く。

▽▼▽▼

今季のエヴァートンを振り返ると内外問わず悲惨なものばかり。これほど数多くの要素が重なってしまうのは、欧州全土のフットボールクラブを見回してもなかなか見当たらないのではないだろうか。

しかし、掌からこぼれ落ちていく雫のように、失ったものばかりに目を向けてもキリがない。降格圏と隣り合わせのチームを応援するには、次に湧き出るかもしれない「源泉」を注視する方が私にとっては些か健全だ。それは現実から目を背ける行為かもしれない。

昨年12月より不在となっていた、フットボール・ダイレクターの椅子がようやく埋まった。極めて重要な任務を請け負うことになったのは、英国人であり元ウルヴァーハンプトンのダイレクター、ケビン・セルウェルだ。

エヴァートンで実力を発揮できなかった前任のマルセル・ブランズ。絢爛な期待を浴びた初期とはうって変わり、会長のビル・ケンライト、オーナーのファルハド・モシリ、そして最終的には監督であるラファエル・ベニテスの前に力を失い、彼らの意志が優先され道半ばで辞任する形となった。

クラブはロメル・ルカクをマン・ユナイテッドに売却した2017年を最後に、大幅な赤字経営を続けている。今夏、FFP(ファイナンシャル・フェアプレー)のルールに抵触する可能性が高まり、プレミアリーグから制約を受ける中でクラブ運営と向き合っている。

更には、Covidのインパクトに留まらず、深刻さを増すロシア・ウクライナ情勢の影響を受け、エヴァートンの主要スポンサー、USM Holdings、Megafon、Yotaといったロシア関連企業との契約を全て停止した。新スタジアム、ブラムリー・ムーアの建設に黄色信号が灯り、今後の財政面において更なる打撃を受けることは間違いない。

2018年、クレムリンでの国家表彰式で握手を交わすウラジミール・プーチンとアリシェル・ウスマノフ

モシリと長年ビジネスパートナーとして共に歩んできたアリシェル・ウスマノフは、ロシア及びプーチン大統領の政策を助けたオリガルヒの1人としてリストアップされEUから制裁を受けている。アーセナル時代から築き上げたモシリとの関係性は、今回の戦争勃発を機に、断つべき繋がりとしてクラブの決断を促した。エヴァートンの取締役会に携わらずとも、多くの影響を及ぼしてきた実業家である。その後ろ盾に頼ってきた怠慢なクラブ経営が、今大きな皺寄せとなって問題を浮き彫りにする。

そして何より、クラブはプレミアリーグにおいて降格圏と僅かな差の瀬戸際にいる。これまで1度も降格した経験のない歴史あるクラブが、窮地に追い込まれているのだ。

誰が見てもわかるほど、混乱の真っ只中だ。

そのような状況下でも、セルウェルは前職のNYレッドブルズでの仕事に見切りをつけ、泥沼と化すエヴァートンを一から立て直すミッションを選択した。
果たして、我々は期待していいのか、クラブは「Director of Football」の役割を活かすことはできるのか。今号のNSNO Vol.9では彼の人物像を知るところから始めていきたい。

①ケビン・セルウェルとは何者か

今年49歳を迎えるケビン・セルウェル
(Kevin Thelwell)

セルウェルはイングランド北西部にあるチェシャー州で生まれた。若かりし頃、彼のキャリアはクルー・アレクサンドラで始まった。古くはダニー・マーフィーや、ロビー・サヴェージが所属したクラブだ。セルウェルは練習生としてアカデミーに入団。評価を高めた後、シュールズベリー・タウンのユースアカデミーへ移籍。しかし、プロとして日の目を見ることはなかった。ノンリーグでセミプロとして選手の道を選ぶが、彼はすぐに第2のキャリアを歩むことを決意した。選手ではなく監督として、或いは指導者として、その才能を培っていく。


ウェールズ時代

1998年、UEFA/FAのプロライセンスを当時25歳にして取得した。セルウェルは最年少で上級資格を獲得した数少ないコーチの1人である。そして同年、ウェールズサッカー協会でフットボール開発の担当として指導者のキャリアをスタートさせた。

