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「型」を8つ覚えてみた

コロナによって今まで当たり前だったことがガラリと変わってしまい、生活スタイルもいろいろと変わってはや2年

仕事や公演が中止になり、ぽっかりと空いてしまったスケジュールに当初は不安と焦りを感じていたけれど、それは最初のころだけで、せっかく体が空いたのだから、その時間を使っていろいろな「型」を起こすことを去年あたりから始めるようになった
見たことのない動きと考え方に、はじめはとまどってばかりだったけれど、だんだん慣れていくうちに好奇心をあおられ、夢中になって続けたおかげで、起こした型は今年度だけで8つになった
覚えた順で並べると、

①易筋経(Yi Jin Jing)嵩山少林寺
②八段錦(Ba Duan Jin)嵩山少林寺
③羅漢十三式気功(Luo Han 13 Style Qigong)嵩山少林寺
④罗汉护身锤(Luo Han Hu Shen Chui)嵩山少林寺?
⑤陳氏太極拳(Chen Shi Taiji)簡化老架
⑥指標(Biu Zi)詠春拳
⑦簡化24式太極拳(24 Style Taiji)
⑧KA MATE(カマテ)HAKA

以上、少林寺系が4つ、太極拳系が2つ、詠春拳が1つ、マオリ族の伝統的な舞踊が1つという内訳になっている

ちなみに、これらは直接人に会って、先生や師を仰いで身につけたものではなく、こつこつとYoutubeの動画やネット情報から起こしたものなので、少しも独学の域を出るものではなく、あくまで、ぼくが現時点で把握している範囲のものでしかないということをご了承ください


①易筋経(Yi Jin Jing) 嵩山少林寺

まず最初に選んだのは少林寺の型だった
これは基本的に立ったまま行うものになっていて、あちこち動きまわらないので、せまい家の中でも気軽にできるんじゃないかと思って覚えてみた

易筋経は日本語だと「えききんきょう」と読み、古くは中国禅宗の開祖と言われる達磨によってインドからもたらされた健康法らしく、易は変化、筋は筋肉、経はまとめた方法を意味している
12の独立した動作があり、それらを連続して行ったり、どれかひとつだけ抜き出してやってもいいとのこと
かなり単純な動作ばかりなので、ゆったりとした流れに身をまかせるのがおもしろい

嵩山(すうざん)少林寺は中国の河南省にある寺院で、達磨がひらいた禅の発祥の地とされている
むかしジェット・リーが主演の「少林寺」という映画があった
とにかく厳しい訓練と、粗食の映像が思い出にあり、僧侶だけど筋肉ムキムキの絵面はインパクトがあった
ちなみに「少林寺拳法」という名前の武術が日本にあるけれど、これは日本で創始されたもので、名前は似ているけどまったく違うものらしい


②八段錦(Ba Duan Jin) 嵩山少林寺

次に選んだのは同じく少林寺から
八段錦は「はちだんきん」と読み、8つの独立した動作が連続したもので、易筋経よりは少しだけ専門的な(武術よりな?)質感の動作が多い印象を受ける
八段錦の由来は、中国の織物の中で最も美しい錦を心身のバランスの健康体になぞらえて「八段錦」と記すようになったとのこと
単純な動作が多く、あまりかまえることなく気軽に行うことができるので、中国では易筋経と同じように健康のための運動として広く親しまれているようだ

ぼくは易筋経から八段錦へと連続して行うのをひとまずの日課にしていて、出張でのホテル滞在の時などもなるべく毎朝やるようにしている
そのおかげなのか、首から仙骨にかけての背筋の力の抜け具合が少し変わったのと、下半身(とくに骨盤の中身)の力の連動具合が細かく作用するようになったので、立ったり歩いたりするだけの動作にいろいろと変化が見えてきておもしろい
あと、うちの奥さんいわく、おわったあとはいつも目がシャキーンとしていて全体の雰囲気が柔らかくなったそうだ


③羅漢十三式気功(Luo Han 13 Style Qigong) 嵩山少林寺

しばらく少林寺熱が続き、次はちょっとむずかしそうなものを選んだ
名前からしてイカついのだけど、羅漢は仏教によれば釈迦の弟子で悟りをひらいた高僧のことなので、気功における羅漢はおそらくそのような状態になるように、心身を鍛える、ということだと思う
この型は映画などに出てくるような、バシっと手足でポーズを決める、いわゆる少林寺のイメージに近いのかもしれない
易筋経と八段錦は健康体操として広く普及していて、その動作も簡易なものばかりだけれど、この型はグッと専門性が高まった動作ばかりなので、丁寧にやるほど気分はジェット・リーになれるし、うまく動作がはまった時には背景に深山幽谷の中国寺院が見えてくる(気がする)

