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火事場の俳優力

TCアルプの下地です。先月『FESTA松本2022』を終えてすぐに始まった2つのツアーで3週間ほど松本を留守にしていました。

『スカパン』のこと

『スカパン』は『FESTA松本2022』での松本公演の後、水戸、北九州、横浜会場を巡り、すべてのステージを無事に終えることができました。

モリエールの『スカパンの悪だくみ』が原作で、串田さんの大事なレパートリーとも言える作品。7回目の上演、小日向文世さんと大森博史さんら自由劇場メンバーの再集結、二組の親子共演……など、公演前からいろいろと話題が多い作品でした。

2015年以来の再演で、わたしは二度目の参加。7年ぶりに同じ役を演じるのは、自分の年齢も作る環境も変わっていて、再演とはいえ全く同じモノを作ることはないんだなぁ、と改めて感じるクリエーションの日々でした。

左:2015年シビウ国際演劇祭の時
右:今回の2022年バージョン
物語後半で正体が明らかになり、急展開が起こるきっかけとなる人物でした。

……と、本当は今月、この辺のことをたっぷり書こうと思っていたのですが、それ以上に書かずにはいられない公演……というよりも、事件が起こりました。

劇団初の県外公演、一部中止。

『スカパン』のツアーが終わって一週間後に、TCアルプとしては初となる県外公演『バッタの夕食会』の公演がありました。
……結論から言うと、2日間の公演のうち最終日が、新型コロナウィルス感染症の検査により複数名陽性が確認され、中止となってしまいました。
しかし、1日目のみは上演することができました。
(※公演は医療機関及び保健所指導の下開催いたしました。)
(※ついでに、この記事、長くなります。)

この日のことは、ばあちゃんになってボケない限り忘れることは無いと思います。まさか8月の記事 で「『バッタの夕食会』についてまとめるのはもう少し先にしようと思います〜」なんて書いたのが、こんな形になるとは……。


何があっても、幕を開ける。 準備を進める。

TCアルプの高知公演は串田和美の独り芝居『或いは、テネシーワルツ』とTCアルプ総出演の『バッタの夕食会』の2本立ての2日間になる予定でした。
しかし、前日の準備段階で陽性者1名、当日に体調不良者2名が出て、『バッタの夕食会』の出演者は最終的に12人中9人しか集まることができませんでした

高知公演の当日パンフレット

それでも、前述した通り1回は公演をすることができました。つまり、残った9人で上演を行うことになったのです。
3人もキャストが減った状態で公演が出来るのか!? という状況だったのですが、不幸中の幸いで俳優側は準備を整えることができました。

いくつものラッキーと積み重ね

その① 作品がオムニバス

『バッタの夕食会』は短編の物語がいくつも繰り広げられるオムニバス・ボードビルショーでした。複数の短編集で一人が何役も演じます。
長編物語での代役は難しかったかもしれませんが、短いエピソードの連続なので同じ俳優が何度出てきたって全く問題がないのです。自選他薦問わず名前が上がった人に代役をお願いすることになりました。

ただ、歌と楽器演奏のある芝居で、7月と10月の公演の時はもう2人ミュージシャンがいたのですが、高知公演では俳優のみ。全員での楽器演奏もどうなることかと思いましたが、たまたま残ったメンバーでも音楽の編成には問題がなかったので、これまた幸運でした。

その② 過去公演のダブルキャスト

7月に上演された初演は、2日間3公演で、各回で演じる小作品が違ったり、同じ物語でもキャストが違う……など、どの回を観ても印象が変わる公演にしていました。

劇団員が増えた時に「いろんな役をできる俳優集団になろう」という目的が掲げられ、稽古開始初期はダブル or トリプルキャストだらけの作品群にしようとしていたのではないかと思います。
最終的には日程的なことや技術面で現実的にできる範囲のダブルキャストにとどまりましたが、決定ギリギリまでいろんな配役を試した経験が、今回代役を立てる際にとても役立ちました。

7月から使っている台本はエピソード毎に作成されています。
公演によって抜き差ししながら使っていました。

10月の『FESTA松本2022』バージョンでは、出演者・ミュージシャンの編成を改め、(一人芝居のエピソードを除く)小作品と配役を1パターンに固定。
高知公演が『スカパン』のツアー直後ということもあり、10月の時点で作品の厳選がある程度されることになりました。


── 高知公演の初日、開演3時間前。
3人の出演取りやめが決まり、陰性を確認したメンバーが劇場に集合しました。
主催者の開催判断を待ちながら「できる限りの準備をしよう」ということになり、頭から順に、キャスティングの変更が可能か、割台詞を担える人がいるか検証をしていきました。

わたしは演出助手らしき立場にいたのでその時間の進行をしていたのですが、「俺がそこ代われる」とか「台詞カットするくらいなら私にその役やらせて!」など、俳優陣から頼もしい言葉が次々と出て、無事配役の問題はクリア。
人に任せきりでは情けないと思い、わたしもできる範囲で割台詞をいくつか頂戴しました。