1996〜98年、エヴァートンに在籍し、引退後はウェールズ代表監督も務めた故ガリー・スピードはセルウェルの指導を受けた監督の1人だ。ウェールズのあらゆるカテゴリーレベルで指導者の教育に専念した。その仕事を評価され、ヘッドハンティングされる形でイングランドのプレストン・ノースエンドへ入団することになる。

セルウェルは、ウェールズのサッカー協会を2005年に退社したが、彼が在籍時に構築したコーチング・プログラムは10年代以降となる今でも優れた評価を受けている。現在、監督・指導者の道を進むミケル・アルテタ、パトリック・ヴィエラ、ティエリ・アンリなど、国内外問わず次世代のリーダーたちも彼のメソッドを学んでいる。

プレストン&ダービー時代

ウェールズ時代のセルウェルに目をつけたのは、当時プレストンを率いたスコットランド人指揮官のビリー・デイヴィス。プレストンではアカデミー・マネージャーの役職を任されたが、デイヴィスの解任と同時にチームを去ることになる。しかし、翌年に再度同じチームスタッフとしてデイヴィスから声がかかり、ダービー・カウンティへと移った。アカデミーでの仕事を担当しながら、アシスタントコーチとしても多岐にわたる役割を担った。

彼が就任してから、ダービーを上のステージへ導く貢献を果たしたが、プレミアリーグへ参戦したチームは大苦戦を強いられた。14試合でたった6ポイント。2007年、デイヴィスが解任になったのと同時にセルウェルもその立場を失った。

プレストンとダービーでは、クラブ、チームとして大きな成功を収めたとは言えないものの、ユースアカデミーとの関わりは彼の指導者としての経験値を大きく引き上げた。若者の才能を見出し、育み、背中を押す役目に意義を見出した筈だ。

ウルブス時代

セルウェルが2008年から約12年間と長く在籍したのが、ウェスト・ミッドランズのクラブ、ウルヴァーハンプトン・ワンダラーズだ。

ウルブスでのスタートはプレストンやダービーでの経験同様に、アカデミーマネージャーを担当。
やがて、その実力を買われアカデミーのリクルート部門も任された。ウルブスの発展と共に、彼は新たなポジションを築いていく。

私たちのウルブスへの印象は、2016年のクラブ買収による転換が大きいだろう。
中国の上海を拠点とするフォーサン社がウルブスを買収し、瞬く間に成長を遂げていく。豊富な資金力を武器に、立て続けに監督を入れ変え、ウルブスを躍進させることになる立役者、ヌーノ・エスピリト・サントを引き当てた。

その背景にはヌーノとの古い付き合いを持つ、敏腕代理人ジョルジュ・メンデスの背景がある。
世界的スター、クリスティアーノ・ロナウドの代理人として有名なメンデスだが、ウルブスにもたらした功績も計り知れない(エヴァートンもハメス・ロドリゲスの加入でお世話になっている)。
スカッドのポルトガル化は周知の通りで、現在所属するメンバーもその特徴を維持している。

17-18シーズン、中国資本とヌーノを手に入れたウルブスはチャンピオンシップを制した。6年ぶりのプレミア復帰を果たす。

メンデスの影響で、少なからず役目を奪われ追いやられた人間もいるが、セルウェルの場合は違った。あらゆる摩擦が想像されるが、その環境においても自分の役割と立場を揺るがさなかった。

ウルブスで過ごした最後の約3年間はスポーツ・ダイレクターとしてクラブに貢献している。
ディオゴ・ジョタ、ルベン・ネベス、ペドロ・ネトといった嘱望される才能はメンデスのクライアントながら、セルウェルは若き才能に目をつけ交渉に取り組んだ。

ラツィオでプレーしていたペドロ・ネト

一方、それとは別のエージェント下にあるアダマ・トラオレ、レアンデル・デンドンケル、コナ・コーディなど、近年まで主軸として、あるいは現在も中枢をなす選手を抜擢したのもセルウェルの貢献が大きいとされる。

また、ウルブスに就任する以前からセルウェルは3バックの提唱者としても知られていた。ユースサッカー向けのものを含め、いくつかの指導マニュアルを出版。その代表作が『Coaching The European 3-5-2』という3バックに関する専門書だ。