13式なので、13の動作から成っていて、1つ1つの動作にその動きを意味する名前がつけられているのだが、当初、動作の流れだけを覚えることでいっぱいいっぱいだったぼくは、その名付けられた名前のまま覚える意味と効果をまったく考えていなかった
なので、その動作から受ける勝手な自分のイメージでひとつひとつあだ名をつけて練習していた
薪割りホイホイ胸元くるりとか、かきまぜグルグルグールグルとか、自分の言葉であだ名をつけて覚えていくやり方は確かに覚えやすいという効果はあったけれど、その動作とその名前がもともともっていた本質的な意味からは離れていくものだった

この頃から、1つの型を覚えて行い続けることは、その型が生まれてから今に至るまでに背負ってきた、さまざまな文化や歴史背景を、自分の身体を通して追体験することでもあるんじゃないかと思うようになってきた


④罗汉护身锤(Luo Han Hu Shen Chui) 嵩山少林寺?

そんなこんなで調子にのって手を出したのがこの型だった
この型に関してはまったく情報がなくて、出自も歴史もよくわかっていない
日本語による情報がネットからは探し出せず、ペーストして検索にかけても中国語(北京語か広東語かどうかもわからない)のサイトしか出てこないので、原典探しはちょっと後回しにしている
でもとにかくかっこいいので覚えてしまった

この型にはいくつかの決まった動作があるけれど、それぞれの動作はとても密に、速く連動していくので、つなげて動くと実際あっという間に終わってしまう
ただ、複雑な動きに加えて展開がとても速いので、カロリーの消費具合が他の型よりもはげしく、おわった後にはいつも息があがってしまう
なんておそろしく難解なものに手を出してしまったのだろうと頭を抱えつつも、やっぱりかっこいいので続けている
続けていればさすがに体が覚えていくので、最初の頃よりはスムーズに動作を繋げることができているし、呼吸の間合いも図れてきたけれど、動画に映っているマスターと自分の動きが、何か根本的なレベルで違うということにやればやるほど気づいてしまって落胆しつつ、やっぱりおもしろいので続けている


⑤陳氏太極拳(Chen Shi Taiji) 簡化老架

少林寺が4つ続いたので、ちょっと違う身体観も味わってみたくなり、この型を選んだ
長い歴史をもつ太極拳にはさまざまな分派があり、その源流になるのがこの陳氏一族の太極拳といわれる
陳は名前、氏は集団の名称で、陳氏の他にも、楊氏、武氏、呉氏などさまざまな分派がある
簡化老架の「簡化」は簡略化したものという意味で、「老架」はいくつかあるスタイルの一つを意味していて、ほかには新架、小架、大架など、いろいろあるのだけれど、けっこう事情が混み合っているみたいなのでここには書ききれない

この陳氏の太極拳は、飛び跳ねたり、足で地面を強く踏むなど、なかなかはげしい動作が特徴としてある
太極拳といえばゆったりとしたイメージを持っていたので、これは意外だった
その意外性に導かれるままに覚えていくと、これがまたおもしろい
力強さと速度の変化する動きの両立、そしてそれらを表現するための基本的な脱力状態のさじ加減がむずかしくて、やっぱりおもしろい
この型をやっていると、やっぱり太極拳ももともとは武術だったのだなと実感することができる


⑥指標(Biu Zi) 詠春拳

「詠春拳は日本人に教えるな」
詠春拳の偉大な師である葉門がこの言葉を残したおかげで、日本でこの武術の看板を掲げた道場を見ることはむずかしいのだけれど、ぼくがネット動画からまるまる型を起こして覚えられることは、さすがの葉門も想像していなかっただろう

詠春拳はブルース・リーが創ったジークンドーの源流として有名な武術で、葉門という人物がこの武術を大きく広めたと言われている
そのいきさつは「イップマン」というタイトルで映画化されていて、主演はドニー・イエンがつとめている
短橋狭馬といわれる、腕を短く、歩幅を小さくして使うのが特徴の拳法で、いくつかの棒が突き出た丸太を垂直に立てて置いて、それを相手に見立て、突きや蹴りを繰り出すという訓練が、この拳法のイメージとしては有名だと思われる
その特徴通り、この「指標」という型をやっていると、少林寺や太極拳とは異なる発想と考え方で創られているのがよくわかる

この型をやり始めたおかげで、香港のアクション映画の中でよく出てくるような、手先だけをぐるぐる素早く動かして、相手とバシバシ応酬する場面の身体感覚がなんとなくわかるようになった
うまく説明はできないけれど、あれはああなって当然なのだと思う
実力差があれば勝負は一瞬で着いてしまうが、ある程度の達人同士が組み合うと、型と型によるジャンケンみたいなことになって、「見える」人がその取り組みを見れば、「なるほどそうきて、こうきて、そう返しますか!お互いにやりますな!」という楽しみ方ができるのだと思う
たぶん