10月の舞台稽古の様子。

ただ、いくら過去公演での積み重ねがあるからといって、そんなすぐに他の役をこなせるはずがありません。
ですが、これまた構造上のラッキーと、劇団公演ということが功を奏します。

その③ 「見取り稽古」が出来ていた

というのも。
俳優は作中、出演していない時間はステージ脇で芝居を観ている構造でした。稽古中も本番中もお互いの芝居をよく観ていた。図らずとも「見取り稽古」の状態になってたのです。

10月『FESTA松本2022』ver. の舞台稽古の様子。
演技エリアの両脇に、芝居をしていない俳優が座って観れるように椅子が並べられていた。

だから物語の筋は体に入っていたし、代役を引き受ける俳優たちは「この人はこうやっていた」とか「この部分を大切にしていたはず」と役のニュアンスを直感的に表現していたように見えました。
劇団員一人一人のことをよく知っている関係だということもあり、代役を演じる俳優と、本来いたはずの俳優、どちらの魅力も同時に感じられる不思議な瞬間が何度もありました。
過去の稽古や公演の映像を共有できていたことも大きいと思います。
その場を成立させようとするスピード感は、素直に凄いなぁと感じました。

その④ これまでの環境で鍛えられたメンタル

それと、わたしたちはあまり他にない創作経験をしていたからか、ドタバタの中でのメンタルの図太さもなかなかなものなのだなぁと、人のことを見るとよくわかります。

物語の創作から始まった7月は、採用されるために必死に提案やパフォーマンスをしていた。ボツ作品なんて山のようにあった。自分の出番を作るのにみんな必死でした。
10月のFESTA松本では数ヶ月間、複数作品に出演する俳優として、同時に運営スタッフとしての役割を進行するなどの過酷スケジュールをこなしていました。無茶振りの多さたるや。
先月の記事をご覧いただくと多少お分かりいただけるかもしれません。キャパオーバーでも幕開けまでのリミットがあるならやらざるを得ない。誰にも頼れないなら自分でやるしかない。そんな気持ちが常にありました。
そんな状況を経験した人たちだからこそ「やるっきゃない」という精神はみな一様に持っていたのではないかと思います。

奮闘の末、上演決定。

確か、1時間ほどの段取りの確認である程度(心の?)準備が出来たところで、主催者から医療機関及び保健所指導の下、開催決定が発表されました。
ギリギリの状況でも開催に向けて前向きに動いてくださった関係者の皆様には感謝しかありません。

そんなわけで、残り2時間ほどの時間を使って各々芝居の確認や準備を整え、久しぶりに円陣なんか組んだりしてステージへと向かいました。
その一度きりの回は、大きなトラブルもなく、なんなら伸び伸びと演じている印象まである貴重な上演になりました。

わたしも、ある小作品で相手役が変わりました。過去公演では別のペアのダブルキャストだったので初めての組み合わせでしたが、とても新鮮な気持ちで演じられました。

当日パンフレットより。シルエットですが、わたしです。
気持ちよ〜く歌わせていただいたシーンがありました。

思い返せば反省点は多々あるものの、あの状況で演じられたことはちょっとした自信になった気がします。

明朝行われた検査で、前日出れなかった体調不良者とスタッフさん一名の陽性反応が確認され、公演の中止が決定。
直前の出演者変更や中止のお知らせで、心待ちにしてくださったお客様や関係者の方々の期待に応えられず申し訳なかったです。そう思う一方で正直なことを言うと、あの一度の上演は味わったことのない緊張感で、ワクワクして、とても楽しかった。
改めて、この劇団の人たちと芝居を作れてよかったな、と思うのでした。

撤収作業中、飲食ブースを出店していた方から頂いたお茶の差し入れ、
真夏日の屋外作業も多く、とても嬉しかった。

『withコロナ』なんて言葉があるけれど、最近も有名な演出家が代役を担って話題になっているし、何人も代役ができる俳優を抱えて興行を行う座組みもあります。難しい状況ですが、わたしたちは工夫を凝らして状況をプラスに変えていくしかありません。

信州には「あるを尽くす」という言葉があります。本来は食事の席で「残さず頂きましょう」という意味で使われる言葉ですが、その他に「今やれることを全部やりましょう」なんて意味合いで使われることもあります。
いろいろあるけど、とにかく「あるを尽くす」しかないじゃないか。
火事場の馬鹿力も、様々な場面で尽くした経験があってこそ。もっと逞しい俳優になりたいなぁ、と改めて思うのでありました。

ちなみに、陽性になったメンバーは無事療養期間を終えました。
よかったよかった。


12月は、親子で楽しめる作品『オー!エッグさん』を上演予定です。
身体を頑丈にしながら、準備を進めます。

それではまた、12月に。

2022年11月17日 下地尚子



下地尚子の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/m1cb913220d43


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