Amazonで売ってます。絶妙な表紙…

現在、トッテナムを率いるアントニオ・コンテがチェルシー時代に採用した3バックを機に、プレミアリーグでもそのシステムを用いるクラブが増えた印象だが、ウルブスもプレミアリーグにおいてその系譜にあたる戦術をもつ。

ランパードがエヴァートンに就任して以降、そしてセルウェルが到着した後も3バックを複数回取り入れているが、今後指揮官をサポートする知識を与えてくれるかもしれない。

一方で、2020年に加入したMLSのNYレッドブルズでは、その哲学を押し付けるわけではなく、あくまでも「レッドブル」のアイデンティティに拘っていたことはプラスの材料として捉えたい。それはピッチ上のシステムやフォーメーションにも表れているが、次項ではレッドブル・グループの別の特徴からセルウェルの功績を覗いてみる。

NYレッドブルズ時代

ここまでのキャリアで、多くの若手と関わってきたことは、セルウェルにとって大きな自信として培われてきた。

現在、エヴァートンと僅差で残留争いに巻き込まれるリーズ・ユナイテッドには、マルセロ・ビエルサの後任としてジェシー・マーシュがプレミアリーグに参戦している。彼は2015年から2018年までNYレッドブルズの監督を務め、最終年にはイースタン・カンファレンスを制する活躍を見せた。その翌年、RBライプツィヒの指揮官に抜擢されている。

 NY時代のマーシュ監督
長きに渡ってチームを支えたベテランで、元マン・シティユースのブラッドリーは NYレッドブルズのレジェンドだ。イアン・ライトの息子として知られ、S・ライト=フィリップスは義理の弟だ。

言わば、セルウェルが就任したのは優勝後の過渡期を迎えたチームだった。優勝時にチームを牽引した主要なベテランたちはピークを過ぎ、クラブの賃金体制を圧迫していた。新たな戦略を必要としたいNYレッドブルズにとって、若手の開発を重視するセルウェルの実績と特徴はピッタリの人材だった。

「若い選手が私たちのフットボールクラブの一部であることは間違いないと思います。若い選手が年齢に関係なくプレーできる機会を作ることは、さまざまな理由から非常に重要です。私たちのサッカークラブ、そしてレッドブル・グループのアイデンティティは、若い選手の育成を中心に据えています。間違いなく、そのチャンスはこれからも続いていくでしょう」
-ケビン・セルウェル-
NYレッドブルズ公式HPより

セルウェルは、若い選手には競争的な環境が必要であり、トップチームでの出場時間がそれを解決する手段として述べている。

「若手選手に関する研究では、19歳までに競争的な環境でトップとしてプレーしていなければ、おそらく選手自身が望むレベルまで到達できないだろう、と言われています。ですから、選手たちをプロフェッショナルな環境に置き、そこで多くの時間を過ごし、経験を積み、成長する機会を与えることが非常に重要なのです
-ケビン・セルウェル-
NYレッドブルズ公式HPより

レッドブル・グループの特徴には様々な点が挙げられるが、ひとつとして若手選手の重要性がある。これまでも多くの未来ある選手が生まれ、欧州主要リーグへ広く羽ばたいている。それは監督も同様だ。

参考までに21-22シーズンにおけるレッドブル・グループの主要チームにおけるトップスカッドの平均年齢を確認しておきたい(画像はtransfermarktより引用)。

・RBライプツィヒ(ドイツ) / 24.27歳

RBライプツィヒ/21-22シーズン平均年齢

・RBザルツブルク(オーストリア) / 22.55歳

RBザルツブルク/21-22シーズン平均年齢

・NYレッドブルズ(アメリカ) / 22.29歳

NYレッドブルズ/21-22シーズン平均年齢

各チームの平均年齢を比較すると、NYレッドブルズは最も平均年齢が低い。リーグ環境が異なるとはいえ、選手のコストも非常に抑えられていることが想像できる。セルウェル就任前はこの3チームで平均年齢は1番上だったが、セルウェルは就任当初に五か年のクラブ戦略を打ち立て、多くのメンバーを入れ替えた。
限られた予算の中で仕事を任され、ザルツブルクやライプツィヒで使えるような資金はなかった。2020シーズンは6位、2021年は7位という結果に終わったが、昨季進出したプレーオフの出場者は、MLSで最年少のメンバーとなったのである。
現在、セルウェルを失い、今季始まったばかりのNYレッドブルズとMLSだが、3戦で2勝と好調な滑り出しを見せている。

