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職人とサービス業の狭間

通訳という仕事は、磨き続ける技術を駆使していく職人業であると同時に、通訳を必要とする人の目的達成のお手伝いをするクライアントファーストのサービス業でもあります。

職人としての通訳者には、それぞれが理想とする「型」のようなものが、長年の経験と共に築かれていくのだと思います。細大漏らさず訳していくとか、ニュアンスを取り込んだ訳にするとか。はたまた、話し手の順番通りに訳出するとか、意味が伝わりやすいように敢えて文の順番を変えるとか。プロの通訳者一人ひとり、自分の経験や訓練から培ってきたスタイルや癖、こだわりがあります。

オリジナルの発言が少々言葉足らずで、そのまま訳しても伝わらなさそうだなと通訳者が感じたときにどうするか?

その答えにもそれぞれの通訳者のポリシーがあるように思います。「通訳者は無色透明であるべきだから、そのまま訳して伝わらなければ、聞き手が質問をすることでコミュニケーションが成立すべき」と考える人、「通訳者の背景知識から解釈に自信が持てたら、少々言葉を足して伝わりやすいように伝えた方がよい」と考える人。スタイルはさまざま。

鳥飼玖美子さんの著書『通訳者と戦後日米外交』(みすず書房)によると、日本の同時通訳パイオニアたちも、その点では意見やスタイルがそれぞれであったことが伺えます。

一方で、クライアントにも通訳者に対する期待があります。通訳者にはできるだけ目立たないで欲しい、話された言葉をそのまま正確に訳して欲しいというリクエストもあれば、言葉に表れない意味をくみ取ってくれて本当に助かると言ってくださることもあります。時には会話の交通整理を期待されることも。

通訳はニーズがあって初めて役に立てるお仕事。クライアントの期待や要望に応えるサービス業でもあります。時に自分の持ち味のスタイルと、クライアントから求められるスタイルが一致しないこともあるわけです。

ではどのメソッドが正解か?きっと唯一無二の答えはないのでしょう。だからこそ、現場の通訳は奥が深い。だって、「そのまま訳してくれればいいよ」とリクエストされたクライアントが、会議を終えて「一歩踏み込んで訳してくれたおかげで、会議がより円滑に進みました」とおっしゃることもあるから。特に協議や交渉の通訳は、通訳技術ももちろんですが、どんな通訳がその場に最適かを読み抜く力も試されるように思います。

自分の技を磨きながら、できるだけたくさんの引き出しを持ち、クライアントの好みによって、出すメソッドをあの手この手と変えられるのが理想かもしれない。でもそれだけじゃなくて、時にはクライアントの期待をいい意味で裏切って、まだ認識されていない通訳者が提供できる価値に気づいてもらうこともできるかもしれない。

言語力や通訳技術を磨くのはもちろんだけど、発言者の立場を察したり、思考に寄り添ったり、通訳者へのニーズをキャッチしたりするには、人間力を磨いていくことが重要なのだと改めて感じる今日この頃です。


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