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「演劇とは何か?」常に悩み、考え続けていきたい


ライフワークとしての演劇01
越谷真美さん(俳優 東京)


 企画の代表である干城城太朗さんの「その人がどう生きていて、その活動をどういうものとして捉えているのか」を知りたいというお話から、寄稿させていただいている「わたしと演劇とその周辺」。4月から今までわたし自身のことを書いてきたけれど、わたしも周りの人たちにそのことを聞いてみたいと思うように。


 演劇に携わる者にとって、稽古や鍛錬と同じくらい大切な、日常を生きるということ。
社会との接点を模索しながら、各地で地に足をつけて演劇活動をする方たちと「ライフワークとしての演劇」というテーマで3月までお話をしてゆきたいと思います。

 初回は、わたしが研修生をしていた劇団山の手事情社(東京都大田区)の先輩で俳優の越谷真美さん。10歳の娘さんを育てながら、「演劇ジム」というワークショップやカフェでの一人芝居の企画など、アウトリーチ活動にも積極的に取り組み、力を注いでいます。
(以下敬称略)


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舞台に立ちたいという気持ちだけはあった

米谷 真美さんが、演劇を始めたきっかけは何でしたか?

越谷 子どもの頃からクラシックバレエが大好きで、大学に入るまでずっとやっていたんですよ。だけど、プロを目指す才能のある友だちと比べて「自分はプロにはなれない」と思い、つらい気持ちになって。今思えば、好きだったら続ければよかったんだけど。バレエをやめて、心にぽっかり穴が空いちゃったんです。
大学では、映画研究会に入って楽しかったけど、それでは空白は埋まらず。そうしたら、3年生の時に友だちが「知り合いが社会人劇団をやってるけど来てみる?」って。参加したら、めちゃくちゃ楽しくて。
4年生になっても「自分はどこへ向かえばいいんだろう?」と就職活動が手に付かず。舞台に立ちたいという気持ちだけはあったので、卒業してバイトをしながら舞台芸術学院の夜間に1年通いました。
その翌年に、山の手事情社のワークショップと出会って。もとは映像の俳優さんに憧れていたので、その修行のための舞台と考えていたけど、山の手事情社のお芝居を観て「演劇ってすごいな」と思ったのが、本格的に取り組むようになったきっかけですね。


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「演劇のことぜんぜん分からないけど、大丈夫?」森に迷いこんだように来てくれる

米谷 真美さんが山の手事情社でされている「演劇ジム」は、「ワークショップ」ではなく「ジム」というネーミングがおもしろいなと思いました。演劇に馴染みのない方たちにも気軽に来てほしいというメッセージが伝わってきます。

越谷 演劇は、世間との距離感が遠く、一般的には身近な存在ではない気がしていて、つながる場を作りたいと思い、始めました。今年で3年目になります。
「演劇のことぜんぜん分からないけど、大丈夫?」みたいな方が森に迷いこんだように来てくれるのが、とてもうれしいです。演劇は観ないけど、気持ちよく声を出してみたくて来たとか、いろいろな方がいて。
最近、劇団のアトリエ近くの病院で働く女性が来て下さったんですよ。昔演劇をやっていたけど子育てで離れていた方で、久しぶりに眠っていた感覚が呼び覚まされて楽しかったそうです。
感覚も価値観も違う方たちと接することは、こちらにとっても刺激や発見があって、おもしろいですね。


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演劇をやめるという選択肢はなかった

米谷 わたしたちが20代だったころ、出産した上の世代の先輩たちは演劇活動から離れていく印象で、子育てしながら続けるというイメージをなかなか持てませんでした。真美さんも子育てと演劇活動を両立されていますが、もともとそうしたお考えはありましたか?

越谷 若いうちから子どもを持って続けようという気概を持っていたわけではないですが、妊娠した当時、演劇をやめるという選択肢は自分にはなかったですね。劇団に入って5年目で、とてもやりがいを感じているタイミングだったんです。その前の年には、シビウ国際演劇祭に参加して、ヨーロッパの演劇システムや、素晴らしい俳優たちに感銘を受けて。「演劇は一生かけて続けていく価値のあるものなんだ」って勇気づけられたんですね。それをここで断ち切ることはできないと。
子どもがいたら無理かなと考えていたけれど、夫の「子どもがいたらできない演劇ってなんだよ」という言葉に、確かにそうだなと思って。半年の育休を夫がとってくれて、復帰する見通しがたったことで、両立させようと決めました。
 妊娠中も劇団の研究発表には参加していました。止まったら戻ってこれないなと思って。12月に出産して、6月に復帰、11月の公演に出演。とにかくそこに向けて頑張るみたいな感覚でした。

米谷 演劇は夜間の活動も多く、家族のサポートがないと子育てとの両立が難しいと思うのですが、そのあたりはいかがでしょう?