⑦簡化24式太極拳(24 Style Taiji)

24の動作からなる連続した型で、いわゆる太極拳のイメージといえばこの型のことかもしれない
動画には門派の表記がなかったのでスタイルが不明なのだけど、ゆったりとした表現なので、おそらく楊氏の太極拳じゃないかと思われる
楊氏太極拳は、豪快な陳氏太極拳とはちがい、ゆったりとした柔らかい動きが特徴だ
太極拳は現在では陳式、楊式、武式などのさまざまな門派があり、動作の流れも24式のほかに42式、48式などがある

まずこの楊式の太極拳を覚えはじめてからつまづいたのは、型の動きにたいして部屋の広さが足りないことだった
この型は横に進んでいく(3畳分くらい?)ので、いつも動作の途中で手が壁にあたってしまい、なんとも窮屈な覚えはじめになってしまった
動作を覚えた今では、部屋の広さによって体の尺や歩幅を縮めながら対応しているけれど、これはちょっと広い場所のほうが向いているかもしれない

世間一般では、太極拳は武術というよりは健康促進のためのものとして定着しているので、看板をかかげた教室は全国にたくさんある
「健康状態、筋力、筋肉の協調運動や柔軟性の向上」、「安定した運動による睡眠の深化」、「身体バランスの強化と転倒リスクの低下」、などなど
続けることによるメリットは、いろいろな本やサイトに散見しているのだけれど、デメリットに関しての情報があまり表立って見当たらないので、そんなうまい話があるかいと思っているのだが、他の型と同じように、続けることによってどんな変化が起こるのか、今後も確かめていこうと思う


⑧KA MATE(カマテ)HAKA

これまで少林寺や太極拳など、ずっと漢字文化を相手にしていたので、同じ型と呼べるものなら、どこか別の地域の民族舞踏でもありじゃないかと思い、ハカを覚えてみた
ハカは、マオリ族の民族舞踊の一つで、有名なのは、ラグビー・ニュージーランド代表のオールブラックスが試合前にやるパフォーマンスだろう
「カマテ」とはまた別に「カパオパンゴ」と呼ばれるオールブラックス用に作られたものもあり、「カマテ」と「カパオパンゴ」のどちらをやるかは当日の試合相手などによって変えるらしい
ラグビーのおかげで闘う前の儀式というイメージがすっかり定着しているけれど、地元ニュージーランドでは結婚式やお葬式などでも行われていて、その場合には相手に対する敬意や愛情を表現するという意味も込められているようだ

ハカは言葉と動作が連動したものになっていて、基本的にはリーダーの言葉にまわりの人たちが唱和していく、コール&レスポンスのかたちをとっている
なので、これは一人で黙々とやるものじゃなくて、大勢の人たちと一緒に、しかも目の前の相手を見据えながら、大声で思いっきりやるのが醍醐味であり、集団の一体感を生むということに本質があるのだと思う
だからこれを劇場で一人で淡々とやっているときほど寂しいことはない
独学の限界は相手がいないことにある


以上が、コロナになってから起こした型のすべてになる

型の歴史や由来については、いろいろ調べれば調べるほど、一つの型の始祖や元祖のようなものが何人も浮かんできて、どんどんぼやけていくので、歴史に関してはここではあまり詳しく書くことができない(ぼくの理解が追いついていないということでもある)
ネットや本に書いてあることも、書き手の意図や思い出補正が多少かかっているはずなので、経緯はおおまかにつかまえておく程度にしておきたい

上記の型の他にも、レベルの差はあれ、ぼくが身につけている?型が4つある
①アシュタンガ・ヨガ、②神楽舞の三番叟、③スズキトレーニングメソッド、あとは言葉が身体を規定するという意味で型と呼べるものに④「山月記」の一人芝居がある


①アシュタンガ・ヨガ

アシュタンガ・ヨガは数あるヨガのスタイルの一つで、アクロバティックな動きを特徴としているが、ぼくはガチ勢ではなかったので超人的な動きを体現するようなレベルまではいけなかった
このヨガによって、動作と綿密に連動した呼吸のやり方があるということを学ぶことができたので、自力で少林寺や太極拳を起こしていくときにはその呼吸法にとても助けられた
あと、当時通っていたジムのシャワーは、風呂なしの部屋に住んでいたぼくにとっては貴重な癒しの時間だった
この場を借りてお礼を言いたいと思う
ありがとうございました