ちなみに今季のエヴァートンのトップチームにおける平均年齢は27.10歳である。


②なぜ、エヴァートンを選んだのか

「エヴァートンで働けることは、私にとって大きな誇りであり、名誉ある特権です。今からスタートすることが待ちきれません」 
-ケビン・セルウェル-
エヴァートン公式YouTubeより

エヴァートン公式から発信されたセルウェルのインタビューでは、意欲を燃やし前向きに取り組む姿勢を感じさせてくれた。

カルロ・アンチェロッティがチームを離れたタイミングで、アカデミーの仕事に携わっていたOBのティム・ケーヒルもエヴァートンを去っていたが、セルウェルの就任にあたり再び名前を聞くことになった。ケーヒルはNYレッドブルズに所属した経緯があり、セルウェルと共に働いた訳ではないが、彼の推薦が大きな役割を果たしたという。

ケーヒルはベルギーのKACオイペンの取締役を務め、カタールのアスパイア・アカデミーではチーフ・スポーツ・オフィサーという役職も担っている。今夏のハメス・ロドリゲスのカタール移籍を助けたことでも話題になった。ランパード就任前にも彼が動いていることが噂になったが、今回の人事でそれが明らかになった。

さらに驚かされたことがある。インタビュー動画で発言されたことは、よくあるテンプレートに沿った言葉だと捉えていたが、どうやらその熱意は本物ようだ。

セルウェルの家系は熱烈なエヴァトニアンで構成され、幼少期に初めてスタジアムで観戦したのはグディソン・パークだったというのだ。幼い頃からクラブに触れ、彼にとってエヴァートンというクラブは大きな存在として心にあった。これは現地のみならず、極東の私たちにとっても明るく心強い要素ではないだろうか。

NYレッドブルズは、あくまでもセルウェルを失いたくない、という姿勢を見せた。しかし本人は道半ばの状況でもその関係を絶ってまで、危うく、混乱に包まれたエヴァートンを選んだのである。

最初の面接を担当したCEOのデニス・バレット=バクセンデールは彼の人間性に惚れ込んだと報道されるが、立派な経歴のみならず、前掲のエピソードは採用するに十分すぎる資質だっただろう。



③エヴァートンでの役割と
直面する課題

このようなポジティブに見える人事だが、決して簡単な仕事ではなく、セルウェルが請け負う任務は非常に多くの困難が待ち受ける。

ブランズが退任した経緯を見ればそれは明らかで、エバトニアンが素直に期待を寄せることができないのもまた事実である。

ここで、彼に待ち受ける直近の課題と仕事について見てみよう。現地地元紙リヴァプール・エコーの見解を参考にしつつ、私の意見を交えたい。

・ランパードとの意思疎通

来季、ランパードは生き残っているか
「各部門でのヒエラルキーにおいて考えが一致し足並みを揃えている限り、クラブや私にとって、それはとても良いことだ」
-フランク・ランパード-
セルウェル就任1週間前の記者会見にて

大前提として、まず求められるのはプレミアリーグでの残留だ。

ランパードが就任したのは冬の移籍市場が閉まる直前のことだった。エヴァートンが冬に獲得した選手は5名いるが、彼が欲しがったのはマン・ユナイテッドで居場所を確保できなかったドニー・ファン・デ・ベーク。ただし、初めから欲しがった訳ではない。既にブランズとクラブがリストアップした候補から選んだに過ぎなかった。実際のところ、それ以外の4名には異なる思惑が含まれている。

ヴィタリー・ミコレンコとネイサン・パターソンは元々ブランズのチームがリストアップしたと報じられているが、ミコレンコはウスマノフとディナモ・キエフのオーナーによる友好的な繋がりを利用したもの。ベニテスが2人を「積極的に前へ出て、クロスを上げること好む選手」として将来の可能性も含めて獲得したと発言しているが、その光景を見るには相応の時間がかかりそうだ。