越谷 わたしも夫も実家が都内だったことは大きいと思いますね。子どもが保育園の時、わたしの実家に住んでいたのですが、母の「子どもがかわいそう」とか「子どもが一番なのに」という圧がすごくて。母も仕事をしながら孫の面倒を見ていた負担があったからかもしれません。稽古で帰りが遅くなると母に怒られ、嫌みを言われるというストレスはけっこうしんどかったです。

米谷 わたしも実の母に、子どもたちを見てもらうのですが、距離感がない分、気楽に頼めるけど、衝突することもあります。母の人生だってあるわけだから、バランスをとることが大事になりますよね。

越谷 演劇活動と家庭と両方ともうまくいかないと感じている時がつらくて。車で稽古場に通っていたけど、そういう時は真っすぐ帰れなくて。途中のコインパーキングとかに停めて、気持ちを落ち着かせてから帰ってました。「もうこれで演劇活動は最後にしよう」と言いながら。

米谷 1人になる時間も必要なんですよね。

越谷 子どもが小学校に入って、話ができるようになってから、その大変さが抜けてきました。
「今日は遅くなっちゃうけど、今度の休みの時に埋め合わせをするから、許してね。」とか。実家の母も最近は丸くなってきて、だいぶ仲良くできるようになり、精神的にも楽になりました。今は夫の実家の方に引っ越して、稽古場まで自転車で5分の距離になり、物理的なストレスも軽減されて。
続けるだけで精一杯なところから、続けていって「何ができるのか?」というところに課題も変わってきました。


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俳優としてどこまでできるのか、どうしたら社会とつながれるのか

米谷 これから取り組んでいきたいことや今後の目標を教えていただけますか?

越谷 2つあって。1つ目は、どうしたら社会とつながれるのか、自分がやってきた演劇活動や経験を社会に還元できるのか、いろいろと模索したいです。
もう1つは、俳優としての自分がどこまでできるのか。今まで子育てと両立しながらできる範囲でやってきたので、「やりきった!」と言える役がほしいなと思っています。代表作というか。

米谷 子どもに向き合うエネルギーと時間も確保しなければいけないし、配分が難しいですよね。

越谷 育児との両立を頑張っていると「わたし大変なの、分かって!」という感じを出してしまいがちだけど、俳優として頑張ることとは別次元だと割り切らなければいけない。そこに一番葛藤があるし、なにより自分自身がくやしいんですよね。


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「いい演技、いい演劇って何だろう?」悩みながら、時間をかけて人は成熟していく

米谷 真美さんにとって「演劇」とは何でしょう?

越谷 仕事よりは宗教に近いイメージがあります。信仰は「神とは何か」を考え、問い続けることだと聞いた時、なるほどと思って。演劇も「おもしろい演劇とは何だろう?」とどこまで可能性があるのかを考え続けることが好きで。

米谷 日本では、演劇のプロの定義があいまいな部分がありますが、真美さんは「プロ」であることをどのように捉えていますか?

越谷 「プロ」とは、そのことで一番悩む人のことじゃないでしょうか。「子育てしながら楽しくアマチュアでやってもいいじゃないですか」と何回も声をかけられたけど、ただ享受するだけなのはいやだと思って。
「本当におもしろい?」と疑い、ずっと考えていたい。そうした活動が経済的に成り立つ社会になればもっとよいけれど。
「いい演技、いい演劇って何だろう?」と悩みながら、時間をかけて人は成熟していくもの。年を重ねる前に、やめていく人が多いのは、寂しいし、残念だから、演劇のことで悩む仲間がたくさんいる環境になるように取り組んでいきたいですね。


 子育てしながらの演劇活動の葛藤を素直にお話してくださった真美さん。演劇には正解がないからこそ、一生をかけて続けていく価値がある。悩み、問い続けることを肯定的に捉え、楽しむ姿に、わたし自身が励まされました。


米谷よう子


【越谷真美 プロフィール】
劇団 山の手事情社所属。俳優。主な出演作品は、『傾城反魂香』、『オイディプス@Tokyo』、『にごりえ』など。演劇ワークショップインストラクターとしても子供からシニアまで経験多数。「俳優が実践している身体と声の基礎トレーニングジム[演劇ジム]」という定期ワークショップを開催している。

「俳優が実践している身体と声の基礎トレーニングジム(通称・演劇ジム)」
https://www.yamanote-j.org/ws/19978.html

劇団 山の手事情社公演『池上show劇場【PREMIUM】』配信中
https://www.yamanote-j.org/performance/22518.html

劇団 山の手事情社公演『池上show劇場【DELUXE】』配信中
https://www.yamanote-j.org/performance/22334.html


photo:

カバー写真・上から4枚目 『骨』(『池上show劇場【PREMIUM】』より)撮影:平松俊之

上から1枚目・5枚目 『骨』稽古風景

上から2枚目 ワークショップ風景

上から3枚目 『山の手めそっど寄席』(『池上show劇場【DELUXE】』より)撮影:平松俊之



米谷よう子の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/me1e12a71d670


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