②神楽舞 三番叟

神楽(かぐら)は、猿楽や田楽から生まれたとされる土着の舞踊の一つで、地域に根ざした信仰と密接に関わりながら、お祭りや大事な儀式などで催される日本の伝統舞踊だ
三番叟(さんばそう)は翁(おきな・じいさん)の面をかぶって踊る滑稽な仕草が特徴の舞で、この舞のいいところは、振り付けが穏やかで笑いを誘うような部分もあるので、宴会芸としても高い威力を発揮することにある
いつかの打ち上げでは鍵の束を鈴、バインダーを扇子に見立てて舞ったこともあり、その時は大いに盛り上がっていた
ただこの舞は振り付けは穏やかでも、とてもハードな動きが連続していくので、終わった後は全身汗だくになってしまい、身につけている衣服はびちゃびちゃになる


③スズキトレーニングメソッド

スズキトレーニングメソッドは、富山県利賀村に拠点をおく劇団のSCOT(Suzuki Company Of Toga)が俳優トレーニングとして続けているメソッドで、能や狂言といった所作に見られる日本古来の身体運用を取り入れつつ、演出家の鈴木忠志が考案したものになる
集団のまとまりをつくったり、強靭な身体を育てたりするのには非常に優れた演劇メソッドだけれど、心身の力みに関しての逃げ場をつくっていないので、ケガや喉を枯らすことも多く、それがこのメソッドの弊害であり気をつけないといけないところだと思われる
ぼくがこのメソッドをやっていたのはずいぶん昔だけれど、演劇における基本的な身体感覚と集団行動はこのメソッドによって養われたので今でも感謝している
ありがとうございます


④山月記

一人芝居が型だというのはちょっと無理矢理な感じもするけど、もう何度も上演してきた演目であり、本番の予定がなくても、自主稽古の時には舞踏(和栗由紀夫さんの歩行)の動きと絡めたかたちで発話しながら、最後まで通すことをルーティンにしているので、言葉と動作の親密度は比較的高いものになっている
もちろん歌舞伎や能のように長い時間をかけて洗練されていったものではないし、あくまで自分の都合で練られていったスケールの小さなものだけれど、「これはこの人にしか出せない味わいだな」というものが少しでも表現され、その技術が今後も蓄積していくのなら、その演技体は後の世代が勝手にパクって自分のものにしていく型の一つ、という可能性を持っていてもいいと思っている


ちなみに、まだ手をつけていないけれどこれから覚えてみたい型は、ハワイに伝わる民族舞踊のフラと、沖縄空手のピンアン初段だ

フラダンスには男性が踊るものもあり、その振り付けと唄はとても優しくてかっこいい
男性フラダンサーのふだんの訓練の様子を映像で見ることができるのだが、屈強な(あまりに屈強な)男たちが自分の頭よりも大きな石を抱えて砂浜の上をひたすら歩きまわるというものだった
すごいものを見た気がした

空手の型は前々からやってみたかったのだけど、オリンピックでやられているような演武の、他者を一方的に制圧するような、殺気をこめた気迫がちょっと苦手で敬遠していた
だけど、この沖縄空手のピンアン初段には他者と共生する余地がある気がしたのでやってみようと思っている


型と一言で言っても、世界にはいろいろな型があり、形や言葉を変えて、多種多様な他者の考え方や生き方を伝えてくれることがどうやら多い
ぼくが型を通して得たものはたくさんあり、中には失ってきたものもあると思うけれど、ひとまず思いつくところでは、時間にたいする接し方が変化してきていることだ

型にはそれぞれがもつ特有の時間の流れ方がある
太極拳の緩慢な動作が導く時間はゆっくりと流れ、詠春拳の細かく速い動作は小さなリズムで時間を刻む
ぼくらがふだん使っている時計の時間配分は、世界共通のルールにはなっているけれど、それはひとまずの都合で取り決められた概念の一つに過ぎないので、あらゆる行動を”積極的に”時計に合わせる必要はないと考えることもできる

そして、時間はチクタクと一定に流れるものではないとしたら、
型が導く時間感覚は、直線上を「流れる」というよりも、ある空間の中で「ゆらぎながら」、「広がり」をもち続けるもの、という方がしっくりくる
複雑にうねりながら日々生まれ変わっているであろう身体そのものが刻む、「不安定な時間のゆらぎ」に耳をかたむけることは、移りゆく四季を感じるように、いろいろな変化を発見することができておもしろい

そんなこんなでコロナのおかげで、いろいろな型に触れる機会ができ、型を通してさまざまな身体観を知ることができている
そんな機会を与えてくれたコロナには本当に感謝している
ありがとう


小菅紘史



小菅紘史の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/m1775a83400f9


読んでくださり、ありがとうございます。 このnoteの詳細や書き手の紹介はこちらから。 https://note.com/beyond_it_all/n/n8b56f8f9b69b これからもこのnoteを読みたいなと思ってくださっていたら、ぜひサポートをお願いします。