アンワル・エル・ガジのローンは、モシリが鶴の一声を発して決まった補強である。そこにはお抱えの曲者、非公式代理人であるキア・ジューラブシャンのビジネスが関わっている。

未だスタメン出場の無いデレ・アリ

トッテナムから獲得したデレ・アリは冬のトップターゲットとしてクラブの意図が濃く、本当に必要な補強だったかどうか疑問符がつく。ポテンシャルは皆が知るだけに、彼の再生に期待を寄せているファンもいるはずだ。しかし、現状ではピッチ内での相棒(ハリー・ケインのような)や、運命的な監督と出会わなければ、彼の本能的な魅力と一番の問題であるモチベーションを引き上げるのは難しいだろう。

冬の移籍市場は、降格圏から一刻も早く離れたいシーズンの後半戦に向けて、極めて重要なステージだった。彼らがカンフル剤となる即戦力だったかどうか、1ヶ月以上たった今、失敗の色が濃さを増している。

ランパードがこの期間に補強戦略にほとんど関わらなかったことは気の毒な話だ。セルウェル就任の1週間ほど前、記者会見にてグディソン・パークでDoFと一緒に仕事をする見通しについて問われた。

「私とスポーツ・ダイレクターの関係は、お互いの役割を理解し、クラブのために協力し合うことが重要な鍵となるだろう。私にとって重要なのはコミュニケーションだ」
-フランク・ランパード-
プレスカンファレンスにて

一方で、セルウェルも以下のように述べる。

「1番は重要なのは、もちろん適切なスキルを持った''選手''を獲得することだが、適切な''人材''を獲得することでもある。フランクが成し遂げたいこと、そしてクラブが成し遂げたいことにフィットするような人をね」

-ケビン・セルウェル-
evertontvのインタビューにて

既に2人の間ではコミュニケーションの場を設けており、短期でのミッションが待ち受ける。

・ホームグロウンのNEXTスターを

目覚ましい成長を遂げるゴードン

来季、エヴァートンがどのステージを戦場としているかは未確定だが、アンソニー・ゴードンがここまで示した価値は大きい。多くのアカデミー・プレイヤーの指針となり、今後の目標として士気を高めただろう。効果的なローンを適用し、セルウェルの熱視線に応える活躍を期待したい。

そして、ゴードンが欠かせない選手として活躍する姿は、若手への熱量を注ぐセルウェルにとって助けとなる要素だろう。

アカデミーのマネージャーを務めるデイビット・アンスワース、その他のスタッフと密な連携が期待される。

・迫る契約交渉

リーズ戦で見せたクライフ・ターンは鮮烈だった

執筆の3月中旬時点で今季契約切れの選手は、ジョンジョ・ケニー、ファビアン・デルフ、アスミール・ベゴビッチ、アンディ・ロナーガン、シェンク・トスン、ギルフィ・シグルズソンの6名だ。

いずれの選手も、このまま行くとフリーでの放出が濃厚。GKのベゴビッチのみが1年の契約延長オプションを備えている。

ランパードの采配、リュカ・ディニュの放出により一定の成果を見せているケニーの去就に注目が集まる。FFPのルールと向き合う中ではいずれも移籍金による利益は見込めないが、彼らとの交渉は少なからず賃金体制の負担を和らげる側面も含まれる。

・空席のままとなった役職

前DoFと同時に去ったグレタル・ステインソン、ダン・パーディはリクルートとスカウト部門の幹部だった。恐らく、セルウェルが信頼を置くスタッフがいるはずだが、まだ公式な情報は入っていない。若手選手の開発、今後予想されるMLSの市場を偵察するなど、自クラブのアカデミー同様に連携が求められるポジションだ。

・制約を活かす

エヴァートンは、プレミアリーグが規定とする3年間での損失額、1億5千万ポンドを優に超えていることで来夏の移籍市場でも制限を受けることは確実だ。Covidの影響により、対象期間が1年拡大されたとはいえ、高額な所属選手の放出がない限り満足な動きはできないだろう。
また、新たなスポンサーが見つかるか、これまで以上のサポートを受けられるかは不確定である。

今夏、複数人の選手を獲得したものの、移籍金が発生したのはデマライ・グレイの170万ポンドのみ。それでも一定の効果が現れた通り、少ない資金でチームの底上げができるか、新DoFの腕前を拝見する機会でもある。

・意義を唱える力強さを

ブランズは、エヴァートンを離れた直後「ビジョンの明確な違い」によって離れることになった、と退任の理由を明らかにしている。

どれだけ優秀な開発力、交渉力、先見の明を持っていても、その実力を発揮する場が無ければ宝の持ち腐れであり、DoFという役割を無駄にしてしまうのは我々が身をもって体験していることだ。

前項でも触れたが、モシリは厄介な代理人(正確には認定された代理人ではない)ジューラブシャンと未だ繋がりを持っていると予想され、ケンライトも自らの欲望を持ってコネクションを押し付けてくる可能性もある。

異なる意見を持つことは、多角的な視野に繋がるかもしれないが、エヴァートンでは機能しないことは自明的。クラブはDoFのポジションを維持すると決めたなら、ただでさえ制約によって狭められた行動力を阻害してはならない。そして、セルウェル自身も監督とのコミュニケーションを十分にとった上で、自らの方針を強く貫いてほしい。

既に、夏に向けた水面化での動きは始まっている。

さいごに

グウラディス・ストリートに掲げられた、エヴァートンのモットーと、ウクライナ/ミコレンコのバナー(マン・シティ戦)


私はエヴァートンに関する記事を執筆し始め、カルロ・アンチェロッティ、ラファエル・ベニテスについての特集を綴った。残念ながらその労力が報われることはなかったが、あの頃と同じ熱量で、今回のセルウェルについても臨むことにした。"3度目の正直"を求めている。


エヴァートンは2016年、初めて「Director of Football」という役職を設けた。現オーナーのモシリが登場し、豊富な資金力を武器に大型補強を次々に行った。現在はアメリカに舞台を移しているスティーブ・ウォルシュ、古巣PSVへ戻ったマルセル・ブランズ、2人のダイレクターは任務を遂行できなかった。
その結果と愚行についてはこれまでのNSNOでもしつこく述べてきたつもりだ。
セルウェルは、私の期待、クラブの期待、どちらにとっても3度目の挑戦である。

今、もたらされるべき成果を得られずに、クラブは苦境の中で喘いでいる。自ら蒔いた種が醜く成長し、己の首を絞めている始末だ。

ピンチはチャンス、とよく言ったものだが、私も同様に捉えている。新スタジアム完成前にチームを軌道に乗せること…残留できたなら明確な再建が求められ、降格ならば現スカッドの崩壊も予想できる、いずれもハードルの高い試練が待ち構えている。

今季起きてしまった出来事たち、これ以上、一体どんな悪いことがあるというのか…
そこには「降格」という2文字が頭をよぎるが、今はチームのプレミアリーグ残留を祈るのみだ。

フランク・ランパードが期待よりも低調なことが私たちの不安感に拍車をかけ、ホームであるグディソン・パークの熱が失われる光景に胸が苦しくなる次第だ。先日のニューカッスル戦では熱狂的なサポーターと共に勝利を掴んだが、残留への道のりは佳境に入ったばかり。

しかし、経験不足な指揮官だからこそ、時間をかけて成長を見守ることが私の希望だ。ミケル・アルテタのアーセナルがいい例だと思う。

これはラスト・チャンスだ。
クラブの失態と愚かな上層部の意志、行動、全てを教訓として立ち直らなければならない。
まずは、プレミアリーグのルールに乗っ取り、模範的な収益性と持続可能な未来を築き、クラブのレベルに応じた施策が求められる。

きっと失うものはまだまだある。
夢、希望、理想、一度は抱いた選手やチームへの感情と向き合う時が来た。
オーナーや会長が誰であろうと、監督が入れ替わろうと、好きな選手が離れてしまっても、そしてプレミアリーグから降格しようとも、必ず追い続ける覚悟を決める。

そこに喜びがあれば最高だ。
このようなシーズンだからこそ、1勝の重みを改めて感じることができている。
ケビン・セルウェルはそれだけ大きな任務を背負ったのだ。

彼のフットボールのスタートが誇り高きグディソン・パークだったなら、ここはきっと相応しい居場所だと願いたい。


2022年3月 
月刊NSNO Vol.9
「3度目の正直を」


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